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「そろそろ帰ろう。お腹空いちゃったよ」

 母親と思しき女性が、地を駆け回る一人の少年に声を掛けている。少年は足を動かすばかりで口を動かさない。そもそも少年には母親の声が聞こえてすらいないのかもしれない。

 公園内で、多くの子供達が遊びに夢中になっている中、高校の制服を着た一人の少女は、木製のベンチの上に座り、気難しい顔をして腕時計を眺めている。時計が指し示す時刻は十二時五十九分。

 穂花は一時になる五秒前からカウントを始めた。

「五、四、三、二、一……」

 『零』と、言おうとした瞬間、千秋の声が聞こえてきた。

「おはよ、穂花。もう来てたんだね」

 顔を上げると、前方五メートル程先に、私服姿の千秋が立っているのが見えた。

「『おはよ』じゃないよ。遅いよ」

「え?遅れてないだろ?」

「確かに遅れてないけど、待ち合わせの時間ぴったりに来ることないんじゃないの?」

「良いじゃないか。遅れてきた訳ではないんだから」

 木製のテーブルを挟んで、穂花とは反対側のベンチに千秋は座った。

「それにしても、何で制服着てるんだよ。今日は穂花の私服姿が見れると思ったのに」

 え……?

 千秋が自分の私服姿を見たがっていたことを知り、穂花は紅葉を散らし、千秋から視線を逸らした。

「今日は、ストーカーを捕まえる時に手助けをしてもらう為に、千秋を呼んだ訳だから、私が制服を着ていないと、サングラスの男が現れないかもしれないでしょう?だから、私服では駄目なの」

「なんだ。ストーカーを捕まえたいなら、先に言ってくれれば良かったのに」

「それを事前に話していたら、千秋はストーカーよりも危険なモノを持って来ると思ったから、黙ってたんだけど、正解だった?」

千秋は『へへ』と言って、歪で中途半端な笑みを浮かべる。

「それで、わざわざ休日に呼び出したのか」

「登校日であろうと、平気で物騒なモノ持ち歩いているからね、千秋は。ちなみに土日のほうがストーカーが現れる頻度は高いから、周囲には常に気を配っておいてくれる?」

「うん、解った。ところで、そのストーカーはどんな姿しているの?」

「いつも黒い帽子に黒いコート、黒いサングラスを身に着けているから、今日も現れるのであれば、同じ格好だと思う」

「えええええええええええ?」

 穂花がサングラスの男の特徴を述べると、千秋は両手でテーブルを叩き、酷く驚いた顔をした。

「どうしたの?急に大声出して」

「今さっき、黒いサングラス掛けて黒い帽子被った黒ファッションの人とすれ違ったばかりだったからさ、びっくりしたんだ」

「えぇ?どこですれ違ったの?」

「穂花の目の前。公園の入口の所で」

穂花は恐る恐る僅かに体の位置を横にずらして、千秋の後方、真木公園の出入口へと目をやった。しかし、サングラスの男の姿はなかった。

 千秋が来たから何かしら都合が悪くなって退散したのだろうか。

「ねぇ、横に来てくれない?」

「え?何で?これからお昼御飯食べるんだろ?向きあってたほうが死角を補えるから、このままのほうが良いと思うけど。それに、公園の出入口は四か所あるんだよ。二人で同じ場所見ていたって、ストーカーは見つからないんじゃないかな」

「知らない間に見られていたのかと思うと、怖いんだよね。だから、傍に来てよ、千秋」

「僕が穂花の横に行ったら、誰が君の後ろを見るんだよ」

 そう言いつつ、千秋はテーブルを廻って穂花の横に腰かけた。

「これで満足?」

 穂花と千秋の間は約五十センチ空いている。友達にしては離れすぎだ。

 穂花は千秋に真横に来て欲しかったので、満足な筈がない。

「もっと近くに来てよ」

「嫌だ」

「じゃあ、寄っても良い?」

「駄目」

「どうして?」

「手でも触ろうとしているんだろ?僕は嫌なんだよ。そういうことは」

 千秋は穂花と同じように小学生の頃、見知らぬ男に犯された過去を持っている。その為なのか、彼にとってはたった一人の友人、穂花であっても身体接触を極端に嫌っていた。

「私の考えは全てお見通しって訳?相変わらず鋭いんだね」

 穂花が自嘲気味に呟くと、千秋は小さく、弱々しい笑みを浮かべた。

「穂花が僕に正直なだけだよ」

「千秋は話を逸らすのが上手いよね」

「そうかな」

「でも、良かったよ」

「何が?」

「一瞬千秋に嫌われているのかと思ったから、理由が聞けて良かった」

「穂花って傷つきやすいんだな」

 穂花のしおらしい表情を見て、千秋はぼそっと呟いた。

「女の子はみんなそうだよ」

「そうかな?」

「そうだよ」

「ふぅん。じゃあ、僕は男なのかな。穂花みたいに、傷つきやすい訳ではないから」

 ぽつりと呟く千秋の問いに、穂花は何も返す言葉が見つからなかった。

 千秋は男なのに男に犯されたことを酷く気にしている。彼曰く、小学生の頃に男に犯されてから、自分の性別が解らなくなってしまったという。その為、彼は自分が男なのか女のか、異常に執着する時があった。

 似ているようで違う、穂花と千秋の過去。彼の気持は解るようで解らない。彼とはわかりあえるようでわかりあえない。

 俯きがちに千秋は寂し気な目をテーブルの上に向けている。

 私達はいつになったら本当の意味で親しくなることができるのだろうか。穂花は

何もできない無力な自分がもどかしかった。

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