吾輩は猫なのか?【第二十二話】
アドリア、とある建物の一室。
男はそこで目を覚ました。
プシュー――
空気が抜けるような音と共に、カプセルがゆっくり開いていく。
「はぁ……やられちまってんじゃねぇか」
男は顔をしかめた。
「まさか俺が、ぬいぐるみになっちまうとはな」
頭へ取り付けられていた装置を乱暴に外す。
そのままカプセルから這い出て、ぽりぽりと頭を掻いた。
「おお!やっぱ生身はいいな!……ったく……」
男は振り返る。
カプセル側面には、文字が刻まれていた。
『Anti-Magic-Armor』
「“対魔術式装甲”ねぇ……」
男は鼻で笑う。
「全然、対魔術できてねぇじゃねぇか!」
苛立ったようにカプセルを蹴り飛ばした。
「まぁ、“試作機”って話だったしな……こんなもんか?」
男は大きく息を吐く。
「にしても、一人も殺れねぇとは……参ったな」
そう言って、男は再び頭を掻いた。
そして、カプセルの縁へ付いたボタンを押す。
プシュゥ――
次の瞬間、カプセルは空気の抜けた風船みたいに、みるみる萎んでいった。
「とりあえず帰って報告か……気ぃ重いな」
男はため息を吐く。
萎み切ったカプセルを雑に折り畳み、机の上の鞄へ押し込んだ。
「はぁ……嫌だなぁ……始末書とか書かされんのか?俺じゃなくて、このおもちゃが……」
そう独り言を漏らしながら、男は部屋を後にした。
* * *
男は欠伸を噛み殺しながら、静まり返った廊下を歩いていた。
ふと。
前方に現れた“それ”へ目を向ける。
「……猫?」
黒猫が一匹。
こちらへ向かって、ゆっくり歩いてきていた。
「お、おい!俺は猫アレルギーなんだよ!ちょ、こっち来んなって!」 狼狽えながら後ずさった。
黒猫は男の前まで来ると、ニャアと一声鳴いた。
そして、その場へ座り込み、のんびり毛繕いを始める。
「……猫は好きなんだけどなぁ。アレルギーさえなきゃなぁ……」
そう言って猫へ手を伸ばしかけ、小さくため息をついた。
「……?」
男は黒猫へ目を細める。
「なんか……背中、膨らんでねぇか?」
猫の背中が、ぶくぶくと不自然に膨れ始めていた。
「き、気のせいじゃねぇよな……?」
男は表情を引き攣らせ、懐から銃を引き抜く。
黒猫へ向け、素早く構えた。
次の瞬間。
猫の全身から、ばちばちと電撃が迸る。
逆立った毛並みが膨れ上がり、その身体は瞬く間に獅子のような巨躯へ変貌した。
だが――“変形”は、まだ止まらない。
“それ”は巨躯をゆっくりと起こし、二本足で立ち上がった。
ばちばちと電撃を散らしながら、輪郭が変わっていく。
獣の骨格が軋むように縮み、毛皮が沈み、腕が伸びる。
やがて――その姿は、どこか見覚えのある形へ落ち着いた。
猫は、人間へ変わっていた。
黒いショートヘア。
猫のように鋭い目つき。
そして、白衣を纏ったその姿は――まるで研究者だった。
「お、お前は……」
男の顔が引き攣る。
その女を、男は知っていた。
「柊 莉音!!」
男は反射的に銃を構える。
だが、莉音は不敵に微笑むだけだった。
静かに目を閉じる。
そして、両手を顔の前で合わせた。
「踰越幽玄」
「……あ?」
莉音はゆっくりと目を開く。
重ねた両手を、静かに上下へずらした。
「綵花自刎乃細雪」
瞬間。
周囲へ桜の花弁が舞い上がる。
淡い花びらは、雪みたいにゆっくりと落ちていった。
「あ……あ……」
男の目が見開かれる。
口元から、だらりと涎が垂れた。
震える手で、自ら銃を持ち上げる。
そして――こめかみへ銃口を当てた。
バンッ!!
銃声が廊下へ響き渡る。
男は糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。
莉音はその死体を静かに見下ろし、不敵な笑みを浮かべていた。




