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二十二話



「レイナウトさん、今日もきたのですか? それと……騎士の方も」

「薬剤師アリエス、アルボス侯爵マルティン卿より今後レイナウト殿と共に貴殿の対応を任ぜられた。以降よしなに頼む」

「……どういう意味ですか?」


 本当にどういう意味?

 私の対応って、薬の納品に関することだよね。

 薬が完成したらこの二人が運んでくれるのかな。

 それならそれで、いちいちお城に行かなくてもいいから楽だけどね。


「今後、何かあったら我々に相談をしていただきたいのだ」


 あ、相談役ってことか。

 でも何を相談するんだろ。

 どこに美味しい食事処があるか、という相談もいいのかな。


 あ、そうだ。サトウキビ!


「なら早速ご相談したいのですが、サトウキビをご存じですか?」

「……? もちろん知っているが」

「その種を一粒だけでも構いませんので、入手できますか?」

「ああ、それくらいなら容易いことだ。次に来るとき合わせて持ってこよう」


 やった、レイナウトは神だ!

 これで甘味が!


 ……サトウキビからどうやって砂糖を作るのかな。


 ま、まあ研究すればいいや。


「こちらからも一ついいだろうか?」

「何でもおっしゃってください!」


 サトウキビを入手できるのだ。

 今なら大抵のことならやっちゃうよ!


「外の薄緑色をした結界を、見えなくすることはできるだろうか? 何分非常に目立っていてな」

「ああ、あれですか。確かに目立ちますね。リツ君、聞こえてた?」


(聞こえてたっす! 任せてください姉御!)


 リツ君が返事をした瞬間、結界の色が見えなくなった。

 あれ、境界線が分かって便利だったんだよね。

 でもどうせ植物を植えるのは庭だけだし、そこが範囲に含まれていたら見えなくても問題はないか。


「それとだな、アリエス殿」

「はい」

「素直に伝えておくが、別の領主から誘われても断っていただきたい」

「え?」

「他の町へ移動しないでいただきたいのだ」


 移動?

 そういえばニーナが、つい先日王都だったかに薬剤師が引き抜かれたって言ってたっけ。

 私も引き抜き対象になっているのかな。

 でもせっかく家まで準備したのに、また引っ越しなんてそんな面倒くさいことやらない。

 ここに来るのだって師匠の遺言じゃなければ、絶対来なかっただろうし。


「お忘れかもしれませんが、師からここアルボスで活動せよ、との命を受けていますので、移動することはありません」

「おお、そうだったな。それなら安心できる。ただ何か言われた場合、すぐ私か騎士サロモンまで連絡を入れてほしい。何ならマルティン卿に直接入れても構わない」


 そこまで重要なことなんだろうか?

 引き抜きがあっても、面倒だし無視するつもりなんだけど。

 

「だから、頼むからどうか暴れることだけは、やめていただきたい」


 私は怪獣か?

 そんな暴れるなんてことしませんよ。


「暴れませんよ」

「その、相手が無茶な行為をとってきたとしても、町に被害が出ないよう可能な限り穏便にすませていただきたいのだ」

「相手の出方によります」


 向こうが無茶な、誘拐みたいなことをやってくれば、その場限りで済ますことはしないと思う。

 私が、というよりリツ君が憤慨しそうだし。

 そして大木たちはリツ君を崇めているからね。


 制御できるかどうかは、正直分からない。

 私にできることなんて、建物に被害が出ない程度で抑えてくれ、と言っておくくらいかな。


「頼んだぞ……本当にな」


=============================================================


 レイナウトと、名前を忘れた騎士の二人が去っていったあとも、私は真面目に薬を作っていた。

 安易に引き受け過ぎちゃったかな。


 そしてその翌日、レイナウトが約束通りサトウキビの種を持ってきてくれた。

 種は一袋分、結構大量に入っている。

 豪勢だなぁ。


 ありがたく受け取り、早速庭に埋めてみる。

 もちろん、カヤのサポート付きだ。

 リツ君の成長促進は確かに早いけど、さすがに急成長させることはできない。

 ここはカヤにお任せだ。


 成長させると、見事に穂がなった。なんだか稲に似ているね。

 でも茎の部分は竹みたいだ。


 うーん、この竹の部分、どこかで見たことあるなぁ。

 遠い昔なんで細かいことまでは覚えていないけど、確か動画でかじってたような……。

 何事もチャレンジだ。やってみよう。


 早速茎の部分を五センチほどの大きさに切ってみた。

 切り落とした部分から、汁みたいなのが垂れてきた。

 おそるおそるそれを舐めてみると……甘い。

 砂糖の味だ。


 ということは、この汁を集めて何とかすれば砂糖になるってことだよね。

 液体から、どうやってさらさらの砂糖にするんだろう。

 まあ、この辺りは色々と試してみればいいか。



 こんな感じで、本格的に砂糖作りを始めました。


 最初は簡単かな、と思ってた自分を殴ってやりたいくらい難しかった。


 液体から固体にするんだから凍らせてみようと思い、ニーナに氷魔法をかけて貰ったら別のものができた。

 単純にただの氷と凍った甘い部分が分かれていて、なんとも微妙だった。


 次は煮詰めてみようと試したものの、焦がしたり、すっごく苦くなったり、変な雑味が入っていたりと色々失敗続きだった。

 他にも鍋の内側に張り付いて取れなくなる、砂糖じゃなく甘い液体状態になる、お酒みたいなのができた、などなど。


 なんでお酒なんてできたんだろう。

 でもこれはこれで、売れそうだよね。




 そうして苦労に苦労を重ね、数年をかけて出来上がった砂糖が目の前にある。

 感慨深い。

 でも日本で見た白い砂糖ではなく、茶色い砂糖だ。

 あっれー? 砂糖って白いんじゃないの?


