一話
「ちっ、なんだよ―、いいじゃん引きこもり一人くらい。情がないわよっ!」
(あはは。でもあのままだと、ダメエルフが一人製造されるだけだし、いい機会だったんじゃない?)
「酷いわカヤ! ……その通りだけに何も言い返せない」
掛け合い漫才のようにカヤと話をした。
というか、しないと割と精神が持たない。
実は先ほど、村から追放されたからだ。
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私は幼少の頃から、他人と少し違っていた。
まず気が付いたのは、花が綺麗だという事。
それだけならなんて事はない、普通の感覚だろう。
しかしその後、花が綺麗なので持って帰りたい、お話してみたい、たくさんの花に囲まれたい、と思いが膨れ上がっていった。
そのように思い続けていたら、ふと気が付くとそばに生まれたばかりの精霊が一体佇んでいた。
当時私は五歳。
気軽に精霊と仲良くなって、請われるままに契約を行った。
その精霊がカヤノヒメだ。
そこから歯車がかみ合わなくなった。
僅か五歳で、生まれたばかりの精霊と契約を行った。
いくらなんでも早すぎる。異常だ。
両親から腫物扱いされ、周囲のエルフからは遠巻きにされた。
別にいじめなどがあったわけではない。
単純な疎外感だけだ。
それでも良かった。カヤがいたから。
一応他のエルフと同じように、カヤ以外の精霊と契約しようとはした。
でも何もできなかった。
カヤ以外の精霊が一切見えないのだ。
母が食事を作るとき、火の精霊や水の精霊と一緒に支度しているはずなのに、私の眼には母しか映らない。
エルフ……精霊使いにとって、これは致命的だ。
そして私が五十歳になった時だ。なお人間の感覚で五十年は随分と長いが、エルフ感覚なら五年くらいである。
きっかけは忘れたが、カヤと私の感情が爆発し、周囲一面花畑へと変えてしまったのだ。
わぁ、花畑なんて素敵、ファンタジーね!
なんてことにはならない。
畑も道も家の中も木の上も、全て花で埋め尽くされたのだ。
なお、この時のショックで日本人だった頃の記憶が戻ったのは不幸中の幸い、なのかな?
それ以降、村はずれの小さな家に隔離された。
しかし日本人だった記憶があったため、絶望はしなかった。
だって川の側にあったし、食事も木の実や果物で賄えたし、衣類だって定期的に村の優しい人に貰えたからね。
なにせエルフの主食は果物だ。これだけで生きていける。
たまにお肉が食べたいときは、川魚を釣って食べてたし。
それになにより、カヤという相棒がいたからね。
ただ残念だったのは川魚の刺身はやばい、という事だけだ。
あれは……地獄だったなぁ。
それから七十年。私が百二十歳になるまでは、ゆったりとした時間が流れた。
しかしそれが急変した。
村長と村の男たちが無言で私を囲い、村の外を指さしたのだ。
その時、私は悟った。
あ、これが追放ものか、と。
私は家の中にあった荷物をまとめ、無言で村を立ち去った。
荷物といっても、衣類と釣り竿くらいだけど。
それが数時間前のことだ。
そして今。
(さてアリエス、これからどうする?)
「どうする、と言われても行くところなんてないもの。当てもなくさまようくらいしかできないわ」
村を追放されてから数時間、私は適当に歩いていた。
なにせ村の外は初めてだ。どこに何があるのかも知らない。
「でもさ、よくよく考えてみれば私ってば村にいたとはいえ、ほぼ一人暮らしだったじゃん。川の側辺りに家を建てれば、それで十分じゃない?」
川さえあれば、あとは何とかなる。
地球の古代文明ってメソポタミア文明とかエジプト文明などがあるけど、あれら全部川側で発展したんだよね。
だから大丈夫、生きていける。
(服はどうするのさ。いずれ手持ちの服も着れなくなるよ)
「カヤ任せた」
(……僕は植物を操れるけど、服は作れないよ)
いざとなれば原始人みたいに、葉っぱで隠せばいいのだ。
乙女として、それは如何なものかと思うけど、どうせ誰もいないのだ。
私は裸族になるっ!
