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二十一話


「アリエス殿! いらっしゃいますか!」


 今日もごりごりと薬を作っていると、外から呼び声が聞こえてきた。

 誰だろう。


「ミニ大木、今は手が離せないからドアを開けてあげて」

「……!? お、驚かさないでくれ」


 ミニ大木がドアを開けると、レイナウトが驚いた声をあげた。

 そこまでびっくりするかな?

 視線だけレイナウトに向けて、手はごりごりと調合していく。

 お客さんに失礼だけど、これは仕方ないことだ。


「レイナウトさん、いらっしゃい。まだ薬はできていませんが?」


 つい先日、薬を納品したばかりだ。

 さすがにまだできてないよ。


「いや、今日はそれで訪れたわけではない。別の件でな」


 薬が目的じゃないとすると、いったい何だろう?

 侯爵から面倒な言伝でも持ってきたのかな。


「昨日大木がいきなり現れたと聞いてな。それはいいのだが……いや、よくはないが、それよりこの家を囲っている、薄い膜はなんだ?」


 リツ君の結界かな。

 薄緑色をしていて何となくりんごの色を思い出す。なんだっけ、薄緑色のりんご。

 でも迷いの結界じゃないし、何も起こらないから、安心してほしい。


「植物の成長を促進するための結界です」

「……え? なんだそれは?」


 私も詳しくは分からないけど、昨日リツ君がその結界を張ってから、庭に植えていた植物の成長が早くなってたからね。

 効果は間違いないと思う。


「なんだと言われましても、それ以上の説明はありませんが……」

「そ、そうか……邪魔したな」

「あっはい」


 やけに疲れた顔をしてたけど、なんだったんだろう?

 お仕事でも忙しいのかな。

 侯爵も仕事ができそうだったし、その部下なら忙しいんだろうね。


 何の用事で来たのか分からなかったけど、レイナウトは帰っていった。

 今度レイナウト用に体力回復薬でも一本作ってあげようかな。


 そうしてしばらくの間、調合していると、冷蔵庫が届いた。

 師匠の家にあったものと同じで、単なる蓋のついた密閉された箱だけどね。

 これでニーナがいつ来ても準備万端だ。


 しかし氷魔法か。羨ましいな。

 なんで私って植物魔法以外使えないんだろ。むしろ植物魔法だってカヤを通さないと使えないし。

 ガソリンタンクみたいな位置付けだ。いや、ごはん力だし、お弁当係りかな?

 調合技術はあるけど、それだってカヤを通す必要がある。


 私ってダメな子なんじゃないかな。

 うう、落ち込んできた。


 落ち込んでいると、ドラゴンが私の頭を撫でてきた。

 優しさが身に染みるぜ。


「よし、できた」


 サルトリオのギルドへ納品する分の薬ができた。

 これで今日のノルマ達成だ。


「リツ君と大木たち、これサルトリオの薬剤ギルドまで届けておいてね」


(お任せください姉御! 完璧に任務を遂行してみせやす!)


 初のお仕事だからか、気合入っているね。

 三十壺分の薬を持って、意気揚々とリツ君たちが出発していった。

 大丈夫かな?


 さてあとは何をしようかな。

 外出する気分にはなれないし、ベッドでごろごろと本でも読むか。

 ベッドも高かっただけあって、すごく寝心地がいいんだよね。


 よし、読むぞ!


 ……zzzZZZ。


============================================================


 一方その頃、サルトリオを目指して爆走中の大木、その枝に乗ったリツは張り切っていた。


(初仕事っす! ここで堅実に任務を完了させて、姉御に褒めてもらうっす!)


 大地の加護と、リツの恩恵を得ている大木たちの体力は無尽蔵だ。

 ただ走っている。それだけで周囲を威圧している。

 まあ十メートルの大木三本が地響きを起こしながら走っているのだ。普通近寄ろうとは思わない。


(がんがん飛ばすっす! 荷運びなんてすぐ終わらせてやるっす!)


 リツは、樹齢数千年を生きている長老格の分け木だ。

 彼らの役目は森の維持であり、いわば森の守護者である。

 そこに存在するだけで周囲の木々や草花の活性化となる、木々たちにとって神のような存在だ。


 アリエスの庭が植物の成長促進状態になっているのも、森の守護者が張り巡らせる結界、いわば聖域になっている。




 普通に歩いて行けば三~四日はかかる距離を、僅か一日かからずサルトリオまで駆け抜けた。

 

(門番さん、ちーっす!)


