六話
師匠の弟子となってから、一年が経った。
いまだマラソンに加え、ランドドラゴンとの追いかけっこしかやってない。
……薬剤師の修行まったくしていないんですけど。
「まだ一人で町に行けないレベルで、生意気言ってんじゃないねぇ」
ごめんなさい。
まず思ってた以上に町まで遠かった。
師匠の箒に乗れば、そんなに時間はかからないけど、徒歩だと三時間くらいかかる。
それだけ苦労して町の門が見えてきた途端、足がすくんで動けなくなった。
人の目が怖い。
師匠と一緒じゃないと入れない。
結局夜中くらいまで町の手前で座り込んでいた。
その間、数回衛兵が声をかけてきたけど、返事すらまともにできなかった。
衛兵からすると、遠くに座り込んでずっと動かない私を見て、不審に思ったんだろうけどね。
結局あまりに遅すぎて様子を見に来た師匠に拾われたんだよね。
ふぅ……。
どうしたものか。
(慣れるしかないんじゃない?)
「無理」
(じゃあ魔女以外にも一人、町に知り合いを作ればいいんじゃない?)
「あっ」
そうか、お友達作りだ!
そうすれば守ってもらえるかも!
でもお友達ってどうやって作るんだろ?
「早く走りな!」
「はいっ!」
そうだった。
今も庭でマラソンしてたっけ。
既にGやランドドラゴンから逃げる修行は終わっている。
今やっているのは、本当にただのマラソンだ。
自分の前に壁やツタなどを作って、それら障害物を乗り越えていくという、障害物競争だけどね。
逃げるとき、常に平坦な場所を走るとは限らない。
町中なら家の壁や屋根を登ったりすることもあるし、森の中なら木々を飛び越えていくのを想定した修行である。
一年間、毎日マラソンしていたおかげで、かなり体力はついている。
それでも障害物競争を延々やるには、本当に体力がもたない。
いつまでこんな修行するんだろうね。
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「そろそろ調合の勉強でもするかねぇ」
そんなことを思っていた翌朝、やっと師匠から薬剤師の修行開始が聞けた。
とうとう、この日がきたか。
苦節一年。マラソンの日々終了のお知らせです!
「やっとですか!」
「午前中は走っとけ。勉強は午後からだねぇ」
「……うぅ、まだ走るんですか」
終了のお知らせは撤回されました。
「まず生き延びることだねぇ。走ることをやめてしまえば、あっという間に元通りだからねぇ」
「師匠だって走ってないじゃないですか」
「あたしは箒に乗って空を飛べるからねぇ。それに誰が魔女相手に喧嘩売ってくるんだい?」
「ずっる!」
ずっる!!
「悔しければお前さんも、そういう技術を手に入れるんだねぇ」
「カヤ、何かない?」
(空を飛べる植物があればいいんだけどね)
空を飛べる植物?
……あるじゃない! タンポポの種!!
(あれは軽いから風に流されてるのであって、アリエスが乗ったら飛ばないよ)
「私重くないよ!!」
(タンポポの種より遥かに重いよ)
はい、そうですね。
「どうでもいいから、薬剤師の勉強だよ」
「はーい」
「こっちきな」
入ったお部屋は、キッチンの左手にあるドアの先だ。
右手は師匠の私室で、何度かお掃除するために出入りしたことはあったけど、こっちのお部屋は初めてである。
中にある器具を壊されたら、たまったもんじゃないからねぇ。
なんて言われてた。
私、そこまでドジじゃないんですけど?
「いいかい。絶対。絶対、下手に、迂闊に、器具を触るんじゃないよ」
「そこまで言わなくても……」
今まで一度も何かを壊したことはない。
食器は何度か落としたことはあったけど、木でできているので、問題はないはず。
それ以外だと、躓いて食卓を壊したことや、お料理するときにボヤがあったくらいだ。
おっかしいなぁ。
「さて、まずはこの本を覚えることだねぇ」
どん、と五冊ほどの本を無造作に置かれた。
サイズはB4くらいで、どれもこれも割と分厚い。ちょっとした辞典だね。
あと、古びていて、触れたら壊れそうなんだけど。
「それには保存の魔法が掛かっているからねぇ。火にくべても燃えないから、安心しな」
おそるおそる本を突いていたら、突っ込みが入った。
私が本を火で燃やすとでも思っているのかな。
ちょっとボヤ騒ぎを起こしたくらいじゃない。
また、その中から一冊の本を手に取って、私に突き出してきた。
「これには薬に使う薬草類が載っているから、これを読んで庭に畑を作って、そこで育てな」
「いきなり実践ですか」
「実践は素材を育成するところだけだねぇ。その素材を使って薬を作るのは、また後日だねぇ」
確かに。
薬を作るのに、肝心の材料がなければ何もできない。
師匠の持ってる素材を使わせてくれてもいいのに、とは思ったけど、あれは重要な我が家の資金源だ。
私が使って失敗でもすれば、目も当てられない。
「全部一通り覚えてモノにするまで、三十年はかかるだろうねぇ。そこでようやく初心者だ。そこから売り物になるまであげるのに、果たして何年かかるかねぇ」
「三十年!?」
「魔女の薬だよ。繊細な調合と高度な技、素材の良し悪しの目利きが必要になるんだ。お前さん……植物魔法を使えるアリエスだからこそ、この期間だ」
そうか、私はカヤのおかげで、植物を育成するのに時間はかからない。
でも普通は、お花とか薬草って大体植えてから一年以上経ったあとに、花を咲かせる。
その育成時間を短縮できるメリットは、非常に大きいね。
「あたしなんて、百年かかったよ」
百年!?
