五話
修行、というよりマラソンしかしてないけど、初めてから二か月が経過した。
かなり体力は付いたと思う。当社比三倍、個人的感想です。
そんな時、師匠が冷蔵庫を覗きながら、面倒くさそうに呟いた。
「今日は町へ買い出しにいかないとねぇ」
「あ、確かに。チーズとかそろそろ無くなりそうですよね。師匠、行ってらっしゃい」
「お前も行くんだよ」
「えっ?」
えっ?
ということで、町の入口まで連行されました。
全力で行きたくない!
人の目こわい。人の視線もこわい。師匠くらいのおばーちゃんならいいけど、若い子とかこわい。
百二十歳の自分からすれば、きっと殆どは若い人扱いになりそうだけどさ。
(わぁ、大きな壁)
「それ城壁、って言うのかな? でも町はお城じゃないし、何ていうんだろ」
ほんと、なんて言うんだろ?
それにしても城壁が思ってた以上に高い。
私の五倍はありそうで、壁の上を歩けるように柵みたいなのがついてる。
「ここはサルトリオっていう町だねぇ。サルトリオ辺境伯の領都で、人口も多いから色々揃えられるねぇ」
「辺境伯? 偉そうな人ですね」
それよりも、人口が多いのか。
多いんだ……人の目いやだなぁ。
「……うちの村より遥かに立派ですねー」
「森の中に引きこもってるエルフ連中は、結界に頼りっきりだからねぇ。あれは町とは呼べないさ」
私もその引きこもりエルフなんですが……。
いえ、だった、だね。過去形だ。現に今まさに町まで行っている。これで私もパリピ勢!
連行されただけなんですけどねー。
「ほら、いくよ」
「えっ、あの、えっと。心の準備ください」
門のような出入口には二人、衛兵みたいなのが立っている。
並んでいる人数は少なく、人の出入りはそこまで多くなさそう。
ただ外から見る限り、町の中はそれなりに人が多そうで、ここまで喧噪が聞こえてくる。
「おや魔女様、いらっしゃい」
「今日も薬を売りに来たさ。入ってもいいかねぇ」
「ええ、ところでそちらのエルフは?」
衛兵の一人が私を見る。それは……なんだか値踏みされている目つきだった。
(アリエス気を付けて。そいつから邪な気配するよ)
私も怖い。
反射的に師匠の後ろへ隠れてしまった。
……でも師匠も小さいんだよね。
「ああ、あたしの弟子だねぇ」
「弟子!? 魔女様の??」
「そうだねぇ。だから……手を出すんじゃないよ?」
「は、はいっ!!」
直立不動で衛兵が敬礼までしてきた。
ちょっと安心した。
でも師匠、衛兵に怖がられてるなんて、何やったんですかね。
「エルフは数が少ないからねぇ。気をつけな。油断すると人攫いに捕まるねぇ」
ひっ!?
やっぱり人こわい……。
「だからこそあたしと一緒に来たんだよねぇ。あたしの弟子と言っておけば、下手に襲われることはないからねぇ」
「師匠すごい! でももう来たくないです」
「だめだねぇ。これからは、お前さんが買い出ししに来るんだからねぇ。しっかり道順覚えておきな」
「ええっ!?」
本気で!?
ちょっとそれは……ご遠慮申し上げたい。
(でも手に職を持てば、誰かしらと関わることになるね)
そうか。
職を持っても、売る手段がいるんだ。
……どこか遠い人気のない森で、カヤと二人で暮らしたいなぁ。もちろん師匠も一緒だ。
はぁ……重い溜息をついてしまった。
門を潜り抜けると、大通りになっていた。石畳の道がまっすぐ伸びている。
周囲は石造りをベースに、木で組まれた建物が並んでいる。ヨーロッパだったかに、こんな建物あったよね。写真で見た記憶がある。
そして道の終点には、周りより少し高い建物が見えた。
お城……なのかな?
それにしても、人が多そうかな、とは思ってたけど……うん、そこまで多くない。
確かに村と比べれば何十倍も出歩いている人は多い。
でも、新宿とか渋谷に比べれば全然まったくもって多くない。
ちょっと助かる。
「こっちだよ」
「どこへ行くんですか?」
「薬師ギルドだねぇ」
ギルド?