「うわああぁぁ……は? え? あ?」


 十メートルの大木が土煙を上げながら門へと猛スピードで迫ってきていたのだ。

 それは門番だって恐怖する。


 ただしアルボスとは違い、サルトリオは数百年もの間、魔女との付き合いがあった。

 こういう不思議なことが起こった場合、まず魔女関連を疑うべき、ということを過去から学んでいる。


(あっしはアリエス姉御の使いっす! ギルドまで薬を納品しにきたっす!)


 アリエスの名は、火あぶりの魔女の弟子として百年近く前から知られた名だ。

 数十年前からは、魔女ではなくアリエスの名で薬を納品していることも有名である。

 ここ最近、拠点をアルボスへ移したが、定期的に薬を納品しにくると通達されていた。


 まさか魔物に遣いを頼むとは思わなかったが、よくよく見れば以前からアリエスの護衛として見かけていた大木を大きくしたものたちだ。

 たぶん通しても大丈夫だろう。むしろ下っ端兵士に判断などつかない。

 本当なら上司に相談すべきだが、アリエスの名を出した以上、サルトリオでは通して良いことになっている。


「あ、アリエス殿の遣いか。ならば通って良し」


(ご苦労さまっす!)


 そのまま町中を薬剤ギルドまで駆け抜けていく。さすがにこの時は、ミニ大木になっていたが。

 住民らは、ミニ大木を何度も見てきたためか、さほど混乱は起こらずギルドへと到着する。


(アリエス姉御からの薬を届けにきたっす!)


「あ、ああ……ご苦労さま。ちなみに一つ聞きたいことがあるのだが、今後も今日のように届けてくるのだろうか?」


(これが一番早いっすからね)


「そ、そうか……」


 今日この日、サルトリオは一つ学んだ。

 やはり魔女の弟子も、魔女なのだな、と。


============================================================


 こちらはアリエスの家から、領主の城へと戻ってきたレイナウト。

 頭を振りながら、どう報告するか悩んでいた。


「どうだったレイナウト」


 執務室へ入ると、さっそくマルティンから質問が投げかけられた。


「ええ、まあ、その……私には今後荷が重いとご相談したく」

「は? 何があった?」


 そして、アリエスの家で起こった出来事を事細かに説明する。

 局地的な地震については、家が倒壊した、けが人が出たなどの被害もなく、今のところ問題は見つかっていない。

 薄緑色をした結界も、まだいい。言ってみれば見た目だけの問題であり、害のあるものではなかった。


 問題は植物の成長促進効果だ。


「確かに薄緑色をした結界らしきものに触れても何も起こらず、通ることも可能でした」

「続けろ」

「アリエス殿は、あの結界の中なら植物の成長促進効果があると……」

「なんだと?」


 マルティンの眉が跳ね上がった。

 植物の成長促進効果。

 どの程度、成長が早くなるのかは不明だが、これは非常にまずいものだ。


 その中に例えば麦を植えれば、それだけで食料を多く確保できる。

 食糧問題というのは、どこの領でもある話であり、このことを他領や、特に王家に知られれば非常に面倒なことになる。


「王家に知られれば、寄越せ、と言われるだろうな」

「先日も十名もの薬剤師を引き抜かれたばかりではありませんか」

「それはそれ、これはこれ、というやつだな」


 問題は王家が寄越せと言ってきても、アリエスが素直に頷くか、だ。

 ひと悶着ある可能性が非常に高い。

 特に力づくで連れて行こうとしたときが、まずい。

 アリエスを怒らしてしまえば、どれほどの被害が出るのか予想すらできない。


 アリエスの師である火あぶりの魔女は、過去サルトリオの町を半壊させたことがあるらしい。

 それと同じことがアルボスの町で起こってしまえば、取り返しのつかない事態となる。


「隠し通すしかないだろうな。レイナウト、引き続き頼む」

「……私には荷が重すぎます」

「かといって、他に適任者はいない。騎士サロモンを付けるから、何とか対応してくれ」

「はぁ……かしこまりました」


 がっくりと肩を落とすレイナウトを見て、マルティンは彼の給与をあげる必要があると考えた。





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