吾輩は猫なのか?【第一話】
「ねぇ、ジル」
私は席へ座りながら、隣のジルへ声をかけた。
「どうしたの?リリー」
「授業、なんかつまんなくない?」
ジルは不思議そうに首を傾げる。
「なんというか……もっとこう、魔術てバーン! みたいなのを想像してたんだけど」
セレマへ入学して一週間。
授業内容は、今のところ全部座学だった。
「ま、まぁ僕たちはまだ新入生だからね。しばらくは基礎理論が中心なんだと思うよ」
「ふーん……」
私は手の中の鉛筆へ触れる。
すると、木の部分だけがほどけるように分解され、中から黒い芯が姿を現した。
それをまた元通りに戻す。
最近、この手遊びに少しハマっていた。
ふと、下の席へ目を向ける。
サンドラがこちらを見ていた。
サンドラは私の視線に気が付くと、さっと目を逸らした。
「うーん……」
私は自分の制服を摘み、匂いを嗅いだ。
ついでに髪も掴んで確認する。
「な、何してんの……?」
隣でジルが微妙な顔をした。
私はそのままジルへ近づき、制服をぱたぱた揺らす。
「私って匂う?」
「い、いや!? に、匂わないよ!?」
ジルが慌てて答えた。
「私、この一週間でかなり清潔になったと思うんだよね。もう貧乏臭さも抜けたと思うんだけど」
私は自分の髪を頬へ擦り付けながら、下の席のサンドラを見る。
「それなのに、未だに睨まれるんだよね」
ジルは呆れたように息を吐いた。
「た、たぶんそういう問題じゃないと思うけど……」
「そうなの?」
「リ、リリーってさ……結構その――」
「お、先生来た」
ジルは慌てて口を閉じ、前へ向き直った。
* * *
トーマス先生は長い口髭を撫で、咳ばらいをひとつした。
「今日は『魔術系統』について学びます。まずは今から、この石を配ります」
そう言って、先生は透明な石が積まれた箱へ手を向ける。
すると、石がふわりと宙へ浮かび、ひとりでに生徒たちの元へ飛んできた。
「その石は『識魔石』です。手をかざし、魔力を集中してみなさい」
石は両手に収まるくらいの大きさだった。
私は石へ手をかざし、ぐぬぬ……と魔力を集め始める。
ふと隣を見ると、ジルは既に魔力を集中させていた。
「は、はや!」
「あ、あはは……」
ジルの手には魔力が揺らめいている。
すると、透明だった石がゆっくり赤く染まっていった。
私も負けじと魔力を集めた。
じわじわと手の中へ魔力が集まり――やがて、私の石は青く染まった。
「はぁ、はぁ……」
額の汗を拭う。
……ジルとは違う色。
もしかして、魔力の移動速度とかで色が変わるんだろうか。
だとしたら、青は”無能”なのか?
私はむっと唇を尖らせ、自分の石を睨んだ。
こっそり下の席を覗き込む。
サンドラの石は、緑色に光っていた。
「石の色が変わりましたね? その色が、君たちの魔術系統を示しています」
トーマス先生はごほごほと咳き込み、
「……失礼」
と言って続けた。
「赤が『魔力型』、青が『術式型』、緑が『中庸型』です」
「へぇ……じゃあ私は術式型で、ジルは魔力型ってことか」
「そ、そうだね」
そして、サンドラは中庸型。
私はちらりと下の席を見る。
「赤――魔力型は、魔力の扱いに長けた系統です。そもそも、魔力とは何か?……リリー・マリーノ」
突然名前を呼ばれ、私はビクッと肩を震わせた。
「わ、私たちの体から流れ出る生命エネルギー……みたいなもの、ですよね?」
「その通り」
私はふぅと息を吐く。
「我々の体からは、常に魔力――生命エネルギーが流れ出ています。その制御によって――」
トーマス先生が指を振る。
箱へ残っていた石がふわりと浮かび上がり、先生の頭上をくるくる回り始めた。
「このように、物を浮かせたり――」
先生自身の体が、宙へ浮かび上がる。
「このように浮遊したり、さらに――」
宙を回る石を掴む。
そのまま魔力を込めると、石へ亀裂が走り――砕け散った。
