十八話
「さて、この会談は薬剤師アリエスに市民権を与えるか、その判断のためのものだ」
隣りにいた文官の男が、文字を書き始める。
議事録まで取るのね。本格的だ。
「その前に一つ、よろしいでしょうか?」
「うん? なんだ?」
「私は一度も、その市民権を要望したことはありません。それは、どこからの情報でしょうか」
「……は? 君が持ってきた紹介状に書かれていたが」
え? そうなの?
私に一言もなかったんですが、どういうことかな。
「ふむ、薬剤師アリエス。君はこの紹介状の中を読んだかね?」
「いいえ。それはお世話になったサルトリオの薬剤ギルドへ、アルボスに移動することを伝えたところ、頂いたものです。中は確認していません」
「なるほど。互いの認識がずれていたということか」
いつの間にか、メイドさんたちが侯爵たちにもお茶を配っていた。
それを一口飲んだ侯爵は、紹介状を机の上に置き、改めて姿勢を正した。
「この紹介状には、薬剤師アリエスに市民権を与えるよう、サルトリオ辺境伯の依頼が書かれていた」
まず私はサルトリオ辺境伯との面識は一切ない。
サルトリオのギルド長が勝手に辺境伯へ話を通して、紹介状に書かせたってことだね。
なんでだろうね。
「アルボスでは、家を建てる、家を借りる行為を行うには市民権が必要だ。薬剤ギルド長も、紹介状の中を確認して、薬剤師アリエスのために家を用意したのだろう」
サルトリオ側が要望してたから、しごできギルド長も、いきなり家をどうするのか聞いてきたのか。
最初の勘違いだったね、これは。
「ならば、薬剤師アリエス。君はどうしたい? 市民権を得てアルボスに住居を構えるか、あるいは冒険者のように宿へ泊まるか、もしくはアルボスを去るか」
できれば、去るという選択肢を選びたいです。
でも師匠の遺言だからねぇ……面倒くさい。
「私は師に、アルボスで活動せよ、との命を受けました。しかし居住せよ、とは言われておりません。宿暮らしでも問題はありませんね」
市民権のことは分かった。そして特に貰わなくても宿暮らしなら問題ないってこともわかった。
そして市民権が不要となれば、この会談も終わるということだ。
やったね、お仕事終了だ。
せっかく家を探してもらったのは申し訳ないけど、キャンセルだ。
悪いのは私に一言も言わなかった、サルトリオのギルド長ってことで。
……紹介状って、普通本人は見ないよね?
「承知した。薬剤師アリエスの希望は受けた。では次に、我々の要望を伝える」
要望……なにかあるの?
面倒くさそう。
「ここ最近、薬が品薄状態となっている。薬剤ギルドに納品する量は把握しているが、それ以上に収められないだろうか?」
うわ、ニーナの予想が当たったよ。
私ってそんなに、たくさん薬を作れるように見えるの?
魔女の弟子って肩書が悪いのかな。
「もちろんそれ相応の報酬は用意する。また市民権も発行しよう。理由は……領主へ薬を収めるには作業場が必要であり、宿では作りにくいため。といったところか」
うわー。
市民権なんていらないって言ってるのに。
「また薬剤師アリエスは、町に来て早々トラブルに巻き込まれた。しかし領主の配慮があれば、今後活動するのに支障は少なくなる」
あれは私のせいじゃないもん。
勝手に絡んできたやつが悪い。
まあでも、この人が言っていることはまともだよね。
さて、実際どれくらい余裕があるか考えてみよう。
壺換算で、今のところサルトリオに三十壺、アルボスに九十壺、あとはニーナたちの分を毎月作る予定だよね。
そこに加えて仮に領主へ三十壺くらいを作るとなると、合計百五十壺も必要になる。
薬の種類は三つしかないので、一度に作ればそこまで時間はかからない。
でも料理で例えてみよう。
ラーメン一人前作るのと、百五十人前作るのでは大変さが違う。
第一、そんな大きなすり鉢を持っていない。
私が持ってる調合器具じゃ、一度に作れるのはせいぜい十壺くらいまでだ。
一日三十壺のペースで頑張れば、五日くらいか。
ちょー面倒くさいね。
受けたくない。でも市民権はどうでもいいけど、絡まれることが少なくなるのは大きいな。
「分かりました。サルトリオへ納品する量と同じ、毎月三十壺をアルボス侯爵にも納品しましょう」
「賢明な判断に感謝しよう。後ほど契約書を持ってこさせる。では本日は以上だ」
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アリエスとの会談を終えたマルティンは、まずは何事もなく無事に終わったことを神に感謝した。
見た目はせいぜい十代前半の小娘だが、資料によれば百年ほど前からサルトリオで活動しているという。
となれば、少なくとも百歳以上を生きたエルフなのだ。
「汝ら、あの者を見て何か感じたか?」
「いいえ? あの娘よりも後ろに立っていた緑色をしたトカゲが脅威だとは思いましたが」
確かに、あのトカゲも尋常ではないとは感じた。
しかしそれ以上に、彼女を一目見たときから、その異常性を感じた。
見た目に騙されてはいけない。
あれは、そう、迷宮の奥底へ潜れるほど力を持った冒険者たちに似ていた。
それから会談を始めたが、まさか彼女が市民権を欲していない、とは思っていなかった。
それを餌に色々と制限を設けるつもりだったが、それが見事に崩れてしまった。
サルトリオ辺境伯め、彼女に何も告げず紹介状だけを持たせたのか。次会った時は真意を聞かねばならぬな。
「そういえば、魔女の弟子とは聞きましたが、思ってたよりは普通でしたね」
「普通か、まあそうだな」
理性的ではあった。
ただ、市民権を与えると伝えたとき、一瞬非常に嫌そうな顔をした。
慌ててトラブルに巻き込まれないためだ、と言い訳じみた言葉を出してしまったが、それで納得はしてくれていた。
魔女はすぐ力に訴えるものが多いと聞いている。
特に彼女の師である、火あぶりの魔女はその代表的な存在だ。我が国の伝承にすら残っている。
師に似てなくて良かった、と安堵してしまったほどだ。
「しかしエルフは美形だと聞いてはいましたが、確かにその通りでしたね。狙われるのも納得でした」
「変な気は起こすなよ」
「も、もちろんです!」
何となくだが、彼女が実力を発揮すれば、おそらくこの城くらい楽に破壊することが出来るだろう。
実際彼女に絡んだ冒険者は、それなりに名の通った実力者だったが、あっけなく、しかも二度も敗北している。
さらには命を奪わず、辱めを与えただけで済ませている。
相当な実力差がない限り、このような芸当はできない。
彼女の逆鱗に触れた場合、どこまで被害が出るのか想像すらできない。
薬の供給を増やすためとはいえ、こんな爆弾を抱えてしまったのは失敗だったか。
こんな事態を引き起こした王都の連中には、いつか仕返しをしなければならない。
「それで、市民権については発行するとして、誰を監視者にしますか?」
「レイナウトでよかろう。案内した縁だ、最後まで付き合ってもらおう」
「かしこまりました」
市民権を欲するものは多い。だがそう簡単に発行すれば、他国や他領のスパイをも潜ませてしまう。
このため、新参者については害がないか暫く監視をしている。
レイナウトには悪いが、彼女をこの町に馴染ませるために、頑張ってもらおう。
「では、これで契約書を書きます」
「うむ。レイナウト、以降任せたぞ」
「はっ」
彼女は魔女の弟子とはいえ、薬剤師だ。薬剤師は大人しく、薬を作っていればいいのだ。
頼むから大人しくしていてくれ。
そう心から願うマルティンだった。




