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春の嵐

受験で頑張っていたときのことは今では遠い過去。

4月。いよいよ高校生活が始まる。

透き通るような青い空。

どこまでも続く桃色の桜並木。

心地よい春の風。


ではなく…。


今日はやけに風が強く、その風の勢いにのって猛烈な雨が降っている。

僕、葛西雄輝かさいゆうきは、必死で傘にしがみつくような格好をしながら海風館高校の正門を通り抜けた。


「せっかくの入学式だっていうのに…。」


ズボンのすそやカバンは既にビショビショ。この入学式の日に似つかわしくない天気は、

僕のこれからの厳しい高校生活を予見しているのか。

ぶつぶつとネガティブな独り言をつぶやきながら昇降口の前にただり着いたその時、


びゅうっ!! バキッ!!


突風と同時に何かが折れる音がした。(傘、折れたか…。 いや、大丈夫みたい。)

僕は自分の傘の無事を確認して昇降口へ入った。ここは屋根があるにもかかわらず、

少し奥の床まで濡れていて雨の激しさを物語っていた。

(さっきの音、何が折れたんだろ?)

辺りをキョロキョロすると、昇降口の軒の下で悲しそうな顔をした制服姿の女の子が一人。

その女の子は青い傘にしゃべりかけた。


「ごめんなさい。私がしっかりしてないから折れちゃったのね。痛かった?」


背中の真ん中くらいまである黒髪のストレートヘアに大きな瞳の美少女。

体は細身ではあるが、なで肩ではないため痩せているという印象はうけない。

何かスポーツでもやっているのだろうか。それにしても『かわいい』。

傘は折れてしまったが、彼女はあまり雨に濡れてはいない様子だった。


「まったく、嫌な天気よね。入学式ってもっと爽快であるべきじゃない? 

空は青くて、ピンク色の桜があたり一面に咲いていて…。」


さっきの純粋で悲しげな雰囲気とは打って変わって、くだけた言葉を発した。

(ん? ”あるべきじゃない?”って)。

辺りを見回すと数人の生徒がいた。でも、彼らとの距離は僕と彼女と少し離れている。

一番近いのは彼女と僕。これって僕に話しかけている? 初対面の僕にいきなり? 

これが友達同士の会話なら「そうだね、なんかこの先思いやられるよね。」

と自然な返事をするのだろうが、僕は彼女を知らない。

緊張した僕は何を思ったのか、


「はっ!! そーあるべきであります!!」


と、思わず軍隊の上官に敬礼するかのようなポーズと発言をしてしまった。

僕が言動と行動がおかしかったのか、彼女は「ぷっ」と噴出て、次に「キリっ」として


「君に任務を与える!! もし、帰りまでに雨がやまなかった場合、

君の傘に私を入れること!! 上官の命令は絶対である!! 」


突然の寸劇。これは運命の出会い…、なのか?


          ◇


 昇降口の下駄箱を抜けると壁にクラス割の表が貼り出されていた。

僕の名前は1年B組にあった。

ふと横を見ると、上官(?)もクラス割の表を見ていた。新入生なのか?

(もしかして同じクラスかも…。)

