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 日曜日。この日は前日のような暖かい空気から一変し、朝から冷たい北風が舞う寒い一日だった。

 午前中、穂花はひたすら推理小説を読んで過ごし、昼間は家族四人できつねうどんを食べた。その後は自室のベッドの上で毛布を被り、横になっていた。

 起きていると、どうしても明日のこと(大橋にいじめられること)を考えてしまい、震えが止まらなくなる穂花が楽になるには、寝るのが一番手っ取り早かった。

 穂花は夢の中、電車に乗っていた。車内には、穂花を含めて客は二人しかいない。ドアは閉まっているが、車体は止まっているのか、微動だにしない。

窓の外は白く、霧のように曖昧でぼんやりとしていて、掴み所がない。

 オレンジ色のふかふかした座席の上で、おもむろに穂花は目を閉じ、横に座る千秋の肩に寄り掛かる。千秋は何も言わず、やれやれといった顔で黙って穂花を受け止める。

 自分が理想とする幸福な情景を、穂花はそこに存在しない筈の第三者の視点から見ていた。二人を見ているだけで幸せだった。幸せだったが、そこで目は覚めた。

 穂花は頭まで覆った毛布を足で蹴飛ばし、枕元に置いてある目覚まし時計で現在の時刻を確認する。

 時計が示す時刻は午後五時六分。

 まだ日付が変わった訳ではない。しかし、既に憂鬱な気持は蘇りつつあった。

 胸に鈍い痛みを感じつつ、喉の渇きを潤す為、自室を出て居間へと向かう。

 部屋の扉を開けると、穂花が前に録画したアニメを視聴している弟の姿が目に入った。

「お姉ちゃん、僕も今起きたとこだよ」

 胸の中心を右手で押さえた穂花の姿を認め、直樹はテレビから目を離し、笑みを浮かべた。

「お父さんとお母さんは三時頃に出かけたよ。十時まで帰って来ないって。あと、夕飯はお母さんがカレー作ったから、それを二人で食べなさないって言ってたよ」

 一連の報告を済ませると、直樹はテレビへと視線を戻した。

 そういなくて良かったよお父さんとお母さんがいたらまたあんたの苦しみなんか直樹と比べたらって泣かれるところだったからね。

 穂花はぼんやりとした頭で直樹の言葉を聞き、うだつが上がらない声で返事をした。

 コップ一杯に入れた水を飲み乾し、自室に戻る最中、弟が言った『帰って来ない』という声が何度も脳内で再生された。

帰って来ない。

誰が?

帰って来ない。

どこに?

帰って来ない。

どうして?

 誰がどこに何があるから帰って来ない誰がどこに何があるから帰って来ない誰がどこに何があるから帰って来ない……。

 唐突に穂花は耐え難いほどの喪失感に襲われ、必死の思いでズボンのポケットに忍ばせた携帯電話を取り出し、千秋の携帯電話に電話を掛けた。

「穂花?どうしたの?」

 三回目のコールの後、千秋の穏やかな声が穂花の耳に届いた。

「あぁ、良かった。繋がった」

 穂花は廊下で力無く足を崩し、安堵の息を洩らす。

「『良かった』って何?穂花は良くても僕はちっとも良くないんだけど」

「うん。実は千秋が死んじゃったような気がしたんだ」

「ふぅん、でもどっこい生きてたね」

「そうだね」

「残念だった?」

「そんな訳ないでしょう!」

 穂花はついつい大声で否定してしまった。千秋が死んで嬉しい訳がなかった。学校では『女たらし』と呼ばれているが、穂花にとって千秋は闇を照らす太陽のようなものだった。

「ふぅん。じゃあもう用件済んだよね。電話切るよ?」

「あ、待って!今から家に来てくれない」

「えぇ?どうして?」

 千秋は声からして嫌そうではないが、面倒臭いようだ。しかし、何としても穂花は自分の目で千秋の生存を確かめたかった。

「千秋が本当に生きているのかどうか、確かめたいから」

「あのねぇ、僕は死んでもいなければシャツの中にもいないよ」

「実際に見て確かめたいの」

「全く……。面倒臭いなぁ」

「家の場所、解るよね?」

「うん、昨日通ったからね」

「じゃあ、待ってるからね。ついでに夕飯も一緒に食べようね」

「はい。すぐに向かいますよ」

 渋々了承した千秋に、穂花は何か気の利いたことを言おうとしたが、その前に通話が切れた。千秋が家に着くまでの間、彼が事故に巻き込まれて命を落としたらどうしようと、本気で心配したが、杞憂に終わった。

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