二十話
「よし、これでいいかな?」
家具を買ってから二日、ようやく納得のいく配置が完成した。
ミニ大木たちには感謝だね。
店舗には、魔法鞄から取り出した調合用の道具が並んでいる。
これで魔法鞄の中身もすっきりした。
さて、あと買うものってあったかな?
……ごはん?
今までは魔法鞄に入ってたリーンばかり食べてたけど、そろそろ他のものも食べたいね。
師匠のところでは、スープとかっちかちのパンにチーズが定番だったけど、ここで甘味というものに出会ってしまった。
たぶん、甘味以外にも美味しいものがあると思う。
牛丼、カレー、からあげとかないかな。
そういえば食材ってどこに売ってるのかな?
全部揃うスーパーとかあればいいのに。
「こんにちはー」
そう考えていた時、一階の店舗から声が聞こえた。
ニーナかな?
一階へ降りて入口の鍵を開けると、予想通りニーナが立っていた。
他の二人は見えない。
「ニーナさん、こんにちは」
「アリエスさん、こんにちは。また派手にやってるね」
……派手に?
なんだろう?
「噂のエルフが、巨大トカゲの次はトレント数体を引き連れてるって、あちこちで噂されてるよ?」
「トレント?」
「動く木の魔物だよ。迷宮にもいるんだけど、あいつらすっごくタフだから、倒すのに時間かかるんだよな」
そんなのがいるんだ!
もしかして、大木たちって魔物だったの?
反射的に、店舗の窓越しから庭を見ると、大木たちがこちらの様子をうかがっていた。
(ち、ちがう! 僕たちは良い魔物だよ! だってさ)
魔物じゃん!
まあ長年の付き合いもあるし、私は問題ないけどね。
しかし噂になってるのか。
……別に問題ないかな?
レイナウトだって町中で暴れさせなければ問題ないって言ってたし。
「ところで薬はどうだい?」
……あ!
ニーナたちの薬も全部ギルドに納品させられたんだっけ。
すっかり忘れてた!
あとで急いで作っておかなきゃ。
「それについては申し訳ないのですが、ギルドに薬の在庫を全て納品させられまして」
「あー……ギルドかぁ」
「今日中に作っておきますので、明日また来てくれますか?」
「分かった。そうだ、伝えてなかったけど、傷薬と体力回復薬に鎮痛剤を十回分ずつで頼むよ」
それだけでいいんだ。
でも小分けすると面倒だし、一気に作ろうかな。
えっと、それ以外でニーナに聞くことあったかな?
そうだ、ごはん!
「ところでニーナさん」
「なんだい?」
「おいしいご飯処ってご存じですか?」
私がそう聞くと、ニーナはにやりと笑って、私の腕を引っ張った。
「冒険者向きの食堂なら、たっぷり知ってるね。ちょうどお昼だし食べに行こうか」
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「うぇ……」
失礼。
ニーナと一緒に冒険者向きの食堂に行ったんだけど、めちゃくちゃ量が多かった。
もったいない、と思って限界まで食べたけど、それでも全部は無理でお持ち帰りしてしまった。
量もそうだけど、何より味が濃すぎる。
最初の数口までは美味しいんだけど、それ以降がきつい。
私には合わないかな。
「あはははは、まさか一人前を半分以上残して持ち帰るなんて思わなかった。小食だねぇ」
「味が濃すぎません?」
「冒険者は肉体労働だからね。塩分が欲しいのさ」
なるほどね。どおりで味が濃かったわけだ。
よくよく思い返せば、私は村にいたころは果物類ばかりだったし、師匠のところでも調味料なんて殆ど使わなかった。
塩をひとつまみ、スープに入れるくらいだったっけ。
薄味に慣れてしまったから、余計に濃く感じたのだろう。
これは自炊するしかなさそうだ。
「食料品が売っているお店ってご存じですか?」
「自炊ってこと? 迷宮産の魔物の肉なら、その辺で売ってるよ」
「お肉以外は?」
「うーん……野菜って高いんだよね。あまり買うやつがいないからさ」
栄養バランス悪くない?
さっきの食堂も、お肉お肉お肉、パン、スープ、だけだったし。
新鮮なお野菜が恋しいです。
「商店区画もそこまで変わらないし、肉も野菜も買うとなると、やっぱり貴族区画になるね。高いけど」
「そうなりますか」
どうやら、私はお高い女だったらしい。
「ま、いいんじゃない? 家具を買うのに、金貨三十枚をぽんと出せるんだから。薬剤師って儲かるんだね」
「もう知ってるんですか!?」
「アリエスさんはとにかく目立つからね。あたしと一緒に食堂へいったことも、明日には知れ渡ってるんじゃない?」
目立つ意図なんてまったくないのに。
そういえば野菜も果物も庭で育てられるから、別に買う必要ないか。
お肉もそこまでたくさん欲しいわけじゃないし。
あっ、お肉で思い出した。
お肉やチーズを冷やす冷蔵庫がいるんだった。
師匠の家では、師匠が氷の魔法で冷やしていたから気が付かなかったけど、そんなもの売ってるのかな?
