十七話
ニーナへの答えも決まって、あとは家の準備ができるまで宿で待機となった。
お昼ごはん?
魔法鞄に入れておいたリーンでいいや。
ベッドの上でごろごろしながら、リーンを齧って読書をしていると、宿のドアがノックされた。
ドラゴンを立ち番にしているのに、なかなか勇気ある人だね。
ニーナでも来たのかな?
(知らない人だね。四十代くらいの冒険者より立派な鎧着てるよ)
……え? 誰?
とりあえず、警戒。
カヤはドアの横に立っててね。
そして意を決してドアを開けたところ、確かに知らない人が立っていた。
そして冒険者ではなく、騎士っぽい。
「我はアルボス侯爵家の遣い、騎士サロモンである。薬剤師アリエス、貴殿を我が主アルボス侯爵マルティン卿が呼んでおられる。明日、午後に侯爵家を訪れるように」
「侯爵?」
「アルボス侯爵マルティン卿である。アリエス殿にアルボス市民権を与えるか、判断を行うための会談だ」
しみんけん?
どういうこと??
「話は以上だ。明日の午後、よろしく頼む」
言うだけ言って、さっと帰っていく騎士なんとかさん。
何だったんだろ?
とりあえず、ここの領主が呼んでいるから、明日の午後に侯爵家へこいってことだよね。
うーん、よくわからん。
サルトリオでは、領主と会うことはなかったんだけどな。
全部薬剤ギルドが勝手に良い様にしてくれてたし。
それにしても市民権ってなんだ?
意味は分かる。この町に住む権利のことだよね。
でもサルトリオでは、市民権とか一切聞いたことなかったのに、なぜここでは必要なんだろ?
それとも師匠か、あるいは薬剤ギルドが勝手に作ってくれてたのかな。
うーん、悩んでいても答えはでないよね。
明日いけば分かるんだから、それでいいや。
さて続きを読むかと思ってたら、ニーナが一人で尋ねてきた。
あとの二人はどうしたんだろうね。
カヤにこっそり視線を送って、ニーナの背後へと回ってもらう。
ごめんね、まだ信用できないんだ。
「やあ、そろそろ答えを聞かせてもらえるかな?」
「先にお答えしておきますね。お受けいたします。ただし……」
「ただし?」
「数日後に借りる家は店舗付きなのです。そこでニーナさんたちのみ、薬を売るという形でいいですか?」
ここで自分の考えを披露してみた。
さあどうだ。
「へぇ……なるほど。個人商店だけど、実際はあたしらのみってことか。客は今後増やすつもり?」
「今のところニーナさん以外には考えていませんね」
だって面倒くさいんですもの。
三人分の量なら、それこそ壺一個ずつ分くらい作っておけば、当分持つでしょ。
「私からも一つ聞きたいことがありまして。市民権ってどういうものなのですか?」
「んん?」
不思議そうに首を傾げるニーナ。
市民権って有名ではないのかな?
「ああ、あれか。あたしら冒険者には関係のない話だからね。冒険者の大半は宿暮らしだから、市民権ってのは必要じゃないんだ」
へー、そうなのか。
宿暮らしなら不要なのか。
「でも家を建てたり、借りたりするならば、市民権は必要だ。ここに永住するという意味になってしまうからね」
家を建てるのは分かるけど、借りるのも永住って意味になるのか。
それは知らなかった。
「しかし領主自らねぇ。普通は、騎士や文官が確認するものとは聞いたけど。おかしな話……ではないか」
「そうなのですか? 単に市民権を貰うだけなら、わざわざ領主が動く必要はないと思います」
「アリエスさんも知ってるだろ? ここのところ薬が品薄でね。領主としても腕の良い薬剤師を確保したいんだろ」
あー、何となくわかっちゃった。
「領主のところにいる騎士だって薬は必要だからね。つまり薬剤ギルドだけじゃなく、領主にも薬を融通しろってことじゃないか?」
そんなに薬ばかり作ってたら、薬剤師になっちゃう!
……ん? 私、薬剤師だった。
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さて、この町で一番高いお城っぽいところまでやってきました。
たぶんここが侯爵家なんだよね。
でっか。
お城といっても、日本にあるお城とかではなく、ドイツにあるシュヴェリーン城を小さくした感じだ。
小さく、といっても他の家に比べると、かなり大きい。
その建物を囲っている外門、というのかな。その入口には、昨日宿を訪れた騎士のような格好をした二人組が立っている。
さて、侯爵家に来たはいいけど……あの騎士の人に話しかければいいのかな?