 なお数年もかかったのは、単に毎日砂糖作りができなかっただけだ。

 これでも薬剤師だからね。

 本業は大切なのだ。


 そういえば、レイナウトと騎士の人は隔日で訪れていた。

 砂糖作りを興味深そうに眺めていたし、偶然お酒っぽいのができたときは、試飲させてみたりした。

 味は少し甘いアルコールって感じだったが、青草っぽくて臭いが受けなさそうなんだって。

 これだけだと売り物にはならないが、ここに果実を混ぜたりして味を付ければ、案外いけそうだと喜んでいた。


 へー。

 私はお酒を飲まないので、正直どうでもいいかな。


 何はともあれ茶色いけど砂糖の完成だ。

 いよいよここから私のターンが始まる!


=============================================================


「アリエス殿はようやく砂糖を作れるようになりました」

「そうか。まあその技術は既に確立しているし、砂糖ギルドとの軋轢も、個人で楽しむ程度ならば問題はなかろう」


 この世界では既に甘味は作られている。

 つまり砂糖を作る技術も確立していることになる。

 また砂糖に関しては砂糖ギルドというものがあり、ここが砂糖について徹底的に管理をしており、いわゆる既得権益となっていた。

 とにかく高い、甘味一つで金貨一枚するのもギルドが値を下げないからだ。


 またそれに目がくらんだ何人もの貴族が、砂糖ギルドの後ろ盾についていて、なかなか強固な立場を築いている。

 侯爵といえども、そうそう迂闊に手は出せない相手だ。

 ただ、たった一人程度の利益を守れる程度の権力は持っている。


「それよりも、思わぬ副産物が手に入りましたね」

「うむ、まさかサトウキビの搾りかすから酒が作れるとは思わなかった。酒についてはどうしても他領から仕入れる必要があったが、自領でも生産できるようになれば財政的にも潤う」


 冒険者と酒は切っても切れない仲だ。

 大変な目に遭いながら、迷宮へと潜り生還する。

 その打ち上げに酒はかかせない。


 冒険者の数は多く、酒の需要はある意味、薬以上にある。

 他領から頼ってばかりだと、どうしても価格は上がってしまうが、自領内でも生産できればある程度価格を抑えられるだろう。


 問題は、砂糖ギルドとの兼ね合いだ。

 サトウキビから搾りとった残りかすから、酒を作ることができるのは秘匿しておきたい。

 しかしギルドから搾りかすを買えば、何を目的に使うのか疑問を持たれる。

 そして領内で酒を作れば、必ず何かしら関係があると疑われるだろう。


 そこでアリエスだ。

 彼女の庭でサトウキビを植えてやれば、砂糖も酒も手に入る。

 ただいくら成長促進効果があるとはいえ、庭一つで町全体の酒需要を満たせるわけではない。

 だからこそ、搾りかすをどうにか入手する必要がある。


「それは追々考えるとして、今は試しの時期だな。アリエスから可能な限りサトウキビのかすを貰ってこい」

「アリエス殿になんらか還元しなくてもよろしいのでしょうか?」

「色々面倒ごとを引き受けている。十分還元しているではないか」

「確かにそうですが……」


 近隣住民とのトラブルを、全てレイナウトが一手に引き受けている。

 騎士サロモンも、アリエスに会うより近隣住民との会談が多い。

 ただ、二人をアリエス対策に割いても、利益の方が大きい。


「そうだな。それを抜きにしても、将来何かを融通してもいいな」


 しかしながら、サトウキビの搾りかすを永続的に入手できるようになれば、アリエスの功績は大きくなる。

 その時になんらか還元してもいいだろう。



 次は引き抜かれた薬剤師の問題だ。


「それより、後進の育成はどうだ?」

「まだまだ半人前だそうです。もう数年はかかる見込みです」

「そうか。あまりアリエスばかり負担をかける訳にもいくまい」

「わりと余裕そうでしたが……」


 実際アリエスが調合を行っている日は、せいぜい月に六日程度だ。

 それならば今の三倍になっても対応できるだろう。


「一人だけに負担を強いるのは問題だ。アリエスがいなくなれば、立ち行かなくなる」


 しかし組織として一人だけに頼るのは問題が大きい。

 アリエスがいなくなっても、需要を満たせるだけの量を確保できる仕組みを作らなければならない。

 ただし喫緊の問題でもない。

 今は後進が育つのを待つ時期だ。



「それで、王都からは何か情報が入っているか?」

「いいえ、今のところそのような情報は入ってきていません」

「ふーむ……まだ見つかっていない、ということか」

「いえ、火あぶりの魔女の弟子がサルトリオからアルボスへ移住したことは、既に知っているかと」


 魔女の薬は有名だ。その作り手であるアリエスも知られている。

 ただし、魔女関連はある種の禁忌でもある。

 聖域などという、禁忌を侵してでも入手する必要がある場合を除けば、完全に放置するだろう。


「ただサルトリオでは、聖域や結界などの話は一切ありませんでしたし、王都もそれほど気にかけてないのでは?」

「そうだな。単に魔女の弟子が移住しただけだ。サルトリオも今まで通り魔女の薬を納品している」

「今までサルトリオだけだったのが、アルボスにも魔女の薬が入るようになっただけですからね」


 それを羨ましく思うものは一定数いるだろうが、禁忌を侵すほどではない。

 だからこそ、聖域の件は隠さなければならない。



「ま、油断はせず徹底的に情報は隠せ」

「かしこまりました」


 やはり自分には荷が重い、と思うレイナウトだった。





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