吾輩は猫なのか?【第十五話】
「ぐっ……!」
ロザリスは、“それ”を左腕で受けた。
ザシュッ――!
鋭く肉の裂ける音が響く。
ロザリスの身体には、既に同じような裂傷が幾つも刻まれていた。
「な、なんなのよぉ、あなた……!」
ロザリスが後ずさる。
「なんで、その身体でそこまで動けるのぉ!?」
シオンは、血に染まった両手を構えたまま迫っていく。
その手に纏う魔力は、獣の爪のように鋭く変形していた。
シオンの身体からは、複数の寄生虫が飛び出している。
床へ落ちたそれらを、構わず踏み潰しながら前へ進む。
「ふふっ……ふふふっ」
シオンは笑っていた。
歯の隙間には寄生虫が挟まり、ギチギチと蠢いている。
その姿は、まるで獣のようだった。
「いい加減さぁ……死んでよぉ!」
ロザリスはシオンの腹へ蹴りを放った。
だが、シオンはそれを躱さない。
「……!?」
ロザリスの目が見開かれる。
先程まで両手に集中していた魔力が、瞬時に腹へ移っていた。
そして、再び一瞬で魔力を両手へ戻し、シオンは右腕を振りかぶる。
「み、みんな!」
ロザリスが叫ぶ。
すると、部屋の影から蛾の群れが飛び出した。
群れはロザリスの背中へ群がり、その身体を勢いよく後方へ引っ張る。
「はぁ……はぁ……」
ロザリスの頬を、血が伝った。
「先程からちょこまかと……面倒な術式ですね」
シオンは首をぽきぽきと鳴らしながら、ゆっくりロザリスへ歩み寄る。
その姿は――とても瀕死とは思えなかった。
「ひっ……!こ、来ないでぇ!」
ロザリスは咄嗟に、蛾の群れをシオンへ放った。
大量の蛾が、シオンの身体を包み込んでいく。
だが――それでも、シオンは止まらない。
身体へ張り付いた蛾を、両手で握り潰しながら前へ進む。
蛾の死骸が、辺りへぼたぼたと散らばった。
そして――シオンは、むしゃむしゃと蛾を“喰って”いた。
「あ……あ……」
ロザリスはその場へぺしゃりと崩れ落ちる。
「意外とイケますね、これ」
シオンはそう呟き、蛾をゴクリと飲み込んだ。
座り込んだロザリスへ向け、右腕をゆっくり振り上げる。
「や、やめ……」
ロザリスは涙を浮かべ、その場から動けない。
シオンは構わず、右腕を振り下ろそうとして――
ふと、違和感を覚えた。
シオンは右腕を止める。
そして、自分の腕を見下ろした。
――軽い。
いや違う。
“薄い”?
血を流しすぎた時みたいな感覚。
それとも――
「あ……あは、あははぁ♡」
ロザリスは床を這うように後退る。
距離を取ると、ふらふらと立ち上がった。
「や、やっとかぁ……♡ほんと、バケモノだったわぁ♡」
「……どういうことですか?」
シオンは静かに呟いた。
そして、自分の身体へ視線を落とす。
全身の魔力が、極端に減っている。
――まさか。
シオンは目へ魔力を集中させる。
そして、体内から這い出す寄生虫を凝視した。
「ばぁかぁ♡もう遅いのぉ♡」
「こ、れは……」
肉を食い破って現れた寄生虫たち。
それらは――シオンの“魔力”を喰らっていた。