師匠で百年なら、私は何年かかるんだろ。
そういえば前に師匠が、人間はすぐ死ぬから、と言ってたけど、魔女の薬を伝授するだけで百年かかってたら、そりゃそうなるか。
「さあさあ、時間は待ってくれないよ。早くやるんだねぇ」
「分かりました、一度やってみます! その前に……」
「なんだい?」
「本が重いです。二冊ずつくらい分けて持っててもいいですか?」
「……勝手にしな」
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「ふむふむ……へぇ……なるほど……わぁ、可愛いお花だ」
(いつ始めるんだい?)
……はっ。
植物図鑑みたく読んでしまった。
色々と植物あるんだなぁ、へぇ、って感動してた。
「えっと、どれから植えればいいのかな?」
(まずそもそも種がいるんだけど)
「え? 種いるの?」
(僕を何だと思ってるんだよ)
「植物の精霊」
(そうなんだけど、無から有を作ることはできないよ。一度育てた後なら、種ができるからいつでも植えられるけどね)
なんだって!?
種、どうしよう。
……師匠持ってるかな?
「自分で手に入れな」
速攻で拒否られました。
これも修行なのかな?
「ということで、まずは種探しからです。森を散策しましょう!」
どこにあるのか、さっぱり分からない。
そもそも植物って気候や雨量とかで、生えてる場所変わるんじゃないのかな。
だから、まずは近場の森を散策して、自生している植物を探すことから始めるのだ。
(まってまって! まずどの薬を作るか決めて、その素材を確認してからじゃないの?)
「あっ……」
そうだ。何から作るのか決めないと。
手あたり次第自生している植物を採取しても、使えるかどうか分からないし、目的が無いとね。
何にしよう。
お薬といえば、まず傷薬?
それ以外だと風邪薬、鎮痛剤、のど薬……あと何かあったっけ? あ、解熱剤もあったね。
うーん、何がいいのかなぁ。
ど・れ・に・し・よ・う・か・なっと。
「これっ! 寿命を伸ばす薬」
……え?
やばくない?
そんな薬あるの?
「いやいや、最初は普通の、ごく一般的に使われてそうなお薬にしよう。これ、これにしよう」
選んだのは鎮痛剤、君だ!
痛みを和らげる薬。
私も前世でよくお世話になった。片頭痛って嫌だよね。
えっと、素材はトランバナの実、ガイラナの根っこ、パルトチウムの樹液。初めて聞く名前ばかりだ。
ん? ちょっと待って。
パルトチウムの樹液?
え、木なの?
畑に木を植えるの??
「パルトチウムっていう木、知ってる?」
(人のつけた名前なんて知らないよ)
あれ、そうなの?
(エルフの村の近くに生えていたものなら、だいたい分かるんだけどね。でもあれらってエルフが付けた名前だから、人間の付けた名前とは違うかもしれないよね)
そっかぁ。
これって魔女の師匠が持っていた本だから、きっと魔女が命名したのだろう。
例えば日本語なら”ひまわり”だけど、英語なら……英語なら……”ヒーマワリー”、と名前が違うからね。
英語苦手だったんだよ!
(でもその図鑑と見比べれば、すぐに分かるよ)
「分かるなら大丈夫かな。まずこの三つを探しつつ、それ以外にも何か見つけたら採取すればいいか」
よし、ぐだぐだしてても始まらない。
早速散策しよう!
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「ねぇ……同じ草しか生えてないんだけど」
(僕に言われても……)
よく考えれば、近場に生えてるものってほとんど同じ植物になっちゃうか。
こういうのって群生って言うんだっけ。
(でもこれって、さっき図鑑で見たヤスラギ草ってやつだよ)
「え? そうなの? へぇ」
一応図鑑だけ持ってきた。
一冊だけなのは重いからだ。万が一逃げるような場面になったとき、何冊も本を持ってると不利になってしまうからね。
さて、ヤスラギ草って何の素材になるのかな?
永眠する薬。
ヤスラギって、そのままの意味かよっ!!