商工会議所みたいなところかな。
「ここだよ」
門から数分ほどで目的地についた。
その間、周囲の人からじろじろと見られた。
やめて、怖い。
ただ師匠と一緒に歩いていたおかげか、誰も話しかけてくる人はいなかった。
というより、ちょっと遠巻きになってた気がする。
さすが師匠!
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ギルドとやらの建物に入り受付の人に話をすると、すぐ偉い人との面会となった。
顔パスだ。
案内された先は三階、階段を登り切った階の廊下一番奥にある、ちょっとした会話ルームだった。
室内は華美ではないけど、柔らかそうなソファーが二脚、真ん中に大理石のようなテーブルが鎮座していた。
壁には似顔絵が何枚も飾られている。歴代の偉い人かな?
「魔女様、お久しぶりですな」
「世話になるよ」
部屋には既に、偉そうな雰囲気のおじさんが座っていた。
ちょっと太っていて、にこやかに笑っている。でも、あれは獲物を見つけたような目だ。
(魔女がいるから大丈夫だと思うけど、一応警戒しておいて)
カヤがこそっと教えてくれる。
うん、分かってる。
しかし師匠は一切気にせず、ずかずかと部屋に入り、どかっとソファーに座る。
そして私に手招きをしてきた。
横に座れってことですね。
「ところで魔女様、そちらのエルフのお嬢さんは?」
「ああ、あたしの弟子だねぇ」
「なんと! 魔女様がお弟子さんを取りましたか。しかもエルフとは……」
本当にびっくりした様子だ。
獲物を見てくるような目つきがガラッと変わり、お客さん相手になった。
師匠、影響力すごすぎ。
「人間はすぐ死ぬからねぇ」
「ああ……魔女様からすれば、そうなりますね」
すぐ死ぬって……えぇ。
人間ってそんなにすぐ死んじゃうのか。
「それよか、先に仕事するかねぇ」
「さようですな。いつもの通りですか?」
「これだねぇ」
師匠が取り出したのは、ウエストポーチだった。
サイズも小さい。お財布と小物を入れれば、それでぱんぱんになるくらいだ。
しかし、そのポーチを逆さにして軽く振ると、次々と頑丈そうな壺が出てきた。
三十センチはありそうな大きさで、陶器製のようにも見える壺だ。それが合計三十個ほど。
広い机の上が、あっという間に壺で占領されてしまった。
手品?
どう見てもポーチの見た目と、出てきた壺の量があってない。
(これ何かの魔法がかかっているよ)
カヤが興味深そうにポーチの周りをうろうろしている。
見えないからって、大胆だね。
でも魔法か。
あっ、物語でよくある、マジックバックってやつか?
中が別の空間と繋がっていて、見た目に反して大量の荷物を入れられるやつだ。
「蓋に中身を書いておいたよ、確認しとくれ」
「はい。おい!」
偉い人が声を上げると、部屋に数人の男たちが入ってきた。
ひっ!?
でも彼らは私を一瞥しただけで、特に気にした様子は見せず、次々に壺を運んでいった。
おお、これが壺運びのプロか。
「十分ほどで鑑定は終わります」
師匠は、うんうん、と頷いた。
「仕事が早くて助かるねぇ。そうだ、あと食料が欲しいねぇ」
「お一人増えましたし、今までの倍でよろしいでしょうか?」
「任せるねぇ」
「かしこまりました。では査定金額から差し引いて、持ってこさせます」
査定金額。お金のことだよね。
三十個の壺でいくらになるんだろう。
……その前に、貨幣価値を教えてもらわないと!
「次はお前さんの服だねぇ」
「これじゃだめなんですか?」
今、私が着ているのは麻で出来たワンピースだ。
長年、この格好で生活してきたから、もはや身体の一部といっても過言ではない。
「そろそろ寒くなってくるし、その恰好じゃ凍え死ぬねぇ」
あー、そっか。冬なんてものあったっけ。
確かに冬があるのなら、これじゃ寒いだろう。
「可愛い服を希望します!」
新しく服を買ってもらえるなら、是非ともおしゃれを堪能したい。
「可愛い服? どういったものかねぇ」
白いふわふわロングコートに、白のセーター、黒のロングスカートにブーツ。
ワンポイントでネックレスなんかもつけて。
シックに黒っぽいダウンジャケットやブルゾンでもいいかも。
その場合なら、スカートじゃなくズボンもありだよね。
いやいや、赤色で攻めるのもありだ。
これは迷っちゃう!
