思考の転換
週明けの経営会議。
長机の中央に資料が並び、いつもの顔ぶれが座っている。
本部長が展示会報告を始める。
「外資SaaSの勢いは無視できません。UI刷新と価格改定の検討を――」
想定通りだ。
価格。
UI。
クラウド版。
全部、同じ土俵で戦おうとしている。
俺は資料を閉じた。
紙の音が、やけに大きく響いた。
「1点、いいですか。」
視線が集まる。
俺は深呼吸しない。
迷いを見せないためだ。
「競合に勝つ、という前提が間違っています。」
空気が止まる。
誰かがペンを置く音がした。
本部長がゆっくり顔を上げる。
「どういう意味だ。」
俺は言い切る。
「Cloudivaは強い。正面では勝てません。」
ざわめき。
自社の会議で、競合の強さを認めるのは禁忌だ。
だが俺は続ける。
「UIも価格もスピードも負けています。」
「だから刷新を検討している。」
「違います。」
俺は首を振る。
「競合を消そうとするから、勝てないんです。」
沈黙。
その沈黙が、会社の思想そのものだった。
二十年間、自社完結型で戦ってきた会社。
自社製品を入れ、囲い込み、囲い込んだ顧客から利益を出す。
“競合前提”という発想は存在しない。
だが市場は、もう違う。
俺はホワイトボードに図を書く。
Cloudiva → 導入・標準化
俺たち → 補完・定着・運用最適化
「彼らの上に乗ります。」
誰かが鼻で笑う。
「それは自社製品の否定だろう。」
俺は即答する。
「違います。市場の現実です。」
声は荒げない。
熱くなるほど、負ける。
「顧客はすでにCloudivaを選んでいます。そこを無視するのは、自己満足です。」
会議室の空気が二つに割れる。
若手は黙って聞いている。
古参は眉をしかめる。
本部長が言う。
「既存事業とバッティングする。」
「既存は守ります。」
「リソースは?」
「分隊でやります。」
「正式プロジェクトか?」
「違います。」
失笑が起きる。
無謀。
予算もない。
承認もない。
だが俺は視線を逸らさない。
「三ヶ月で一億、SaaSで積みます。」
その言葉で、全員が黙る。
三ヶ月。
一億。
専務の言葉が、ここに重なる。
本部長は目を逸らした。
「検討事項として預かる。」
出た。
一番会社を殺す言葉。
検討。
時間を凍らせる魔法の言葉。
俺は悟る。
ここで待てば、終わる。
会議が終わる。
誰も賛成しない。
誰も反対もしない。
だが俺の中では、すでに決まっている。
会社を説得する時間はない。
市場で証明する。
廊下を歩く。
若手営業が追いつく。
「本気ですか?」
俺は振り返らない。
「市場が本気だ。」
会社がどう思うかは関係ない。
敵を前提に設計する。
その瞬間、俺は会社の中で、少しだけ独立した。




