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二話



「どこかで見たような景色だね」

(そりゃそうでしょ)


 あきれ口調のカヤ。そんな悲しいツッコミはいらない。

 それよりカヤに案内してもらったほうが、絶対迷わないと思う。


「私、思うんだけどさ」

(僕に案内なんてできないよ)

「先に言われた!?」

(何年いっしょにいると思ってるの。僕だってほとんど村の外から出てないし、村を散策してたときに他の人が会話してた内容くらいしか知らないよ)


 えらいっ!

 私なんてずーーーーっと家に引きこもってたからね。

 もう私にはカヤなしでは生きていけない自信がある。


(とりあえず川沿いに歩こう。こうすればさすがに一周して元通りにはならないと思うよ)

「そうだね」


 そしてなんだかんだで半日川沿いを歩いた。

 川と言っても大河というわけではなく、幅一~二メートル、深さ十センチ程度の小川だ。

 流れも緩やかで木漏れ日が差し込むと、きらきらと反射して綺麗なところがお気に入りだ。


 そんな小川を眺めつつ、休憩を繰り返し、そして夜がきた。

 でも昨日見つけたような大きく太い木が見つからない。

 うーん、どこで寝ようかな。


(木の上は?)

「カヤノヒメくん、私が木に登れるとお思いで?」

(……ごめん)


 運動神経ゼロの私に、木登りなんていう超高難易度な任務は達成不可能だ。

 自信を持って言える。

 そうなると、地面に寝るしかないよね。


「ねぇカヤ、地面に穴、空けられる?」

(植物の精霊にそんな事を聞く?)

「……ごめん」


 なんだ、互いにぽんこつじゃん。似たもの同士だ、やったぜ。

 はっはっは……はぁ。

 悩んでいても仕方ない。とりあえずは夕飯の確保だ。


「夕飯何かあるかな」

(リーンならたくさん生えてるね。また三個くらい取る?)

「うん、ちょっと食べ飽きたけど、放浪中の身分じゃ食べられるだけで贅沢だからね」


 そしてカヤがリーンを取りに行っている間、寝床を探してみる。

 うろうろうろ。

 ……ない。

 仕方ない、木に寄りかかって寝るか。


=============================================================


 夜更け過ぎ、森の上を棒状のものにまたがって飛行している人物がいた。

 ところどころ赤いラインで飾っている真っ黒なローブに、大きな帽子、手には立派な杖を持った老婆だ。

 その姿は百人に尋ねれば百人とも、魔女、と答えるだろう。

 なお、またがっているのは定番すぎる箒である。


 その魔女が嫌そうに顰め面をする。


「この辺はエルフどもの村に近いねぇ」


 あいつらに見つかるのは面倒くさい。しかし、目的のものはまだ見つけられていない。

 さて、どうしたものか、と思考する魔女。


「癪だけど今日は引き返すべきかねぇ」


 歌詠みの魔女によれば、数日中に魔女の人生に関わるものが見つかるだろう、と言われたのだ。

 その言葉を信じてここ毎夜、森の上を飛びまくっていたが、未だ見つけていない。


 でも……あいつは、あたしの人生に関わるもの、って言ってたよねぇ。

 人生に関わる、なんて言葉だから、てっきりオーブだと思っていたんだが、もしかして違うのかねぇ。


 歌詠みの魔女の、忌々しい顔が浮かぶ。


「いっぱい食わされたかねぇ」


 数日中、というのは曖昧だが、まだ探し始めてから三日目だ。十日くらいは探したほうがいいだろうか。

 なんだかんだで、歌詠みの魔女の未来視は外したことがない。

 高い金を払ったのだから、当たっていると思いたい。


 そんなことを考えながら、箒に乗って探していると、なんだか変な奴らを見つけてしまった。


「あれは……エルフかねぇ?」


 ここはエルフの村に近い場所だ。エルフがいても不思議ではない。

 しかしあいつらは、なかなか結界の外に出てくることはない。

 仮に外へ出ていたとしても、狩りをするくらいだ。それならば集団行動しているだろう。


「ふむ。一人……いや、見えないけど精霊もいるねぇ。あー面倒だねぇ」


 見なかったことにする。

 おそらくこれが一番面倒事にならないはずだ。

 しかし万が一、オーブをあのエルフが持っているのだとしたら。

 いや、持っていなくともオーブに関する情報が得られるかもしれない。


「結界の外にエルフが一人、なんてどう見ても面倒事だけどねぇ。接触してみるかねぇ」


 はー、面倒だねぇ。


 そう呟きながら、火あぶりの魔女はアリエスの前へ静かに降り立った。




「なんだいこの小娘は? 警戒心が全くないねぇ」


 思わずあきれた声を出してしまった。

 精霊は騒いでいる感じがするものの、肝心のエルフは寝息を立てて幸せそうに、木に持たれながら寝ている。

 エルフの村からすぐ近くであり、この周囲一帯はエルフたちの領域内になっている。

 おそらく危険な獣たちは狩りつくされていると思われるが、万が一ということもあるのだ。

  