「食料品を冷やして保管するようなものって、ご存じですか?」
「ああ、冷凍保管庫のことかい? 氷魔法が使えないと意味ないよ」
「そうですよね」
まあ食べたくなったら買いに行く、でいいか。
「ふふん、あたし氷魔法が使えるんだけどさ」
「ニーナさん、私に雇われませんか?」
「さすがに毎日は無理だけど、一週間に一回くらいならいけるよ。ちゃんと密閉していれば一週間くらいもつし」
「十回分ずつのお薬と引き換えに、氷魔法一回分でいかがですか?」
「さすがにそれは……あたしに有利すぎやしないかい?」
十回分ずつのお薬代は、店売り価格で大銀貨二枚くらいになる。
正直、領主やギルドに納品する額に比べれば誤差の範囲だ。
それくらいなら、恩を売っておくほうが賢いと思う。
「それくらい価値があるということです」
私は氷魔法が使えないからね。
また、ニーナの情報は思ってた以上に役立つ。
色々なことを知っているからね。
「ならありがたく。その代わりなんでも聞いてくれていいよ。知ってることなら教えるから」
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「さあ調合がんばるか!」
最近調合をさぼってたから、気合いれなきゃね。
カヤにごはん力を渡して、返してもらって……と。
ごりごりごり。
師匠が見せてくれた工程を思い出しつつ、ゆっくり丁寧に、ちょっとずつごはん力を注ぎ込んで……。
集中しながら、よどみなく混ぜていく。
ここで手を止めてしまうと、失敗になっちゃう。何度も師匠にダメ出しを食らったからね。
がさがさっ!
窓の外で何やら騒いでいる音が聞こえるけど、無視だ。
今は重要な工程だからね。
どんどんっ!
地面が揺れる。
あーもう、うるさいな。
カヤ、注意してきてくれる?
(大木たちがリツを拝んでいるよ?)
……またか。
昔から拝んでいたよね。
理由は知らないけど、長老の子どもだからなのかな。
それより集中を切らさないように……。
どーん。
あっ! 失敗した!
地面が揺れて、思わず手が滑ってしまった。
もー、なにやってるの!
ちゃんと叱らないと、ご近所迷惑になっちゃう。
庭へと飛び出ると、見慣れぬ大木が一本生えていた。
……ん?
誰だこれ?
他の大木たちより雰囲気が違っていて、厳かというか、なんというか。
あっ、長老に似ているのか。
(姉御! パワーアップしやした!)
パワーアップ? どういうこと?
見た目は、若木からすいぶんと大きくなったから分かるけどさ。
(この家の範囲を、我が手中に治められますぜ!)
……え?
どういうこと?
(長老の周りと同じになるってことかな?)
カヤ、長老の周りってなに?
(気が付いてなかったの? あの辺り一体には、迷いの結界が貼ってあったよ。まあ僕がいたから迷わなかったけどね)
えっと、それってこの家の周りが迷いの結界に張られるってこと?
だめだめ!
町中で迷子になるなんて、最悪じゃん!
誰も来られなくなっちゃう。
……ん? それはそれでいいのかな?
引きこもれるかも。
あ、でもダメだ。
この家は大通りから一本ほど外れたところにあり、薬剤ギルドから割と近い。
そのためか、結構人通りもあるんだよね。
そこが通行止めになったら、さすがに領主やギルドから文句を言われるだろう。
(姉御! 迷いの結界を張るだけじゃなく、植物の成長も促せますぜ!)
おお?
それは便利そうだね。
今まではカヤが育てていたけど、勝手に成長するようになるんだったら、その手間が省ける。
でも運搬はどうしよう?
リツ君にサルトリオへの運搬を任せるつもりだったんだけど、こんなに大きくなったら無理だよね。
(あっしの枝を折ってもらえれば、ここから遠隔で話すこともできやすぜ)
分け木ってこと?
これはすごい。
リツ君、いい仕事するじゃない!
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リツが大きくなった、その翌日。
領主の城で仕事をしていたマルティンの元へ、緊急と書かれた書類が運ばれてきた。
この時期に緊急?
まさか迷宮で何か起こったのか、それとも他領が軍事行動でも起こしたのか。
もしくは、あの娘関係か?
そういぶかしげに書類へと目を通すと、そこにはある意味想定内の内容が書かれていた。
さっと目を通し、溜息をつく。
「レイナウト、また例の娘相手に苦情が入った」
「……またですか」
先日もトレントと思しき魔物を五体も連れていたため、苦情が入ったばかりだ。
魔物使いという扱いで対処したのだが、ここが迷宮都市でなければ、町中に魔物を入れることなど許容できなかっただろう。
「今度は局地的な地震が起こった後、いきなり巨大な木が生えたそうだ」
「それだけ……ですか?」
それくらいなら、十分許容範囲だとレイナウトは一瞬思ってしまった。
「それだけなら、な。なんでも不思議な、結界のようなものが家の周りを囲っているそうだ。近隣住民からは不安の声があがっている。念のため確認してきてくれ」
「かしこまりました」
マルティンの溜息が移ったのか、レイナウトもまた深い溜息をついたあと、執務室を出た。




