二十四話
師匠が家出してきた翌日、レイナウトを通して侯爵に面会を求めた。
もちろん理由は師匠の件についてだ。
そして師匠当人は、しばらく外に出たくないと言って部屋に引きこもりやがりました。
それは私がやりたいのに!
「なぜ私が引退する前に、特大の厄介ごとを持ってくるのだ」
「私に言われましても……」
そして侯爵へ相談した結果、文句を言われました。
私のせいじゃないのに、解せぬ。
「しかも最悪燃やせばよかろう、か」
「師匠ならばやりかねません」
師匠は、あまりに連れ戻そうと強制された場合、燃やすと宣言している。
王都では、相当鬱憤がたまっていたらしい。
転生といっても、生まれは選択できないし完全ランダムだから仕方ないとはいえ、なぜ王族などに転生したのか。ピンポイントすぎる。
神様がもしいるなら、とても意地悪だよね。
「しかもあの第三王女が火あぶりの魔女か」
「お会いしたことがあるんですか?」
「王都に行ったときに何度か、お会いしたことはある。確かに年齢に見合わない聡明さだったが……うーむ」
王女が家出して、我が家に引きこもっている。
もうこれだけで厄介ごとだ。
おそらく王都は今頃大騒ぎだろうね。
「十年ほど昔、うちから薬剤師が十名引き抜かれた事があったが……王女が生まれた頃にぴったり合うな」
「王都だって腕の良いお医者さんくらいいますよね」
「さあな。何かしらの事情はあったかも知れぬが、今となっては過ぎたことだ。それより今後をどうするべきか」
「何か対策はありますか?」
しばし瞑想する侯爵。
首を振ったり眉を顰めたりしつつ、ようやく考えがまとまったようで、顔をあげた。
「婚姻だな」
「婚姻?」
「王女をうちの貴族と縁を結ばせる。そうすれば、こちらにいても問題はなくなる」
「結婚!? 師匠が!? 絶対気分で旦那さんが燃やされますよ!」
「もちろん名目上に決まっているだろう。十歳なら婚姻していてもおかしくはない」
はー、結婚か。
そんな手で家出した師匠を公的に認めさせるんだ。
貴族だなぁ、考えもしなかったよ。
「でも勝手に婚姻なんてできるんですか?」
「陛下を通さず勝手に婚姻などできるはずがなかろう? そんなことをすれば、最悪王族と戦争だ。だから陛下の了承を得なければならない。どう説得したものか」
「通せば婚姻できるんですか」
「うちは侯爵家だぞ? 第三王女なら家格的にも問題はない。ただ誰をあてがうか……」
陛下って国王だよね。
何か見返りがいるのかな。
うーん。
などと悩んでいても、貴族のことなんてさっぱりわからない。
餅は餅屋。ここは侯爵にお任せするしかない。
「年齢を考えればオリンドが適任なのだが……すでにシュレーゼ公爵と縁を結んでいるからな。公爵とも相談すべきか」
既に婚姻しているんだから、そっちが優先されるんじゃないの?
それに名目上なんだから、形式上は師匠と婚姻でも実際は公爵の娘になるよね。
「王女だぞ? 家格を考えろ。婚姻となれば第一夫人に決まっておろうが。だから今まで第一夫人として決定していた公爵とも相談する必要があるのだ」
「名目上でも?」
「当たり前だろう? だからこそ、何か公爵にも利を与える必要がある」
国王と公爵を説得するんだ。
へー。
なんかどうでもいい気がしてきた。
師匠だし、最悪自分で勝手になんとかするだろう。
燃やされるのは勘弁してもらいたいけどね。
「魔女との縁は強いが……うーむ、もう少し直接的な利が必要だな」
「砂糖を融通するくらいならできますが」
「はぁ……砂糖ギルドを通していない闇砂糖を、王族や公爵に回せるわけがなかろう」
砂糖ギルドとその裏にいる貴族たちとの戦いになるそうだ。
もー、面倒くさいなぁ。
「師匠本人のことだし、師匠に薬を作ってもらって王族や公爵にも卸すとか」
「公爵領は領地も広く人材も豊富だ。魔女の薬に頼らずとも、自領でまかなえる。王族なんぞ言わずもがな」
「じゃあ、出せるものがありません」
「だから困っているのだ……む、待て」
何やら考え込む侯爵。
その間、私はぼーっと他の考え事をする。私が考えても、どうせ何も思いつかないし。
さて、卵の入手方法なにかあるかな。
あっ、師匠に聞いてみるか。
もし卵が入手できるなら、パウンドケーキみたいなやつが作れるかも。
確かあれって、卵、小麦粉、砂糖だけでも作れたはずだ。
それ以外にもさまざまなものが作れる……はず。
残念ながら私が正確に覚えているレシピなんて、お団子だけだ。
結構、お菓子作ってたはずなんだけどなぁ。
「アリエス、君は聖域を作ることが可能だろう? それを分けることも可能か?」
おっと、お菓子を考えてたら侯爵から質問が飛んできた。
聖域ってなんだ?
