吾輩は猫なのか?【第二十四話】
シオンは相変わらず痛々しい姿だった。
コートは血に染まり、傷だらけの身体は今にも倒れそうに見える。
私は思わず目を逸らしかけた。
「お疲れ様です、皆様。どうやら、リリー様とサンドラ様で“最後”だったようです」
「最後ぉ?」
私が首を傾げる。
「ええ」
シオンは小さく頷いた。
「どうやら、“生徒は”全員無事を確認できたようで」
「お、おお……そうなんだ」
私は少し驚いてしまう。
これだけの騒動だ。
正直、生徒も無事では済まないと思っていた。
周囲を見回す。
箒へ乗った魔法警察達が、次々とセレマへ到着していた。
「私は彼らに話がありますので……あなた方も、本日は事情聴取を受けることになるでしょうが」
シオンは淡々と続ける。
「まぁ、明日には落ち着けるでしょう」
そして、「ではまた」と言って踵を返した。
「ま、待ってください!」
私は慌ててシオンを呼び止めた。
「なんでしょうか?」
「あの……今日襲ってきたやつら……“光界民”なんですか?」
「……………」
シオンは答えなかった。
ジル達も、固唾を飲んでシオンを見つめている。
「……あまり時間がないので」
シオンは静かに言った。
「いずれまた。それでは――」
「逃げちゃうんだぁ♪」
私ははっと振り返る。
サンドラが、目を開けてシオンを睨んでいた。
「これだけのことが起こって……私たちには何も知らされないなんて♪」
ふらつきながら立ち上がる。
「さ、サンドラ……無理しないで」
アイリスが支えようとするが、サンドラはその手を軽く押し除けた。
「そんなの、“不公平”……でしょ♪」
そう言って、サンドラはちらりと私へ目配せした。
「そ、そうですよ!」
私は慌ててシオンを見る。
「このままだと“不公平”です!教えてください!」
シオンは深々とため息を吐いた。
「……まあ、あなたには一度話したことがありますし。いいでしょう」
そう言って、ちらりと私を見る。
「確かに、今回の件……光界民が関わっている可能性は高いです」
私たちは思わず息を呑んだ。
「もういいですか?」
シオンは疲れたように言う。
「……では――」
「待・て・よ♪」
サンドラが、その言葉を遮った。
シオンの眉が僅かに動く。
「……教員に対して、その態度はいかがなものかと」
「まだ話は終わってない♪」
サンドラは、再び私へ視線を向けた。
「そもそも……なんで“こんなこと”が起きてるのかな♪」
「こんなこと……というと?」
シオンは左肩をぽりぽりと掻く。
傷口が開き、血が床へぽたりと落ちた。
「“光界民の侵攻”♪そんなこと、今まで一度もなかった♪なぜなら――」
サンドラは空を指差した。
「“結界”によって、防がれてたから♪」
「……そうですね」
シオンは目を逸らしたまま答える。
「――でも、一ヶ月くらい前♪妙な事件が起きてる♪」
シオンの表情が僅かに歪んだ。
サンドラは、何故か私の襟首を掴む。
「……んえ?」
「アズール地区の壊滅♪」
サンドラは静かに言った。
「新聞には、“魔術結社による魔術テロ”って書かれてたけど♪……"アズールの生存者"が妙な証言を残している♪」
サンドラは笑みを消した。
「“空が黒く染まった”ってね♪」
そう言って、掴んだ私の体を軽く揺らす。
「ここからは私の憶測♪」
そう言って、私の襟首から手を離した。
「白い結界が、黒く染まった♪……考えられるのは――その時、“空の結界が破られた”♪そして――」
サンドラは寮を一瞥し、再びシオンへ向き直った。
「今回の襲撃が光界民によるものだとしたら♪“その時に侵入した”……もしくは♪」
再び、空を見上げた。
「まだ完全に、“修復できてない”♪……とかかな♪」
シオンはサンドラの推理を聞き終えると、ふぅ……と静かに息を吐いた。
面倒そうに目を伏せ、そのまま沈黙する。
私は。
ルークは。
みんなは。
一体、何に巻き込まれて。
なんで殺されなきゃいけなくて。
なんで奪われなきゃいけなくて。
「あ、あの……!!」
「ん?なんでしょう?」
「い、一体何が起きてるんですか!?」
気付けば、私は叫んでいた。
「なんでアズールの結界が破られて!なんでみんなが殺されて!なんでセレマまで襲われて!」
声が震える。
「なんで……私は……」
そこで言葉が詰まった。
俯く。
視界が滲んでいく。
「こ、殺され……?」
アイリスが目を見開いた。
ジルとエリックも、息を呑んだように固まっている。
だが、サンドラだけは動かない。
ただ真っ直ぐ、シオンを睨みつけていた。




