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「えぇ?僕は穂花がパン買って来てって言うからおにぎりを買わなかったのに、何で穂花はサンドイッチ買ってるんだよ」
穂花がカバンからあんぱん一つと三個入りのサンドイッチを取り出すと、千秋は目を丸くして抗議の声を上げた。
「なぁに怒ってんの?サンドイッチだって歴としたパンでしょ」
「まぁそうだけどさぁ」
「そう言う千秋は何を買って来たの?」
「クリームパンとメロンパンだよ」
千秋の紺色のリュックサックから出てきたのは、薄ピンク色のビニール袋。袋の外面にはアルファベットが羅列している。
L、I、O……。
文字の組み合わせは穂花には見覚えがないものだ。
千秋は穂花とは違い、少なくともコンビニでパンを買って来た訳ではないようだ。
「もしかして、パン屋さんで買ったの、そのパン」
「そうだよ。穂花は甘いモノが食べたいだろうと思って、この二つを買ったんだ」
「あらら、それはどうも失礼しました」
千秋が食事中、自分にどんな話を振ってくるのか妄想していたら、いつの間にか約束の時間まで三十分しか残っておらず、急いで近くのコンビニでパンを買って来たなんてことは、口が裂けても穂花は言えなかった。しかし……。
「え?何で謝るの?」
穂花の失態には気付かなかったらしい。千秋は不思議そうに穂花の顔を見た。
「解らないなら解らなくてよろしい」
穂花がクラス担任の教師の口調を真似して答えると、千秋は僅かに目を細めた。
「何言ってんの?時々穂花って訳わからないこと言うよね」
「あぁ、うるさい!千秋に言われたくないよ」
穂花は恥ずかしさと怒りによって、顔を赤くし、千秋からぷいと目を逸らした。
「さ、もう食べよ。千秋が来るの遅いからお腹空いちゃった」
穂花はサンドイッチの入った透明の袋をばりばりと音を立てて破った。
「これは私が全部食べるけど、もう一つ同じのがあるから、それは千秋が全部食べてね」
「穂花」
「何?」
「ここ最近ストーカーなんかほとんど気にしてなかったのに、どうして今になって捕まえようとしているの?」
「それは……」
俯くと、直樹の笑顔が目に浮かんだ。
「弟に、心配かけたくないから」
「え?穂花って弟がいたんだ。何歳?かわいいの?」
「今は十歳。まあまあかわいいよ。小生意気でうっとうしく思うこともあるけどね」
「喧嘩とかするの?」
「滅多にしない。ただ、一度私の買って来たプリンを弟が断りもなく食べたから、泣かせたことならあるよ」
その時の出来事を、穂花は密かに『プリン事件』と呼んでいた。プリン事件には後日談があるのだが、自身の体裁を守る為、穂花の口から事件の全容が語られることは決してない。
「たかだか食べ物じゃないか。弟さん可哀想に」
「食べ物の恨みは恐ろしいの。それで、とにかく弟に気を遣わせない為にも、早くストーカーをとっ捕まえたいんだ。次見つけたら、ちゃんと追いかけてよ」
「でも、跡をつけているのかどうかも判らない、曖昧な状態の相手を捕まえても、言い逃れされるだけだよ。どうするの?つけて来るまで歩くの?」
ストーカー逮捕に千秋ほど深く考えていなかった穂花は、曖昧に頷いた。
「う、うん。そうするしかないかな」
「うげぇ、面倒臭いなぁ」
昼食を食べ終わった後、町内をぐるぐる歩き廻った穂花達だったが、この日は彼女の前にサングラスの男が現れることはなかった。