ふぅ。
一旦心を落ち着かせる。
大丈夫、私は呼ばれたお客さんだ。だから怖くない。
そして冷酷モードへと移行する。
ドラゴンは私の右に、カヤは先に騎士の後ろへ移動しておいてね。
「こんにちは」
「何用だ?」
「昨日、騎士サロモンと名乗る方から、本日の午後、侯爵家を訪れるよう言付かった薬剤師のアリエスです」
「ああ、話は聞いている。通れ」
がしゃん、と大きな音を立てて門が開かれた。
へぇ、中にも門の開け閉めを行う人がいるんだ。
「ようこそアルボス侯爵家へ、薬剤師アリエス殿。私は侯爵閣下の第三書記官レイナウトだ。閣下のところまで案内しよう」
門をくぐると、今度は騎士ではなく文官っぽい人に声をかけられる。
第三書記官、ですって。
ということは、第一や第二もいるんだよね。
レイナウトが前をどんどんと進んでいく。
建物の入り口へ着くと、左右に立っていた騎士が軽く礼をして、玄関を開けてくれた。
そして中へ入ったけど、思ってたよりは狭かった。
玄関ホールの一番奥には、一面窓ガラスが張られていて、そこから中庭が見える。
中庭を囲んでいるせいで、厚みがないのかな?
しかし、お金かかってるね。
サルトリオのお城には入ったことがないので比べられないけど、どこの町も領主の家はみんなこんな感じなのかな。
「こちらだ」
へー、と感心するように周りを見ていると、レイナウトに急かされてしまった。
あ、ごめんね。珍しかったもので、つい止まっちゃった。
「いや、初めて屋敷を訪れるものは、だいたいアリエス殿と同じような反応をする」
自慢しているような口調だった。
自分の上司の家に見惚れていたのだ、そりゃ自慢したくなるか。
正面左右に分かれている階段を二階、三階へと登っていき、そして中庭が一望できる会談室へと案内された。
中には二人、メイドさんがいてお茶の準備をしていた。
メイドさんだよ!
初めて見たかも。
「ここでしばらく待つように。何かあればそこの侍女に聞くといい」
レイナウトがメイドさんを見ると、メイドさんたちも大きく礼をした。
彼が部屋を出ていくと、メイドさんの一人がソファに座るよう手招きした。
「失礼します」
私が座ったあと、お上品にお茶を入れてくれる。
緑茶っぽい色をしているね。
(うん、何も入っていないよ)
でも油断はしません。しっかりカヤチェックをする。
そう思っていたんだけど、メイドさんも同じティーポットから小さめのカップにお茶を入れて、一口先に飲んだ。
え? どういうことなの?
メイドさんも私と一緒にお茶したかったの?
「どうぞ」
訳が分からず混乱していると、一分ほど経った頃に、ようやくお茶を勧めてきた。
あ、毒味だこれ!
そんなものがあるんだね。
もちろん表面上は、おすまし顔のまま、一口お茶を飲んだ。
うん、美味しいね。
ほどよい酸味だし、これはお茶菓子が欲しくなる。
「こちらもどうぞ」
私の心を読んだかのように、一口サイズの甘味を出してきた。
これ前に食べた砂糖漬けのリーンだ。
金貨一枚のお菓子が目の前にあるよ。
さすが領主、お金持ちだ。
年に一回と思ってた甘味が、こんなところでも味わえるなんて運がいいね!
そうして、しばらくお茶と甘味を味わっていたとき、外から数人の気配がした。
(十人くらいかな?)
領主が来ちゃったかな。
もうちょっと甘味を楽しみたかったんだけどな。
仕方ない、お仕事だ。カヤは部屋の入口付近で待機しておいてね。
何かあれば即座にツタを出して。ついでにパックン花も準備しておいてね。
(もちろん!)
カヤの返事と同時に部屋の扉が開かれ、見るからに偉そうな人と、さっき案内してくれたレイナウト含めた文官っぽい人、それに加え護衛と思われる騎士たちが入ってきた。
偉そうな人が私の正面に座ると、左右には文官たちが同じように座った。
護衛の騎士は彼らの後ろや部屋の入口に、各自動いていく。
「さて、薬剤師アリエス。私はアルボス侯爵マルティンだ。ようこそアルボスの町へ」
三十代後半くらいの、わりと渋いおじさんがにこやかな顔で歓迎してくれた。
その顔の裏には色々とありそうだけどね。
「初めまして、私は火あぶりの魔女の弟子で、薬剤師のアリエスです。よろしくお願いします」
よし、お仕事だ。