(村の中は結界があったから年中温暖気候だったけど、村の外は寒くなるよ。冬がきたらどうするつもりなんだい?)
「……なんだって?」
初耳!
私百二十歳だけど、四季があるなんて初めて知った!
これが引きこもりの弊害か!
「……ど、どうしよう」
(まずは衣類を入手できる環境が必要だね)
「それには?」
(どっか人里に行くしかないんじゃない?)
デスヨネー。
でも他の人と会うの怖い。しかもエルフじゃない他種族かもしれない。
同族に会うのだって無理なのに、別種族なんて到底無理。
それに私が今話している言葉、他の種族に伝わるか、すら分からないのだ。
あれ、私って何も知らないよね。やばくね?
深窓のお嬢様じゃないですかやだー。
(で、結局どうするの?)
「まずは寝ます」
(寝床だね、はいはい)
村を出て半日ほど歩いていると、とうとう夜になってしまった。
これだけなら普通だと思うが、私は百二十年引きこもりエルフである。
途中休憩を挟むこと二十数回、我ながら体力なさすぎて笑う。
でも運よく川を見つけたので、そのそばに生えている大きめの太い木を寝床にすることに決めたのだ。
ここをキャンプ地とする!
「カヤ、この木に穴あけてくれない?」
(あー、なるほど)
木に穴を開けて潜りこんで、その中で丸まって寝るのだ。
穴を塞いでおけば、獣とかに襲われる心配もない。
キツツキやリスみたいな動物がいるかもしれないけど。
(夕飯はどうするの?)
「その辺に果物とかないかな」
(んー、あ、リーンがあった。何個持ってくる?)
リーン。前世で言えばリンゴだ。
村にいたときも、どこにでも生えてたから、しょっちゅう食べていた。
たぶんポピュラーな果物だと思う。
「うーん、夜に二個食べて、明日の朝一個食べる」
(あれ? 二個も食べるんだ)
村にいたときは、リーン半分でお腹いっぱいになった。
でもさすがに半日歩いたからね、お腹がすいた。
カヤが取ってきてくれたリーンを、川で洗ってそのまま齧りつく。
うーん、この贅沢感がたまらない。
私が食べている間に、カヤが木に穴をあけてくれた。
そこへ潜り込む。中は狭いけど、丸まれば十分寝られる広さだ。
腕を枕にして目を閉じる。
あ、これすぐに寝られるやつだ。
「よし、寝るぞー! カヤ、おやすみ」
(うん、おやすみ)
少しだけ振動がしたけど、おそらくカヤが穴を塞いでくれたのだろう。
お腹もいっぱいになったし、さあ行かん夢の世界へ!
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(さて……と)
僕はカヤノヒメ。アリエスというエルフの少女と契約を結んだ植物の精霊だ。
精霊とは言っても、アリエスの意志から生まれた存在であり、他の精霊とは随分と異なるけどね。
アリエスは能天気な性格だ。
変な言葉も使うし、唐突に魚釣りをして釣った魚を生で食べて苦しんでた事もあった。
うん、馬鹿じゃないのかなこの子。
でも僕はアリエスの娘のような存在であり、アリエスと共にあり、今後も離れないことは間違いない。
さて、そんな能天気なアリエスのために、僕が周囲の安全を守らなければならない。
がんばろう。
翌朝、残りのリーン一個を食べた後、昨日と同じように歩き出す。
気分は新たな旅立ち、だ。
川沿いにどんどん進んでいき、そして気が付いた。
あれ? 村に戻ってない?
(アリエス、君は方向音痴だということが分かったね。なぜエルフの癖に森で迷うんだろう)
「私にもわかんない」
……ふりだしに戻った。




