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四話



「まず家事については、アリエスに全部任せるねぇ」

「お掃除は得意です! お料理は壊滅的です!」

「……まず人間が食べられるものを作れるように、だねぇ」


 この世界の食事事情。

 おばーちゃん……ではなく師匠が言うには、昨日も食べたかちかちパンが主食だそうだ。

 あそこまでかちかちに水分を取れば日持ちする、というのが大きな理由だそうで。

 なんでも二~三か月くらいは持つらしく、一度買ってしまえば暫く買いに行かなくてもいいのが便利なんだって。


 イースト菌ってないのかな。昔、動画で作り方を見た覚えはあるんだけど、細かいところまでは覚えてないんだよね。


「でっか、これがチーズなんだ」

(へぇ……こんな形なんだね)


 次に冷蔵庫の中にあったチーズ。見た目は、ホールケーキを六等分くらいした感じだ。

 冷蔵庫とはいっても、密閉された箱の中に師匠が作った氷と一緒に入れているだけなんだけどね。

 

 このパンとチーズ、これがほぼ毎日のメニューだそうだ。

  

 私はお料理が壊滅的だ。

 でも主な食べ方は、ナイフで切ったチーズとパンを串に刺して焼けばそれで終わり。

 うん、これはお料理じゃない。


「いたっ!? このナイフ、すっごく切れ味良すぎるんですけど! 指ちょっと切っちゃった!」

「切れ味増加の付与がついているから気を付けな。油断すると指ごと落とすねぇ」


 こっわ。

 調理器具こっわ。



 パンはかちかちなので、必ずスープ類は必要になる。

 でないと、最悪水でふやかして食べなきゃいけなくなる。それはさすがに避けたい。


「スープの作り方は?」

「適当に野菜やら肉やら切って、塩入り水の鍋で一緒に煮込むだけだねぇ」


 ……お料理とは。


 でも裏を返せば、さすがの私でもこれくらいは出来る。

 あれ、お鍋が……。


「吹きこぼしてるねぇ」

「火力調整できるコンロ希望したいです!」


 このコンロ、最大火力か消火するかの二択しかないんだもん。

 使いづらいよ!




 かりかりに焦げたパンとチーズ、そして噴きこぼれて中身半分になった野菜スープの出来上がりだ。

 なおパンには若干私の血がついてる。


「なぜ……」

「……これは確かに壊滅的だねぇ」

「うっ……精進します」


 私の目標。

 まずお料理が出来るようになること。


=============================================================


「アリエス。まずお前さんには危機感を覚えてもらうねぇ」

「危機感……ですか」


 どうやって覚えるんだろう。

 漫画のように、殺気だ! とか叫んで、華麗に攻撃を避けたりできるようになればいいのかな。


「簡単だねぇ。ランドドラゴンの巣に放り込んで、逃げ切ればいいだけだねぇ」


 その物騒な名前はなに?

 ドラゴンって、あのドラゴン?

 空を飛んで炎のブレスを吐くやつ?


「ランドドラゴンってなんですか?」

「おや、知らないのかねぇ。わりと有名な魔物なんだけどねぇ」


 そして師匠から説明を受けた。

 ランドドラゴンってのは、陸竜と呼ばれるトカゲの親分みたいな感じだそうだ。

 空は飛べない、ブレスも吐かない、ちょっと走るのが早いだけのドラゴンなんだって。

 ただしドラゴンと名がついているのは伊達ではなく、皮膚は硬く顎は強靭で、非常に獰猛だそうだ。

 また幼少期から飼いならせば、竜車と呼ばれる乗り物を引っ張ることもできるんだって。


 馬のすごいやつ?


「あいつらに数日追いかけられれば、常に周囲を警戒するようになれるねぇ。むしろ出来なきゃそこでおしまいだからねぇ」

「おしまいってなに!? 死んじゃうの!?」

「まずは実戦だねぇ。ほら、いくよ」


 箒に乗せられて、どこかへと連れ去られた。




「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」

「そんなゆっくりだと追いつかれるねぇ」

「必死で走ってますぅぅぅぅぅ!!」


 どこがトカゲの親分?

 ちょーでっかいよ! トラックくらいのサイズあるんですけどっ!!

 それが猛スピードで、粉塵をまき散らしながら追いかけてくるの!!


 到底走って逃げられる速度じゃない。


 噛まれそうになった瞬間、箒にのった師匠が私を持ち上げて、ちょっと離れたところに投げ捨てられる。

 それの繰り返しだ。


「無理ですぅぅぅぅぅ!」


 引きこもり歴百二十年の私を舐めないでいただきたい。

 体力の無さには自信がありますっ!


「もう走れなくなったのかい。はやいねぇ」

「も、も、もう……無理」


 いきなりハードモードです。

 まずは体力を付ける事から始めるべきです。

 

「お前さん、植物魔法使えるんだから、それで足止めしな」

「た、たすけてカヤ」

(うーん……えい)


 カヤがランドドラゴンたちの足元にツタを生みだし、からめとる。

 が、しかしランドドラゴンたちは簡単に引きちぎった。


(ありゃ?)