「自身の力を”強化”することもできる」
教室が感心したようにざわつく。
「魔力型は、この魔力制御へ特化した系統です。魔力の移動速度も速く、総量も他系統より多い」
……なるほど。
ジルがさっき速かったのは、魔力型だからか。
「そして、その影響は『固有術式』にも現れる――ジルベルト・レオンモーニ」
「あ、は、はい!」
ジルが慌てて立ち上がる。
私はにやにやしながら、それを眺めていた。
「君の固有術式を見せてください」
「わ、わかりました」
ジルが手を前へかざす。
次の瞬間、手の周囲へ青白い電撃が走った。
「一見すると、雷を”発生”させているように見えるでしょう。ですが違う。彼は、自身の魔力を雷の性質へ”変化”させているのです」
「へぇ……」
私は頬杖をつきながら、ジルの手を眺めた。
「魔力型には、彼のように魔力の性質や形状を変化させる固有術式が多い」
ジルは落ち着かなさそうに、席へ座り直す。
「さて――次は青。術式型についてです」
私は少しだけ身を乗り出した。
「術式型は、術式の”構築”に長けた系統です。――リリー・マリーノ」
……また私かよ。
舌打ちをし、渋々立ち上がる。
「君がいつもしている”手遊び”を見せてください」
私は軽く肩をすくめ、鉛筆へ触れた。
すると、鉛筆の木がほどけ、芯だけがするりと抜け落ちる。
教室がざわついた。
「マリーノさん。今、何をしましたか?」
私は自分の髪へ指を巻きつけながら答える。
「鉛筆の芯と木を、別々に”分け”ました」
「一見単純に見えますが、このような”概念”の構築は非常に複雑です」
「ふーん……」
私は少し驚いた。
大した能力じゃないと思ってたけど、案外私ってすごいのか?
「さらに術式型は、術式の”解釈”を拡張することにも長けています。ですが――」
「……ん?」
私は眉をひそめた。
「魔力型のような高度な魔力制御は苦手です。また、魔力総量も比較的少ない傾向にある」
……なるほど。
つまり、さっき私が手間取ったのは、一概に”無能”というわけではないらしい。
私は目を閉じ、少しだけ口元を緩めた。
「最後に緑――中庸型についてです。――サンドラ・システィ」
「はーい♪」
サンドラは笑顔で立ち上がった。
「手に魔力を集中させてみてください」
サンドラは拳を軽く前へ出す。
すると、一瞬で魔力が集中した。
トーマス先生が、わずかに目を見開く。
「……では、君の固有術式も見せてください」
「了解です♪テディちゃ~ん?」
サンドラがそう呼ぶと、懐からクマのぬいぐるみが飛び出してきた。
ぬいぐるみは机へ着地し、とことこと歩き始める。
私は思わず、目を瞬かせた。
能力よりも、『サンドラがクマのぬいぐるみを持ち歩いてること』の方が衝撃だった。
「中庸型は、魔力制御にも術式構築にも特化していない系統です」
トーマス先生は、歩くぬいぐるみを見つめながら続ける。
「ですが、それ故に対応範囲が広い。例えば彼女のように、魔力制御でぬいぐるみを”操作”しつつ、同時に何らかの術式を”付与”することも可能です」
ぬいぐるみがぴょんと跳ね、サンドラの懐へ戻る。
サンドラは満足そうに席へ座った。
「なるほどね」
私は、サンドラにちょうど聞こえそうな声量で呟く。
「要するに”器用貧乏”って感じかな?」
周囲の”緑”たちが、じろりとこちらを睨んだ。
「ま、まぁ普通はそんなイメージだけど……」
ジルが小声で呟く。
「サンドラは中等部主席なんだ。あいつ、魔力制御も術式構築も、下手な魔力型とか術式型よりずっと上で……摸擬戦でもほとんど負けたことないんだよ」
「え?」
……なんだよそれ。
それって、”不公平”じゃない?
私やジルは、どっちかしかできないのに。
私はサンドラを見る。
サンドラもこちらを見ていた。
けれど、目が合った瞬間、すぐに視線を逸らした。




