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とある政治家

 四十八歳。

 衆議院議員。

 与党中堅。


 新聞に書かれる肩書きは、

 どれも正しい。

 だが、どれも核心ではない。


 彼を一言で表すなら、「皮肉の利いた男」だった。


 神崎は、声を荒らげない。


 討論番組でも、委員会でも、感情を表に出すことはない。


 怒らない。

 熱くならない。

 正義を叫ばない。


 代わりに、相手の言葉を、最後まで聞く。


 そして、相手が言い切った直後に、こう言う。


「今のお話、多くの方が、同じように感じておられると思います」


 その瞬間、個人の主張は、空気の一部になる。


 反論は、不要になる。


 神崎は宗教学を学んだ。


 神を信じるためではない。

 人が、なぜ信じてしまうのかを知るためだ。


 彼は知っている。


 人は論理では動かない。

 だが、感情だけでも動かない。


 人を動かすのは、「自分は正しい側にいる」という感覚だ。


 神崎は、それを与えるのが上手かった。


 彼は、約束をしない。


 正確には、実現不可能な約束を、約束として言わない。


 代わりに、こう言う。


「一緒に考えていきましょう」

「簡単な問題ではありません」

「現場の声を、大切にします」


 どれも、何も約束していない。


 だが、拒絶もしていない。


 その曖昧さを、人は「誠実」と呼ぶ。


 秘書は、神崎を「扱いやすい上司」だと言う。


 官僚は、「話が早い」と評価する。


 党幹部は、「波風を立てない」と信頼する。


 だが、誰も気づいていない。


 神崎は、一度も“本心”を共有していない。


 彼自身は、それを冷酷だとは思っていなかった。


 むしろ、必要な距離だと考えていた。


 近づき過ぎれば、人は傷つく。


 理想を抱けば、誰かを切り捨てる。


 ならば、信じないことで守れる秩序もある。


 それが、彼なりの善だった。


 神崎は、夜になると野球中継を見る。


 贔屓の球団はない。

 彼が見るのは、勝敗ではない。


 九回裏、劣勢のチームが、送りバントを選ぶ瞬間。


 合理的ではない。

 だが、観客は納得する。


「流れを変えるためだ」


 神崎は、その言葉が好きだった。


 説明になっていない。

 だが、誰も異議を唱えない。


 政治も、同じだと思っていた。


 神崎は、自分が善人だとは思っていない。


 悪人だとも思っていない。


 ただ、壊れやすいものの近くに立ち続けてきた人間だと理解している。


 理想。

 信念。

 希望。


 それらが、粉々になる瞬間を、何度も見てきた。


 だから彼は、触れない。


 距離を取る。


 選ばない。


 少なくとも、

 その日までは。


 あの演説会で、一人の若い男が、拍手をせずにこちらを見ているのに気づくまでは。


 そして、その男に言われるのだ。


「孤独だと思います」


 その一言が、神崎の中で、静かに何かを壊し始める。

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