「あー、見えないが精霊がいるのは分かってるねぇ。安心しな、まだ手は出さないねぇ」


 オーブに関する情報が聞ければ、それで十分だ。

 エルフは仲間意識が非常に強い種族であり、喧嘩するととても面倒になる。

 いくら火あぶりという異名を持つ魔女とはいえ、熟練のエルフ数人相手をするには、いささか厳しいのだ。


「起きるんだねぇ」


 アリエスの身体を揺さぶるも、全く起きる気配がない。

 精霊まですぐそばで騒いでいるのに、どういった神経をしているのか。

 エルフの顔を覗き込むと、まだ若かった。おそらく百を超えたくらいだろう。


 若いから警戒心がないのか、それとも天然なのか、判断が付かない。


「この寝坊助!」

「うにゃあ!?」


 いい加減苛立ってきた魔女は、手でぱしーんと、アリエスの頭を引っぱたく。

 ようやくそれで、目をこすりながらエルフが起きた。


=============================================================


 突然誰かに頭を叩かれた。


 美味しそうな、うな丼を食べる夢見ていたのに!

 今から一口目だったのに!


「痛いよカヤ!」


 寝ぼけ眼をこすりながら、そう叫んだのは仕方ないと思う。

 そして目の前に立っている人物にようやく気が付いた。

 一瞬身構えてしまうが、そこにはしわくちゃのおばーちゃんがいた。


 これが例えば男性だったり、成人女性であれば警戒しただろう。

 でも人間に見えるしわくちゃおばーちゃん相手だと、警戒心は不思議と出なかった。


「……おばーちゃんだれ?」

(アリエス気を付けて! こいつ強いよ!)


 耳元にいたカヤが、うるさいほど叫んでいた。

 強いの?

 というか、こんなにうるさいのに、私寝てたの? 完全に熟睡してたじゃん。


「呆れたやつだねぇ。不審な人物が目の前にいるのに誰と聞いてくるなんて、平和なエルフだねぇ」

「こ、こんばんは?」


 え?

 初対面ならまず挨拶ってこと?


「こんばんは、だねぇ」

「えっと……あの、私アリエスって言います。おばーちゃんの名前は何ですか?」

「あたしゃ、グレタっていうしがない魔女だねぇ」


 魔女?

 そういえば、何となく魔女っぽい。箒持っているし、大きな帽子被っているし。

 それに何より、しわくちゃおばーちゃんは、ばっちり魔女だ。


「それはご丁寧な挨拶、ありがとうございます」


 丁寧に挨拶返しをすると、おばーちゃんはますますあきれ顔になった。

 なぜ?


「……そこにいる見えない精霊、お前苦労してそうだねぇ」

(わかる? じゃなくて、アリエスもなんでこんな呑気に会話してるのさ! 敵かもしれないんだよ!)

「え? 敵なの?」

「まだ敵じゃないねぇ」


 敵じゃないじゃん。

 じゃあ大丈夫……ん?


「まだ!? まだって言ったよ!」

「うるさい小娘だねぇ。ところで一つ聞きたいことがあるんだがねぇ」

「え? 何が聞きたいの?」

「素直で良い子だねぇ。この辺に、これくらいの大きさで、ちょっと不思議に光る石のようなものを見たかねぇ?」


 ソフトボールくらいのサイズを、分かりやすく手で示してくれた。

 うーん、そんなのあったっけ?

 見たことないなぁ。


「カヤは見たことある?」

(見たことないね)


 だよねぇ。

 大きさ的には占いでよく使われそうな水晶玉っぽい。謎に光ると実にそれっぽそう。

 なるほど!

 このおばーちゃん、魔女って言ってたし、さては占い師か!

 占いの道具だもんね、水晶玉。


「見たことありません」

「そうかぁ、残念だねぇ。ところで、こんな場所になぜエルフが一人でいるのかねぇ」

「え? 村を追放されたからですが……」

「村を? エルフが仲間を追放? どういうことだい」


 暫く考え込むおばーちゃん。

 なんでそんなに不思議がるのかな?

 村中をお花畑にしてしまったし、狩りもできない、料理もできない、裁縫だって無理。精霊もカヤ以外見えない。

 こんなぽんこつエルフを養ってくれるはずが無いと思うんだけど。


 ……自分で言ってて悲しくなった。


「ということは、お前さんの連れは精霊だけかねぇ」

「そうです」

「そうかぁ……うーん、まさかこれが、かねぇ」


 何か答えを見つけたようだ。


「これから行く宛あるのかねぇ?」

「ありません。あったらこんなところで野宿なんてしないです」

「そりゃそうだねぇ。なら、あたしの家に来るかい?」

「え? 良いんですか? ぜひ!!」


 耳元でカヤがうるさいくらいに、やめとけ、だめ、とか言ってくる。

 しかし私のカンは、この人について行くべきだ、と訴えかけている。

 これは、カンを信じるしかない。


 方向音痴だけどね。




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