離反、そして簒奪の気配
ベテランが変わったのは、態度ではなかった。
“言葉の選び方”だった。
「面白いですね」が、「一理ありますね」になり…
「やってみましょう」が、「慎重にいきましょう」になった。
否定はしない。
だが、前に進ませない。
会議の議事録を見ると、俺の提案の横に必ず一文が足されていた。
※全社整合性の観点から要検討
誰も反対していない。
だが、誰も決裁しない。
それが組織の止め方だ。
ある日、若手が報告に来た。
「取引先から言われました。本部から“従来通りでいい”と連絡があったと」
俺は一瞬だけ止まった。
つまり、水面下で調整が入っている。
俺の改革案が、公式決裁前に“緩和”されている。
露骨ではない。
だが、確実に削られている。
その夜、共有フォルダの閲覧履歴を確認した。
本部企画室のアクセスが増えている。
ダウンロード履歴もある。
二日後。
経営会議のアジェンダが回ってきた。
議題:
「営業評価制度の高度化について」
提出部署:経営企画室
俺の部署名はない。
資料を開いた。
構造は同じ。
KPIの公開。
評価の透明化。
行動量と成果の分離。
だが、理念が削られている。
“戦闘力の可視化”は“業務効率の向上”に置き換わり、“曖昧さとの戦争”は“健全な競争環境の整備”になっていた。
毒が抜かれている。
そして最後にこう書かれていた。
試験的に一部部署で運用中。
一部部署。
名前はない。
俺は笑った。
怒りではない。
予測通りだ。
これが簒奪の始まりだ。
正面から奪わない。
功績を消し、構造だけを吸収する。
そうすれば反発は起きない。
だが、彼らは一つ誤算をしている。
制度は真似できる。
だが、空気は真似できない。
翌日、ベテランが言った。
「これで丸く収まる」
「何がですか」
「全社施策になれば、君も評価される」
“君も”
その言葉で理解した。
彼はもう俺の側ではない。
組織の安定側に立った。
悪ではない。
保身でもない。
ただ、波を立てたくない。
だが俺は波を立てるために動いている。
「あなたは、この制度の核心が何か分かっていますか」
彼は黙った。
「数字を公開することじゃない。責任を可視化することだ」
俺は続けた。
「責任が見える組織は強くなる。だが、上層部にとっては怖い」
ベテランは低く言った。
「理想だけでは会社は回らない」
俺は即答した。
「理想がない会社は、衰退する」
空気が固まる。
この瞬間、完全に袂は分かれた。
その夜、若手三人からメッセージが届いた。
「全社展開、本当にやるんですか」
「自分たちの名前は消えますか」
「それでも続けますか」
俺は全員に同じ返信をした。
名が消えても構造が残れば勝ちだ。
ただし、思想まで消されたら負けだ。
簒奪は始まった。
だがまだ“気配”だ。
彼らは制度を欲している。
俺は組織の魂を変えたい。
この差が、いずれ衝突を生む。
そして俺は理解している。
次は、俺自身が試される。
成果を取るか。
思想を守るか。
戦争はまだ静かだ。
だが、水面下ではもう始まっている。




