三話
「うっわぁぁぁ、たっかーーーい!!」
「これ暴れるな! 振り落とされたいのかねぇ」
「ご、ごめんなさい。でも興奮が収まらない!」
だって今!
私は!
箒に乗って空を飛んでいる!!
「でも下真っ暗だ」
「森の中だからねぇ」
エルフは夜目が非常に効く。暗視能力が標準装備みたいなものだ。
ぽんこつエルフの私にも装備されている優れもので、薄暗い森の中でも不自由なく歩ける。
「ところでカヤ、寒くない?」
(僕は精霊だからね。実体持ってないから、寒さや暑さは感じないよ)
「ずっる」
空の上、しかも夜中は寒いはずなのに、なぜか全く寒くない。
どういうことだろうか。箒の能力なのかな。
「あたしの結界だよ。エルフの村にも、似たようなものが張ってあるねぇ」
「結界? おばーちゃんすごい!」
「こう見えても九百年以上生きてる魔女だからねぇ。これくらい出来なきゃ廃業だねぇ」
「九百年? すっご、私より遥かに年上だ」
うちの村……追放されたけど、一番年寄りが八百歳くらいだったはずだ。なお情報源はカヤだ。
それよりも年上って、すごいよね。
「ところでおばーちゃんのお家ってどこ?」
「もうそろそろ着くねぇ」
「十分も飛んでないよ? 早くない?」
「空を飛ぶと、障害物がないから早いねぇ」
「延長を求めます!」
「……興味があるなら教えてやるから、自分で飛びな」
え? マジ? 教えてくれるの?
ぽんこつの私でも覚えられるのかな?
期待しちゃうよ?
「ただし、空には狂暴な魔獣がいるから、結界は必須だねぇ」
「……え?」
……え?
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「さて、ここだねぇ」
おばーちゃんが箒を操り、ふわっと綺麗に着地する。
箒から降りて周りを見ると、古ぼけた木で作られた一軒家が見えた。
ツタが纏わりついていて、よりいっそう不気味な外観である。
庭はかなり広く、何かを植えているのか畑もあった。
「手狭だから覚悟しな」
「心配ありません! 丸まって寝られるくらいのスペースがあれば十分です」
「まあお前さん小さいからねぇ。そこまで場所は取らなさそうだねぇ」
……小さい。
え? そんなに小さい?
これでも百二十歳なんですけど。
「そうだねぇ、屋根裏で寝てな」
割とショックを受けた私を完全放置して、おばーちゃんは家へと入っていった。
慌てて追いかける私とカヤ。
(本当に大丈夫なの?)
「うん、大丈夫……だと思う」
(でもこの家の回り、すごく強力な結界張られてるよ。これ外に出られないんじゃないかな)
「え? マジ? 全然わからないんだけど」
結界って、いつの間に通り抜けたの?
全然気が付かなかった。
試しに結界を触ってみたい。バリアみたいな目に見えないものなのかな。
「何やってるかねぇ、早く来な!」
「はいっ!」
(はいっ!)
怒られた。
家の中に入ると、二DKくらいの間取りだった。
入ってすぐにキッチン、左右に一つずつドアがついている。どちらかがおばーちゃんの寝室かな。
もう一つは何だろう、作業室とかかな?
奥にも扉があるけど、あれは勝手口かな。
ところで屋根裏はどこかな。何となくわくわくする。
「ここの梯子だねぇ」
おばーちゃんが指した場所は、右手にあるドア側に掛けられた梯子だった。
恐る恐る登ってみる。
ぎしぎし言ってるんですけど。
天井の蓋を開けると、まさしくそこは屋根裏だった。
アニメなどでよく見かける、窓がついていて光が差し込んでいるような部屋ではなかった。
埃と蜘蛛の巣だらけ。特に埃なんて層になってる。
現実ってそうだよね、屋根裏だもんね。
「あの、汚いんですけど」
「三百年くらい掃除してなかったからねぇ。どれ、ちょっとどきな」
「あっはい」
梯子を降りようとすると、なぜかおばーちゃんがすぐ後ろにいた。
何かぷかぷか浮いているんですけど。
ずっる。
私も教えて欲しい。
「風よ」
おばーちゃんが一言、言葉を発すると同時に、屋根裏から風が巻き起こった。
小さい竜巻みたいなものが、あちこち動き回り、埃や蜘蛛の巣を吸い込んでいく。
なにあれ、すっごく便利そう。
「ほれ、どきな」
慌てて梯子から飛び降りると、ミニ竜巻が梯子を伝って降りてきて、そして玄関から外へと出ていく。
なにこれ、便利だなぁ。
「これで寝られるくらいにはなったねぇ。今日は丸まって寝てな。詳しいことは明日聞くからねぇ」
「はーい!」
なお天井裏は天井裏でした。
床、うっすい。
でもぐっすり寝られました。
そして翌朝。
というより、既に昼だった。
いけない、ちょっと寝すぎた。
梯子を降りていくと、既におばーちゃんは起きてて、何やら作っていた。
「ああ、おはようだねぇ」
「おはようございます。遅れてすみません」
「昨夜は遅かったからねぇ。座んな」
「はい」
食卓に座ると、肩にカヤも乗ってきた。
未だにカヤはおばーちゃんを疑っているようで、何やら思案気な顔をしている。
「ほら、食いな」
「いただきます!」
テーブルの上に乗せられたのは、焼いたチーズが乗っているパンと、野菜スープだ。
村にいるときは果物しか食べてなかったから新鮮だ。
おいしそう、どれどれ。
「……硬い」
パンは歯が欠けそうなくらい硬かった。
なにこれ、かっちかちだ。
どうやって食べるの?