……あれ?
そもそもそんなに服の種類あるのかな。
さりげなく、周りにいる人の服をチェックしてみる。
うーん、私が着ているものと、そんなに変わらない気がする。
麻で出来たワンピースの上に、胴着やらエプロンとかを重ね着している人が多い。
下にはペチコートなんかつけてるのかな?
色も白、あるいは茶色ばかりだ。
もしかして染色技術がない、或いは高くて一般人には買えないとか?
師匠の服も、赤いラインや模様の入った黒色のローブをすっぽりとかぶっている。
これはこれでかっこいいかもしれないけど、いかにも魔女といった出で立ちで、可愛いとは距離が離れている。
これは……大問題だ!
「師匠、可愛い服ってないんですか?」
「その、可愛い服、とやらがさっぱり分からないねぇ」
可愛い、すら通じない……だと?
「服を買うのに何時間かかってるんだい、まったく」
「服は妥協してはだめです! 徹底的に厳選し、一番優れて、且つ自分にぴったりな服を買うんです!」
あれ? そんなに時間かかっちゃったかな。
でも服を選ぶのって久しぶりで、すごく楽しかった。
師匠の分も選んだし、今日は満足です。
本当はカヤのも選びたかったんだけどね。精霊サイズの服はないし、そもそも実体がないから着られないんだよね。
そして鏡を初めて見たのだ。
一応川の反射で自分の姿を見ていたけど、あまりはっきりと分からなかったんだよね。
それに自分の姿って、特段気にならなかった。
でもね、服を着替えているときの、私の姿。
あー、これがエルフか。
なるほど、線ほっそ。えぇ、こんなんチートですやん。
師匠、鏡欲しくなりました。買ってください。
「次からお前さん一人で行ってきな」
「……怖いので師匠もついてきてください」
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今日は楽しかった。
(ご機嫌だね)
「うん! でもやっぱり色がついていない服ばかりだったね」
(色かー)
「カヤってさ、色のついた綿花って造れる?」
(考えたこともなかったよ。でもやれば出来そうな気がする)
「だよねだよね。もしかして、これで色のついた服が作れるかな」
あとは、あじさいだったかなぁ。水で煮込んで花の色を出して、それに布を浸して染めるやつ。
でも難しそう。素人がそんな簡単に出来ないよね。
それなら色のついている綿花を育てたほうが、手っ取り早い。
これは……売れるんじゃない?
そしてアリエスブランドとして、色付きの服を売り出す。
わお、夢が広がる!
(でもアリエスって服、作れないよね)
「だ、大丈夫。マフラーなら編んだことある!」
でこぼこで、不揃いだったけど。
(それにどうやって糸にするんだい?)
「え、えっと。綿をこう、ぐりぐりと捩って……」
(手で?)
「……他の人に任せればいいね」
でも色付き綿を売るのはアリだと思う。
これはちょっと考えておくかな。
あ、そうそう。貨幣価値を師匠に聞いたんだっけ。
その結果、師匠もよくわかってなかった。
だめじゃん!
人の国の貨幣なんて、すぐ変わっちまうからねぇ。
とのことだ。
九百歳のおばーちゃんが言う言葉は重いね。
とりあえず、今回手元に残ったのが大銀貨五枚だって。
壺は全部で金貨一枚と大銀貨七枚で売れたそうだ。
そこから食料品や、私の衣類を買ったら残り大銀貨五枚になったんだって。
うん、ぜんぜん分かんない。
でも私の服を買うとき金貨一枚出してお釣りは無かったので、たぶん服の値段は高いんだと思う。
つまり、裏を返せば衣類関係を売ることが出来れば、がっぽがっぽ大儲けってことだ。
うふふふふふ。
(ところで薬剤師になるんだよね)
「……てへっ」




