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「直樹君は辛いほうが好きなの?」

 夕食時、横で黙々とカレーライスを食べる直樹に、千秋は興味津々といった態で尋ねた。

「うん。辛いのが好き」

「どうして辛いのが好きなの?」

「辛いほうが美味しいし、辛口を食べられない男なんて格好悪いと思うから」

 直樹は律義に手に持っていたスプーンを皿に乗せ、膝の上に両手を置いてから千秋の問に笑顔で答えた。

「へぇ、かわいい理由」

 そう言って千秋は直樹の頭を撫でる。

 二人の仲睦まじい姿を正面から見て、穂花は本当の兄弟みたいだなと思った。

 人見知りする筈の直樹は、初対面の千秋と笑顔で会話している。千秋も千秋で直樹とは初めて話をするのにどこか楽しそうだ。

 それに比べて私はどうだろう。六歳下の弟に嫉妬して、いなくなれば良いのにと思ってしまう時がある、小さな人間。神様はどうして直樹を千秋の弟にしなかったのだろう。

「お姉ちゃんはどうなの?」

 穂花が引け目を感じ、俯いていると、彼女の向かいの席に座る直樹はじっと正面を見据えながら千秋に言った。

「え?何が?」

穂花は直樹が自分に問いかけてきたのかと勘違いして、聞き返した。

「お姉ちゃんじゃなくて、千秋くんは、お姉ちゃんのこと可愛いと思う?」

 何馬鹿なことを言ってるんだ。そんな偽りの表情とは裏腹に、穂花は千秋がどんな答えを返すのか、期待を抱いてプレゼントの包みを開ける子供のような気持で、永遠とも思える数秒を過ごした。が、彼女の予想に反して、千秋の答えは素っ気なかった。

「穂花が可愛い?ううん……。そうは思わないな」

「何で何で?」

 直樹は嬉しそうに穂花の心の中の叫びを代弁した。

「だって、ほら」

 千秋は穂花が食べている途中のカレーライスを指さす。

「女の子なのに辛口のカレーライスばくばく食べてるだろう?僕は甘口のカレーライスを食べて『辛口なんて辛過ぎて食べられないよぉ』って話す女の子は可愛いと思うけど、穂花みたいな男っぽい女の子は可愛いとも思わないし、女の子らしくなくて嫌だなぁ」

「うん!僕もそう思う。お姉ちゃん、いつも平気な顔して辛口ばかりおかわりするから、なんか怖いんだよね」

「ちょっとあんた達……」

 穂花は凄味を効かせた声を出し、俯きがちに正面を睨む。直樹と千秋は穂花と目が合うと、凍りついた様にその場で姿勢が固まった。

「偉そうに人を品定めしないでくれる?」

 穂花がつい先程まで二人に抱いていた憧憬は徐々に怒りにすり替わりつつあった。

「大体、女は甘口食べないといけないの?別に良いでしょう。私が辛口のほうが好きでもさぁ!」

 穂花はテーブルをひっくり返すような勢いで二人に説教したつもりだったが、直樹も千秋も驚いていたのは最初だけだった。

「おぉ、怖い怖い」

「食べ物の話になると、お姉ちゃんすごく怖くなる。前にお姉ちゃんのプリンを僕が勝手に食べた時なんか……」

 おいおいちょっと待て!何を言い出すんだ!

「直樹、話を逸らさないの!」

 穂花は直樹がプリン事件の話をする前に、すかさず割って入った。自身の体裁を守る為にも、弟の口からプリン事件の全容を語られる訳にはいかなかった。が、無事に体裁を守れた換わりに、直樹を口止めする時の決死の表情がおかしかったのか、穂花は千秋に笑われてしまった。

「怖ぁ。穂花怖ぁ」

「うるさい。千秋は黙ってて」

 穂花の中には言いたい放題の二人に対して怒りがあった。あったが、その怒りの炎は『炎』と呼ぶのを躊躇うほど小さく、弱々しく、それでいて不快などではなく、むしろ心地良くすらあった。

 穂花は明日が地獄の登校日であることも一時的に忘れて、三人だけで過ごす時間を楽しんだ。

 食後はすぐに帰ろうとした千秋を直樹が泣き顔で留めて、三人でトランプや上毛カルタなどで遊んだ。

 千秋や直樹と沢山会話して、少なくとも穂花は数カ月ぶりに心の底から安らぎを感じた。このまま永遠に三人だけで時を過ごしたいと思った。が、幸福な時間は唐突に別れを告げた。

 子供だけの純粋な宴が幕を閉じたのは、午後九時を過ぎた頃のことだった。

「じゃあ、そろそろ帰るね」

 ちょうど直樹との将棋の対局が終わった時、千秋は時計を見ながらそう言った。

「もっと遊ぼうよ……。そうだ!今日は家に泊まりなよ!お父さんもお母さんもきっと……」

「ごめんね。そろそろ帰らないと、親に怒られるんだ」

 居間を出て行こうとする千秋に、すかさず直樹が涙を流して留めようとしたが、無駄だった。

 千秋は紺色のリュックサックを片手に持ち『じゃあね』と言って空いたほうの手で穂花に向かって手を振った。

「直樹、千秋も宿題とか色々することがあるんだから、我が儘言わないの。さ、千秋はもう帰るんだから、見送りするよ」

 直樹が寂しいと思っているのはわかる。でも……。

 穂花も寂しかったが弟のように泣いてもいられなかった。

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