「スープに浸さなきゃ、硬くて食べられないねぇ」
おばーちゃんをみると、パンを浸してふやかしてから、ちぎって食べてた。
なるほど、こうやって食べるのか。
野菜スープの水分を吸ったパンは、多少柔らかくなった程度だった。ちぎるのに苦労した。
たぶん味もそんなに美味しくないのだろう。果物が主食だった私には、新鮮な味がしたけどね。
でもこうして、他の人と食べる食事は楽しい。
心がぽかぽかするね。
「どうしたのかねぇ、泣いて」
あれ?
涙腺が脆くなったのかな。
「え、ううん。なんでもない。ちょっと楽しくて」
「食事が楽しいねぇ」
うん、すごく楽しい。
前に他の誰かと食事したのって、いつだったかな。
カヤは食事できないからね。
でも勘違いしないで欲しい。
一緒に食べられない、というだけであって、カヤは私の大切な相棒だ。
カヤがいなければ、きっと私は……。
硬いパンに四苦八苦しながら、それでも楽しいひと時を過ごした。
「さて、アミエス……だったかねぇ」
「アリエスです!」
「アリエスか、まあどうでもいいねぇ」
どうでもよくない!
名前大切!
「はいはい、アリエス。さて、お前さん、ひとつあたしの弟子にならないかねぇ」
「軽すぎます! ん? ……弟子?」
弟子ってあの弟子だよね、師弟関係の。
「なんで私に?」
「ああ、お前さん魔法に興味あるのだろう?」
「はいっ! 空を飛んでみたいです! それに昨日見せてもらった風のくるくる、掃除にすごく便利そうなので、覚えたいです!」
「……動機が新鮮だねぇ」
新鮮? なのかな?
空を飛ぶのは気持ちよさそうだし、掃除だって風くるくるがあれば手っ取り早く終わらせられる。
すっごく便利じゃない?
「一般的に魔法を覚えたい、という者の多くは強くなるためだねぇ。あとは学術的に興味がある、地位による嗜み、なんかもあるかねぇ」
「強くなるため?」
「力が弱くとも魔法が使えれば、最低限身を守れるからねぇ」
なにそれ、物騒だ。そんな物騒な世界だったんだ。
深窓のお嬢様すぎるよね、私。
「まあ動機は人それぞれだけどねぇ。それよか、あたしはそろそろくたばる予定だからねぇ」
「くたばるって!? 寝てなくて平気なの?」
「まだ百年近くは生きていられるからねぇ。でもねぇ、あたしは長い間生きてきたけど、エルフの弟子を取ったことがなくてねぇ。冥途の土産に経験しておくのも悪くないかと思ってねぇ」
百年……まだまだ当分先だった。
すぐくたばるのかと思ってびっくりしたよ。
というより、自分がいつ死ぬかって分かるものなのかな。
でもそっかぁ。エルフの弟子を取ったことがないから、経験したいってことか。
でもさ、そんな動機で弟子って取るものなの?
ああ、だから動機は人それぞれ、って言ったのか。
「でも私、ぽんこつですよ。魔法全然使えなくて、追い出されたから」
「あー、確かにお前さんは、ある意味ぽんこつだねぇ」
「……正面からそう言われると、心に刃が刺さりまくりです」
分かってるよ!
「お前さんは植物の魔法以外、おそらく使うことはできないねぇ」
「えっ? じゃあ空飛べないんですか? 風くるくるも使えないんですか?」
「空を飛ぶなら魔法を使わなくとも、魔法の箒があれば飛べるねぇ。風魔法は……どうかねぇ」
魔法の箒!?
え? あれってそうだったの?
「でもねぇ、過程はどうであれ結果が同じならば、それでいいんじゃないかねぇ」
「どういうこと、ですか?」
「掃除を楽にしたいのなら風魔法を使わなくとも、植物を操って代わりにやって貰えばいいだけだねぇ」
「あっ……」
そっか、そんな手があったか。
確かにそうだ。私は植物魔法以外、全く使えなかった。
でも植物魔法で出来ることを増やせばいいんだ。
「魔法が使えなくとも、覚えればすごく便利になるものがあるねぇ」
「なんですかそれ!」
「調合技術。つまりは薬剤師だねぇ」
薬剤師って、お薬作る人?
あれって確か前世では、学校で勉強したあと国家試験に受からないとなれないんじゃなかったかな。
「こいつは調合技術と、素材の良し悪しさえ目利きできれば、誰でも作れるねぇ。そして素材の大半は植物、お前さんにぴったりじゃないかねぇ」
それってつまり、手に職を持つことだ!
長いエルフの人生、エルフ生? 手に職を持てば食いっぱぐれない。
「目を輝かせているところ悪いが、これを覚えるには何十年とかかるねぇ」
「そんなに!?」
「魔女の薬だからねぇ。一朝一夕に覚えられるわけがないねぇ。それにお前さんには、きちんと身を守る術も身に付けてもらうねぇ」
「なんで?」
可哀想な目で見られた。
あ、そっか。物騒な世界だったんだ。
「まず危機感から教えたほうがいいねぇ」
(僕も同意見かな)




