吾輩は猫なのか?【第十三話】
私たちはハッとして、男の方を見る。
男の鎧が、ガチッ、ガチッと不気味な音を立てながら変形し始めた。
サンドラは即座に目へ魔力を集中させ、男を凝視する。
そして――変形を終えた男の姿は、まさに“異形”だった。
右腕と左足だけが異様に肥大化している。
逆に、左腕と右足は女性のように細い。
歪で、不均衡で。
見ているだけで嫌悪感を催す姿だった。
「うわぁ……何あれ、気持ち悪……」
私がそう呟いた、その瞬間。
キィィン――ッ!!
耳をつんざくような音が廊下へ響く。
同時に、
ダンッ!!
床を蹴り砕くような音が鳴った。
そして――男は、私の目の前に“現れた”。
「は?」
少し遅れて、暴風みたいな風が吹き抜ける。
男は右腕を構えていた。
――やばい。
避けないと。
いや、待て。
もしかして、チャンスか?
あの大きい腕。
当たれば死ぬ。
でも――さっきまで、あんなに離れていたのに。
……何故?
ぐちゃぐちゃになった思考が、私の身体を固まらせる。
「まず一人っと……」
男が拳を放とうとした、その瞬間。
私は後ろへ突き飛ばされた。
サンドラだ。
そして――サンドラは私の前へ立ち、男の拳を“喰らった”。
目の前に、サンドラの腹を貫いた男の腕がある。
「さ、サン――」
――いや、待て。
これこそが“チャンス”だ。
私は――男の拳に“触れた”。
そして、術式を――
「……?」
「こっちの女か……まぁ、とりあえず一人だな」
男はサンドラを貫いたまま持ち上げる。
そして、そのまま腕をぶんっと振り抜いた。
サンドラの身体が男の腕をすり抜け、後方へ吹き飛ぶ。
「ん?……いや、おかしいな」
男は自分の拳を見つめた。
私はその隙を逃さなかった。
手に持っていたテディちゃんを懐へしまい、代わりにナイフを取り出す。
そして――自分の腕を切りつけた。
血が溢れ、ぼたぼたと床へ落ちる。
「えぇ!?何してんのお前!?」
男が目を見開く。
「やめなって、そういうことすんの!まだ若いんだしさぁ!」
私は男へ腕を向けた。
そして、“目”の位置へ向かって血を射出する。
「うわっ!?ちょ、やめろ!」
さらに、血を噴射した勢いを利用し、私は後方へ跳び退いた。
* * *
「はぁ……はぁ……や、やばい……」
目眩がする。
血を出しすぎた。
か、回収……
倒れ込んだ私は、必死に腕を持ち上げた。
すると、散らばった血が傷口へ戻っていく。
流血は、すぐに止まった。
私はゆっくり身体を起こす。
「く、クソ!……あいつ、もしかして……」
唇を噛み締め、遠くの男を睨む。
男は何か叫びながら、苛立ったように身じろぎしていた。
――触れた。
それなのに、術式が発動出来なかった。
考えられるのは――
「血を自分から“分けて”利用するなんて♪」
不意に、聞き覚えのある声がした。
「お前、“イカれてる”ね♪」
「う、うわぁ!?え?え?」
振り返ると、サンドラがこちらを見下ろして立っていた。
私は驚いて、座ったまま後ずさる。
「い、生きてたの?……あれ?」
視線が、サンドラの腹へ向く。
風穴が空いたはずのそこは――
全くの“無傷”だった。
思わず、私はサンドラの腹へ触れようと、手を伸ばした。
サンドラはその手を、ばしっと払いのける。
「で?……あいつに“触れた”のかな♪」
「あぁ、うん。ただ――」
「術式は“発動出来なかった”♪」
サンドラは遠くの男を見たまま言った。
男はまだ、何かを叫び続けている。
私はサンドラへ向け、指を二本立てる。
「今のところ、考えられる説は二つある」
サンドラは片眉を上げ、こちらを見下ろした。
「説①。あいつの鎧は“術式を無効化”する」
私は指を一本折る。
「だから、私が触れても術式を発動出来なかった」
「なるほど♪ただ、その説は“なし”かな♪」
「なし?……なんで?」
私が首を傾げる。
するとサンドラは、自分の腹をさすりながら言った。
「その場合、今頃私のお腹、ぽっかり空いちゃってるよ♪だから、“術式の発動自体”は可能♪」
――なるほど。
サンドラは何らかの術式で、あいつの攻撃を逃れたのか。
なら――
「説②は、私が言うね♪」
サンドラは笑顔のまま、指を二本立てた。
「これは、最初にあいつを見た時点で推測できたこと♪あいつからは、“全く”魔力が感じられない♪」
サンドラは立てた指を、そのまま男に向ける。
「“あれ”には――中身なんてない♪」