「あっ!! あった!!」

上官の視線はB組ではなくA組を向いていた。どうやらクラスは違うみたいだ。


「クラスは分かったけど、これからどうすればいいのかしら。」


確かに…、と思ったが、入学式の前に郵送で送られてきた『入学式のしおり』に

当日の手順が載っていたことを思い出した。

僕はカバンの中から『入学式のしおり』を取り出した。雨のせいで少し濡れてるけど…。

かなり緊張しているが、思い切って上官にしおりのことを助言してみた。


「そ、そういえば、このしおりによるとクラス割を確認したら教室へ行くように書かれてるよ。

地図も載ってるし。」

「へー、そうなんだ。さすが! 用意周到ね。」

「それほどでも…」

「じゃあ、一緒に連れてってくれない? お願い!」


僕らは地図をたよりに教室へと向かった。

初めて通る高校の廊下をかわいい女の子と歩いているせいか、緊張して

何もしゃべりかけることができなかった。

一方、上官はというと、これと言って緊張した様子はない。むしろ落ち着いている。


「ここがA組ね。あなたはB組だからこっちね。」

「そうみたいだね。へへへ…。」

「ありがと。すっごく助かったわ。」

「そ、そう思ってもらえると…、嬉しいよ。」

「それじゃ、もし雨が降ってたら、帰りはよろしくね。」


上官はバイバイと手を振ってA組の教室へと入っていた。

あの寸劇の中で言っていったことは冗談じゃなかったんだと確信した。


          ◇


 僕はB組の教室に入ると黒板には『ようこそ海風館高校へ。お好きな席へどうぞ。』

と書かれていた。後ろから2番目の窓際の席が空いていたので迷わずそこへ座った。

辺りを見回してみると、知り合いはいない。と、思っていたが

何やら隣に見憶えのある顔があった。


「あっ!!」


僕と、そしてもう一人の男子の声が同時に重なった。


「雄輝じゃないか!! まさかお前と同じクラスとは。」

「やっぱり正人か!!」


彼の名は吉澤正人よしざわまさひと。僕の親友だ。

中学の頃は僕が陸上部で正人が水泳部だった。部はちがっても部活間の親睦は深く、

よく合同合宿なんかもやっていた。僕はふと疑問に思った。

正人の水泳の実績はすばらしく、強豪校から逆指名を受けていた。

海風館はというと、水泳部は廃部寸前だと聞いている。

なぜ海風館…。入学早々、込み入った話をするのも何なので、あえてその話題に触れるのはやめた。

僕らは中学時代の昔話に花を咲かせた後、入学式の時間を確認した。


「正人、入学式って何時からだっけ?」

「たしか10:00からだよな。」

「まだ時間あるし、ちょっと学校の中を探険してみないか?」

「初日からやけに積極的だな。何か珍しいものでもあるのか?」

「いや、別に。まぁ、とにかく行こうよ。」


僕たちは教室を出て廊下を歩いた。まだ窓の向こうの雨は止まない。

空は鉛色で、それが果てしなく広がっている。

空の果てからA組の教室の中に目を移すと何やら物憂げな顔をして

窓の外を眺めている少女がいた。上官…。


「おいっ! 雄輝。」


ハッとして僕は正人に謝る。


「あ、いや、ごめん。ちょっと考え事していた。」

「いきなり立ち止まって黙るなよ。っつーか、どうかしたのか? 変だぞ。 …っお、あれは確か。」


正人の視線と僕の視線が上官の方に向いた。上官と正人と知り合いなのか?

それとも…、知り合い以上の関係なのか。知り合い以上の関係ってなんだ?

もしかして正人のカノジョ? いや、それはないだろう。

カノジョなのに"あれは確か"なんて言わないよな、ふつう。

僕の妄想は歯止めが効かなくなる。


「ミナセ サキ。」


正人の一言に対して僕は尋ねた。


「もしかして、知っているのか!! 上官のこと…。」

「上官? 何言ってんだ? お前。」

「いや、彼女のこと、知ってるのか?」

「ああ。彼女の名前は水瀬紗希みなせさき

 俺たちのライバル校だった東中ひがしちゅうの水泳部だ。

 水泳をやっていて彼女を知らないヤツはいないよ。結構有名だったからな。」


そうか、有名人なのか。でもどのように有名なのだろう?

水泳をやっている人はみんな知っているってことは、

きっといつも大会で優秀圏内にいるとか、そういうことだろう。

でも、それはあくまで僕の想像。

どうして有名なのかを尋ねようとしたが、先に正人のほうが口を開いた。


「ちなみに有名っていっても、実績のことじゃないからな。

 確かに彼女は中学二年の夏、100m自由型で六位入賞した。全国大会でね。

 だけどそれだけじゃない。」


正人の話に耳を傾ける。じゃあ何で有名なのか?

次の言葉でそれが分かると思うと、好奇心に胸が躍る。


「お、入学式の時間だ。そろそろ教室戻るか。」


正人に肩透かしに、僕は思わずズッコケそうになった。

一体何が有名なのか? 少なくとも僕にとっては有名じゃない。

水瀬沙希。彼女のことが知りたくなった。水瀬さんと、話がしたくなった。

雨よ、ごめん。 今日一日、ずっと降り続いていてくれ。



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