黙認という賭け
最初の一週間で、俺たちは動きすぎた。
本来、分隊は影だ。
公式な部門ではない。
予算もない。
稟議もない。
名前すらない。
存在してはいけない組織だった。
俺たちは“隠密”でなければならなかった。
資料は共有フォルダに置かない。
メールは使わない。
会議室も予約しない。
話すのは廊下、屋上、喫煙所の端。
夜、最後に残る者がホワイトボードを消す。
議論の痕跡を残さない。
社内には“空気”がある。
新しい動きはすぐ察知される。
根回しをしない動きは、すぐ潰される。
この会社は挑戦を嫌うのではない。
「勝てない挑戦」を嫌う。
そして、勝てるかどうかを判断するのは
何もやらない人間たちだ。
だから俺たちは、見つかってはいけなかった。
成果が出る前に見つかれば…
検討不足。
リスク管理が甘い。
既存顧客への配慮が足りない。
正論で処刑される。
挑戦は、いつも正論で殺される。
それを俺は知っている。
だから影で動くはずだった。
だが。
ヒアリング件数が通常の三倍。
既存契約の再精査。
Cloudiva導入企業のデータ抽出。
匂いが出た。
ある夜、帰ろうとしたところで声がかかる。
「少し、いいか。」
振り向く。
専務だった。
終わったかもしれない、と思った。
小会議室。
ドアが閉まる。
専務は座らない。
俺も座らない。
沈黙。
「動きが早いな。」
「はい。」
「隠密のつもりか?」
「はい。」
一歩、近づく。
「甘い。」
空気が締まる。
「隠れるなら影になれ。匂いを出すな。数字を動かす前に、空気を動かすな。」
痛い。
だが正しい。
専務が机を軽く叩く。
「三ヶ月で一億。」
「はい。」
「言うのは簡単だ。」
真正面から目を合わせる。
鋭い。
「覚悟はあるか?」
「あります。」
専務が机を叩く。
乾いた音が響く。
「“ある”じゃない!」
声が荒れる。
「腹を括っているかと聞いている!」
挑発だ。
試している。
俺は一歩も引かない。
「括っています。」
沈黙。
専務が俺を見続ける。
そして、豪快に笑う。
「いい。」
低く、太い声。
「久しぶりだ。」
歩きながら続ける。
「この会社は昔、狂っていた。」
「売れるか分からないものに金を突っ込み、営業は夜中に契約を取り、開発は床で寝ていた。」
「勝つためにな。」
振り返る。
「今はどうだ。」
「守る、調整する、検討する。」
鼻で笑う。
「守っているうちに、何を守っているのか分からなくなった。」
俺に近づく。
「知らないふりはしてやる。」
言い方が変わる。
“してやる”。
「三ヶ月、俺は口を出さん。」
「その代わり――絶対だ。」
「失敗は許さん。」
冷たいのではない。
本気で賭けている目だ。
俺が問う。
「失敗したら?」
即答。
「お前を切る。」
躊躇がない。
「情は挟まん。」
そして続ける。
「だがな。」
声がさらに低くなる。
「成功したら、俺が全力で押し上げる。」
拳を握る。
「部隊?甘い。」
「本部にする。」
空気が震える。
「会社の軸をひっくり返す。」
豪快だ。
本気だ。
「三ヶ月で一億。」
「それは金の話じゃない。」
「“やれる会社かどうか”の証明だ。」
俺は答える。
「証明します。」
専務は笑う。
豪快に。
「いいな。」
ドアに向かう。
振り返らずに言う。
「燃やせ。」
一言。
それだけ。
ドアが閉まる。
静寂。
これは黙認ではない。
これは戦場への送り出しだ。
三ヶ月。
一億。
失敗すれば退場。
成功すれば革命。
俺は静かに息を吐く。
「やってやる。」
戦争は、完全に始まった。