「だめじゃん!!」

「精霊もぽんこつとはねぇ」


 それから暫くランドドラゴンと追いかけっこしました。

 し、しんじゃう……。


=============================================================


「これはあたしが失敗だったねぇ。まずお前さんは体力作りからだねぇ」

「分かります。どんなお仕事でも、技術を磨く前にまず健康第一」

(百二十年も引きこもってたもんね)

「うるさいカヤ」


 引きこもりの影響は大きい。

 昔の私、なぜマラソンしなかった。

 これが後悔先に立たず、って意味か。


「アリエス、お前さんは庭を走ってきな。で、カヤといったか? お前さんは植物魔法の強化だねぇ」

「え? カヤも魔法強くなれるの?」

「むしろ何で精霊がぽんこつなのか、あたしにゃさっぱり分からないねぇ」


 いいかい、と師匠が強く言葉を発した。


「魔法は魔力と意思を込めれば強化される。アリエス、お前さんはカヤのサポートしながら走りな」

「サポート?」

「あたしは精霊使いじゃないから、詳しくは分からないねぇ」


 師匠の言葉は、ちょっと間が空いた。

 何か昔を思い出したのかな。


「精霊使いは精霊と共にある。互いに意思、魔力などを補いながら魔法を使うもの、とは聞いたねぇ」


 へぇ、カヤにお願いするだけじゃなくて、私も何かやらなきゃいけないのか。

 でも、走りながらって大変だと思うんですけど。


「非常時に、のんびり悠長に魔法なんか使えっこないねぇ。常に動きながら魔法を使えるようにすることだねぇ」


 ごもっとも。




「なにこれなにこれきもいっ!!」


 庭をゆっくり走っていると、眉を顰めた師匠が唐突に腕を振った。

 すると、私の足元にGのような小さな虫が、わらわらと地面から湧き出してきたのだ。


 ひいいぃぃぃぃぃ!?

 きもいっ!

 さっきのランドドラゴンのほうが百倍マシだ!!


「あたしは庭を散歩しろとは言ってないねぇ。走れ、と言ったんだねぇ」

「これでも走ってるんですけど!!」

「ほらほら、ちんたら走ってると、そいつらに全身たかられるねぇ」

「うぎゃぁぁぁ!?」


 全身Gまみれなんて、どんな拷問!?

 十秒で気絶する自信あるよ!


「カヤ、早く精霊魔法使ってあいつらの足止めしな。アリエスはサポートだよ」

(ア、アリエスいくよ!)

「サポートってどうやってやるのよっ」


 カヤがツタを作ったようだけど、Gは当然のごとくツタを華麗にすり抜けたり飛んだりして、追いかけてくる。

 足止めの意味わかってる!?


「違うよカヤ、壁みたいなのを作って!」

(壁? こうかな?)


 ツタが互いに絡み合い、一瞬で二メートルほどの高さがある壁になった。

 カヤすごい!


 しかしGは壁を素早く登って、次々と越えてきた。


 ……あれ?


「だめじゃん!」

(だめじゃん)


そのあと、私は必死にGから逃げまくった。

一生分走った気がする。


=============================================================


「ほらほら、さっさと走りな」

「うわぁぁぁん!」


 マラソンを始めてから一か月が経った。

 Gは何度見ても、鳥肌が立つくらいきもい。

 しかし、ようやくというべきか、逃げ切れる時間が伸びてきた。


「カヤ!」

(はいよー)


 合図を送ると、ペパーミントの強い香りが鼻につく。

 逃げてる私の後ろに、まるで道のように小さな葉っぱが急激に生えた。


 Gは強い香りのするものを忌避する傾向にある。

 葉っぱの道ができた途端、まるで蜘蛛の子を散らすように、あちこちへとばらけた。


「これで時間が稼げるね」


 この一か月、Gに追いつかれ、全身にまとわりつかれたこと十五回。

 あれは鳥肌が立つどころではない。

 自分でも情けないくらいの悲鳴をあげて、そのあと意識を失うんだよね。もう、恐怖でしかない。

 何度やられても慣れない。生理的に無理。


 慣れたくもないけどね。

 もうやだー。


(アリエス)


 カヤの声とともに、視線が共有される。

 ついにカヤとは視覚と聴覚を共有できるようになったのだ。

 でも持続時間はまだ一分くらいが限界で、かなり短いけどね。まだまだ修行が必要だ。


 それでも逃げるのに、いちいち後ろを振り向く必要がなくなるだけでも大きい。


「結構ばらけちゃったね」


 庭はかなり広い。学校のトラックと同じくらいかな。

 一周するのに四~五百メートルくらいあると思う。


(いつものパターンでやるかい?)


 いつものパターンとは、ばらけたところを各個撃破戦法だ。

 所詮Gサイズの虫だから、上からちょっと重いものを落とせば、ぷちっといける。

 本当は一か所に集めてまとめれば、もっと簡単に終わるんだけど、致命的な欠点があるのだ。


 Gが山のように一か所へ集まって蠢いているのは、心理的にきつい。

 見ただけで精神が抉られる。

 

 このため道の途中に、どこかのレースゲームに出てくるパックン花を設置して、ぷちぷちしていく方法を編み出した。

 ひあうぃーごー!



「そろそろ次へいくかねぇ」


 そんなことをやっていると、とうとう師匠から卒業のお知らせが届いた。

 これでGから解放される!




 そう思っていた私が馬鹿でした。


「小虫を操るねぇ」


 今まで師匠はGを召喚してたけど、私を追いかけてたかれ、というざっとした命令しか出してなかったらしい。

 しかしこれからは、しっかり操作するようになったのだ。

 人の手で操られ、組織的に動いてくるGが、これほど強敵だとは思わなかった。


「もうやだやだやだ、やめてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 人の手が介入したことにより、ペパーミントの香りも、パックン花も全く効果がなくなった。

 そして、まとわりつかれた回数が十六回目になりました。



 一か月後、やっと操作G訓練に合格が出た。マラソン始めてから二か月、体力に自信が付きました。

 ……もうGは嫌だよ。




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