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3部

 

 6ヶ月前。


 礼子は一人、部屋でパソコンのキーボードを叩いていた。玄関には、退職記念の花束が踏みつけられたまま散乱していた。部屋中に、足の踏み場もないほど結婚式の招待状がばらまかれている。

 礼子が今、夢中で書き込んでいるのは、自殺支援サイトでの自殺者募集の書き込みだった。

 書き込めば、返事が来る。いろいろな反応がある。冷やかしの人、自殺を思い留まらせようと真剣に考えてくれる人、同じ思いで自殺を考えている人など。礼子が待っているのは、同じような境遇の人。どうせ死ぬなら、似たような人と一緒がいい。最後に、少しでも話しを聞いて欲しい……。

 昨夜、最後の仕事を終え帰宅してから丸一日中。ほとんど食事らしい食事もとらず。机にうつ伏せてうとうとしていた。目を閉じれば、私を捨てた男への憎悪と、幸せだった日々の思い出が交互に浮かんできた。

 結婚が決まり幸せだった。結納も無事に済み、結婚式の日取りも決まり幸せの絶頂だった。職場では、皆が祝福の言葉をかけてくれた。あこがれてた寿退社をすることができる。毎日が華やいでいたのに……。

 突然、結婚をやめるといいだした。別れたいと……。

 そんなこと、急に言われても……。なんで? どうして? もう、案内状も出来てるのよ! 皆になんて言えば……。

 惨めじゃない! こんなことって……。 皆の笑い者になるわ……。 死んでやる! 許さない! 

 


 礼子は毎日、死ぬことばかり考えていた。結婚が取りやめになったことも言えずに、皆に黙っていた。職場では、声をかけられる度に愛想笑いでやり過ごすことで精いっぱいだった。結婚式の招待状を送ると嘘をついていた。もう、引き下がれない。と、思う気持ちに追い詰められといた。

(今さら、結婚がなくなりましたなんて……。言えない……。死んでしまえば。誰からも何も言われることもないし、あの男だって、悔いるはずだわ。)

 そして、礼子は一緒に死んでくれる、誰かを探していた。

 

 そんな日々の中で、礼子は明と出会った。礼子の自殺志願の書き込みに、明は冷やかしとも取れる書き込みを残した。その書き込みは、『僕は、死ぬつもりはありません。一緒に自殺はしませんが、あなたの死への旅立ちを見届けます。』だった。

(なに、この書き込み? ふざけてるの?)

 礼子は、一体どういうつもりで書き込んだのか気になり、普段なら無視してしまうところだが、返事をしてしまった。

 

 それから、礼子と明のやり取りが始まった。互いにメールで連絡するようになった。そして、一日中メールするようになった。明は、メールやネットでは、同一人物?と、思えるほどに饒舌だった。話題も豊富で学識も深かった。そして、何よりも話しを聞いてくれた。ただ、自分のことになると、あやふやに答えていた。

 顔が見えない相手だからなのだろう。思った以上に赤裸々に話せてしまう。会うと相手の表情や態度に目がいってしまうものだ。メールなら、相手の素性も知らない。いざとなれば、連絡を絶つことだって簡単だ。それほど、ネットでの人間関係は壊れやすいものなのかもしれない。しかし、まるで揮発性が強い液体のように瞬時に燃え上がることもある。それは恋愛感情だけではなく、押さえこまれていた感情があふれ出るように、何かを引きよせ合うように。

 礼子と明もその類の一つなのかもしれない。

 互いのメールが頻繁になって2ヶ月ほどたった頃、ひょんなことから、会う約束をしてしまった。言いだしたのは明だった。あんなに、人間嫌いだった明は、礼子に対しては、何か違う感情を持つようになった。知りあってから3ヶ月足らずだが、互いの存在がなくてはならないものになっていた。互いに補いあっているような、あるいは同志のような存在である。さらに、電車で二駅ほどの近くに住んでいたことにも、驚かされた。





「ねえ……、明くん聞いてるの? 」

 明は、相変わらず直接話しをせずに、その都度携帯のメールで返事をする。

〔うん、聞いてるけど……。〕 

 礼子は、この不思議な会話方式に、少しは慣れたつもりなのだが。時々、呆れてしまう。目の前に居るのにメールで会話するなんて……。

「ねえ。明くん返事だけなら、メールじゃなくて『うん』と、うなずくだけでいいのよ」

〔うん、そうだね。でも、こうやって返事をする方が落ち着くんだ〕

「落ち着く……の……。」

 礼子は、つぶやきながら頬杖をついて明を見た。明と出会ってからの月日を回想していた。本当に不思議な少年だった。二十歳になったばかりで、礼子とは一回りも年下。目の前にいてもメールで会話するような変な奴。そんな変な奴だけど、ここのところ毎日のように会っている。どうしてだろう? 

 お互いに何の予定もないから……、と言ってしまえばそれだけなんだけど……。

 礼子は、預金と退職金で生活しているし、明はもともとは、ひきこもりだったから、会うことを断る理由もないし、時間だってたくさんある。ただ、会っていても会話はメールだから、明にとって礼子は人間の形をしたパソコンに見えるかもしれない。今迄に出会ったことのないタイプの変な奴だけど。自殺するまでの一時期、ちょっと相手してやるのも悪くないかな。と、思っていた頃を思い出した。

 そもそもの出会いは、礼子の自殺仲間募集に、明が勝手に死出の旅路の見送り人として参加してきたのだ。どうせ死ぬなら、旅をして欲しいと。自殺する目的地に着いたなら、そこで見送って別れると言っていた。今でも、その目的は変わらない。むしろ、そのための準備を着々と進めていたのである。

 メールの着信を知らせる振動が手の中に広がった。

〔礼子さん、車、見つかった?〕

「あ、そうだったね。車……だったよね。」

〔そうだよ、礼子さんが探すっていってたから、まかせていたんだよ〕

「そうだね、ごめんなさい。どんな車がいいのか聞こうと思って忘れてたわ。」

〔だと思ったよ。車は、僕がネットで探すから登録は礼子さんだよね。〕

「そうね。明くんが見つけてちょうだい。登録の手続きは私でいいわ。」

〔礼子さん。ワゴン車でいい? 運転大丈夫?〕

「もう! 免許取って14年よ! ペーパードライバーじゃないのよ。ちゃんと運転できるのよ!」

〔じゃあ、安心だね。車はすぐに見つけるからね。〕

 明は、楽しそうに各地の観光案内やロードマップなどを見ていると言っていた。行くあてのない旅、車で寝泊まりをして、あまり知られていない穴場を探す。

 明は、海が好きだった。海水浴場ではなく、岩肌がごつごつとしたところが好きだった。一度も海に泳ぎに行ったことがないと言っていた。親戚中で厄介者だった頃は、いつも留守番だった。学校へ行くようになっても、体育は見学ばかりだった。

〔だから、僕の中で海といえば…… ビーチじゃないんだ!〕

 

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