「聖域?」
「隠し畑に展開しているものだ」
「ああ、あれですか。分け木を植えれば、本体の隠し畑ほどではないですが、可能ですね」
「それでいこう」
リツ君もこの十年でだいぶ力があがったようで、分け木を五本くらいまでなら、共有することができるようになった。
今のところ、サルトリオへ納品しに行くときだけ、分け木を差し向けているくらいだけどね。
そこから二本を分け木にして、他の場所に植えても十分共有できるだろう。
二本で限界となっても最悪、私がサルトリオへ納品しに行けばいいのだ。
師匠もいるし、私がいなくとも問題はないはず。
「ならば、王家と公爵には聖域を利に、王女を貰い受けるか」
「しかしあれって、そんなに利になるんですか」
「まあ、そうだな。ものすごく、事と場合によっては戦争が起こるくらいには、な」
「……え?」
戦争ってそこまで!?
===
アリエスから相談内容を受けたマルティンは、城へ戻った後に急いで次期侯爵の息子ノルベルトを呼び出した。
その顔には高揚感が滲んでいる。アリエスと会っていたときとは、全く異なっていた。
今回起こったことは、王家とアリエスの問題であって、本来なら侯爵家には何ら関係のないことだ。
無視してもいい。
しかし敢えてそこへ割り込み、侯爵家に大きな利益を得られることもできる。
そこへ執務室のドアがノックされた。
「父上、ノルベルトです」
「入れ。ノルベルト、お前も手伝え」
「父上? いきなり何を?」
そして先ほどアリエスから受けた内容を、ノルベルトへと共有した。
それに驚くノルベルト。
まさか火あぶりの魔女の転生した先が第三王女とは、ノルベルトでなくとも驚くだろう。
「まずオリンドと第三王女を婚姻させる」
「ちょっと待ってください! オリンドはすでにシュレーゼ公爵家のクラリス嬢と婚姻を結んでいるではありませんか!」
「クラリス嬢は第二夫人とする」
「そんな……」
「形式上なだけだ。第三王女とは形だけ婚姻させて、実際はアリエスのところへ住まわせる」
「は? あの薬剤師のところにですか? どういうことですか」
アリエスと火あぶりの魔女の関係は師弟だ。
二人揃えれば、これまで以上に魔女の薬の恩恵も受けられるだろう。
また王女を貰い受けることに対する、王家と公爵家への利は聖域だ。
ただこの聖域という餌は侯爵家側で制御ができる。
「はぁ……なるほど。確かにうちの利は大きいですし、王家と公爵家にも利がある。さらに薬剤師へ頼めば、いつでも聖域を消すことができる」
「その通りだ。十年などの節目で、何かを要求することも可能だろう。一度あの豊作に慣れてしまえば、なかなか抜け出せないからな」
さらに言えば、火あぶりの魔女とアリエスに大きな貸しを作れることだ。
あの二人は長命であり、侯爵家にその貸しを子々孫々伝えられるからだ。
もっと言えば、形式上とはいえ名付きの魔女と縁が結べるのも大きい。
いざとなれば、血縁者として動くことも、動かせることもできる。
これから将来、何が起こるか分からない。その時に、名付きの魔女の力を借りることができれば、例え戦争になったとしても有利になるだろう。
「父上、それはうちにも言えることですよ」
ノルベルトの考えも分かる。
アリエスや魔女がこの地を去れば、そこで聖域などの利が全て失われる。
だがマルティンは、それは果てしなく低い確率だろうと思っている。
「あれは人と関わらせず、領地の隅にでもおいとけば、そのまま居着く。面倒くさがりだから住み慣れた環境からの引っ越しも、やりたくはないと思っている。適度な距離を保てば、程よい関係者になれるだろう」
侯爵も貴族だ。まず自分の家の利を考える。
そうでなければ、侯爵といえど生き残れないのだ。
「たまにとんでもないことを言ってくるが、それでも領地への利は大きい。それに加えて名付きの魔女だ。厄介だとは思うが、アリエスに制御してもらえれば、我々は何もする必要がない」
「制御なんてできるのですか?」
「師弟の関係だ。サルトリオで百年一緒に暮らしていたそうだし、問題はなかろう」
むしろ関わるのは最低限でいい。
オリンドと婚姻という縁を結び、厄介ごとを解決すれば、それで貸しを作れるのだ。
それ以降は下手に関わらないのが正解だ。
「いいかノルベルト、ここが我が家の分岐点だ。王家と公爵家を何としてでも説得するんだ」
「はい、分かりましたよ」
「これが終われば、お前に爵位を譲る」
「まだまだ現役でもいけるでしょうに」
マルティンは今五十代だ。この年齢でも現役で当主を務めている者はそれなりにいる。
実際先代当主も六十歳くらいまで現役で働いていたし、マルティン自身も引退を考えていなかった。
しかし、アリエスを見ていると、ああしてのんびり暮らすのも悪くないと考えを改めた。
「私もそろそろアリエスを見習って、郊外に家を建ててのんびり過ごしたいのだよ」
その顔は、すでに大仕事を終えた表情だった。
聖域という利は非常に大きいものだ。
王家と公爵家でも聖域の魅力には抗えないだろう。
「わかりましたよ。ふぅ、最後にこんな大仕事を……」
きっとマルティンも、これが終われば大人しくなるだろう。
ノルベルトは、既に三十を超えている。
今までは侯爵代理として動いていたが、これが終われば自分が当主だ。
正直今までマルティンの陰に隠れていたため、他貴族との折衝は経験不足だ。
しかし今回で、その経験も得られる。
問題は、いきなり王家と公爵家という格上相手というところだろう。
まるで気分は、難問な試験を受ける直前の学生だな。
そう思うノルベルトだった。




