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5部

 明は無言で走らせていた鉛筆を置き、携帯を取り出した。礼子と会話をするために。

「雲の他は? 何を書くの?」

〔いつも雲だけだよ。雲しか書かない〕

「そうなの……。何で雲なの? こんなに上手だったら、風景とかも書けるんじゃない。」

〔雲しか書きたくないんだ……。花や風景も書いてみたことはあるけど。僕には雲が一番似合ってるから〕

 礼子は明の絵を見ながら尋ねた。

「どうして雲なの?」

〔雲を描くことが、僕と似ていると思うんだ〕

「明くんと雲が?」

〔雲と僕じゃないよ。雲を描くことが……ね。〕

「どういうこと?」

 明は、スケッチブックのページをめくり、新し真っ白なページを横に座る礼子の膝に乗せた。

〔このページは、真っ白紙だよね。それで、白い雲を描くんだ。〕

「うん。そうだわね……」

〔その白い紙に白い雲を、黒い鉛筆で描くんだ。それは、なんて言ったらいいんだろう? その存在と、まったく逆にあるもの。白と黒のようにまったく正反対のもので、それ自体を浮き上がらせる。〕

 礼子は、明の言いたいことが何となくわかる気がした。明は、今迄見せたことがないほどの真剣な表情でメールを打ち続ける。

〔それは、きっと世の中に受け入れられない存在が。僕のような存在が、浮き上がるためには、そうするしかないと思うんだ。僕が生きていこうとするならば、きっと、その正反対のことでしか僕自身を浮き上がらせる事が出来ないかもしれないから〕

「明くん。それってどういうことなの? 死にたいと思うこと? あなたは、死にたいとは思わないって言ってたわよね。」

 明は無言で礼子を見ていた。

「死にたいって言ってるのは、あなたじゃなくて。この私なのよ。」

 礼子は、明の言葉に動揺していた。そして、その姿を悟られないように必死だった。

「あなたは、そんなことを考えちゃだめだよ!」

「うん」

 明は、ぼんやりと空を見上げながら返事をした。

(死にたいと言っているのは、私の方なのに……)

 複雑な思いだった。

 明は、礼子の膝のスケッチブックを取り上げて、再び鉛筆を走らせ始めた。礼子の動揺を感じとりながら、新しページに薄く線を引き始めた。

〔礼子さん。いつ自殺するの?〕

「え! いつ? い、いつって、まだ、少し先かな……。だって、旅があるでしょう……。」

〔そうだよ! 旅をするんだから、まだ、死んだらだめだよ。〕

「うん」

 礼子は、そう答えるしかなかった。

(私、死ぬ死ぬって言ってるけど、本当に死にたいのかな? 本当に死ぬ勇気があるのかな?)

〔礼子さん、死ぬのは怖い?〕

「うん、たぶん怖いと思う。まだ、わからないけど……」

〔死んだらだめだよ! 自殺なんかしないで!〕

「え!」

 礼子は、明の顔をのぞき込んだ。

 明は、いつものように下を向いて携帯を見ていた。

〔僕の母親は、僕が小さい頃に自殺したんだ。ちょうど、礼子さんぐらいの歳だった。知ってるよね。〕

「うん、弁護士さんから聞いたわ。」

〔そうだったね。〕

「どうしたの? 急に……」

〔お母さんも、死ぬとき怖かったのかな? つらくなかったのかな?〕

 礼子は、明の肩に手を置いて優しくなでながら答えた。

「つらかったんだと思うよ。だって、子供を残してまで死ななきゃいけなかったなんて……」

〔礼子さん。死んだらダメだよ!〕

 明は、礼子の顔を見た。目にいっぱい涙をためていた。礼子も明の健気な訴えに涙が溢れてきた。

「ご、ごめんね明くん。わたし、私。本当は自殺なんかできない。怖いのよ……。」

 あふれ出る涙がぽたぽたと膝に落ちていた。明の肩に置いた手にギュっと力が入った。

「ごめんね。私、どうしたらいいのか? あんなに死ぬなんて言ってたけど……。本当は出来ない。出来っこないんだ……。嘘ついてたよ。」

「うん。死なないで!」

 明が叫んだ。大きな声で。今までに聞いたことがない大きな声で。

 礼子はうれしかった。本当にうれしかった。

「ありがとう。ありがとう明くん。本当にごめんね。私、いつも強がっていたけど、すごく怖かったの……。」

 礼子はあふれ出る涙を拭うこともせず、明の肩にもたれかかっていた。

「本当は……。明くんが死にたいと思っていたんだよね……。ずっと一人で辛かったんだよね。」

 明も、目にいっぱいの涙を浮かべながらうなずいた。

「だから、死ぬ前にお母さんの気持ちを知ろうとしたんだね、お母さんと同じ年齢トシの私に聞こうと思ったんだよね」

 明は、手で涙を拭いメールをうっている。ときおり、涙で指先が見えずに何度も打ちなおした。

〔じゃあ! 二人でこれから生きよう! 生きるための旅をしよう!〕

 礼子は、メールをみてうなずいた。

「ごめんね……。」

〔もう、ごめんはいいよ。〕

「うん」

 互いに目を合わせて微笑んでいた。

〔それと明日、車屋さんが『連絡ください』ってメールが来てたけど〕

「うん」

〔車はね。中古車だけど白いワンボックスにした〕

「うん」

〔もう、泣きやんだ?〕

「うん。もう大丈夫よ」

〔じゃあ! 計画を立て直そうよ!〕

「うんそうだね。再出発の旅だよね。」

〔そうだよ〕

 明は、また鉛筆を走らせ、そして、礼子に見せた。

〔ほら、雲の下に山を描いたよ〕

「あ、ホント!」

〔後は、この絵に加える街を探しに行くんだね。生きるために、生活する街を〕

 その絵は、ところどころが明の涙でにじんでた。

「明くん、いつ出発する?」

 メールを打とうとする明に笑いながら言った。

「メールは、もういいから。返事しなさい!」

「うん」

 明は、しっかりとした口調で返事をした。

 涙でぐちゃぐちゃになった二人の顔は、子供のころのように笑顔であふれていた。

 空は、雲一つない青空だった。

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