十六話
「かんみ♪ かんみ♪」
(そこまで喜べるんだ)
ニーナに教えてもらった甘味処は、貴族たちの住むエリアから近い場所にあった。
正直、バカ高いからおすすめできないって言われたけど、確かにそれならお金持ってる人の近くに店を構えるよね。
これは盲点だったわー。
でも高くてもいいのだ。
むしろ客入りの少ないほうが安心できる。
どうせ師匠の遺産はたくさんある。使い道なんて無かったから、心の補給に使っても問題はないはず。
師匠だって許してくれるだろう。
……たぶんね。
そして教えてもらった店の前に到着したけど、思ってたのとイメージが違った。
外観はまるで高級レストラン。
もちろん日本のように、値段の書かれた食品サンプルが表にあるわけでもない。
つまり、金なんざ気にするやつは来るな、っていう店なのかな?
金なんざ気にしないぜ!
「ペットのご来店はご遠慮願います」
ペットじゃない! 護衛!
結局、何点かお持ち帰りになりました。
宿に帰って、さっそくお持ち帰りしてきた甘味を広げた。
揚げた発酵パンに砂糖をまぶしたもの。
それから、砂糖で漬け込んだリーン……りんごだ。
どちらも元の世界の甘味に比べればさすがにチープだけど、それは仕方ない。
それでも飾り付けは非常に綺麗で、まさに貴族向けって感じ。
おひとつ金貨一枚も納得……できるかっ!
たっか!
食べたけどね。
美味しかったです。
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甘味も食べて、心の栄養を補給できた。師匠と暮らしていたときは、甘味なんて思いつきもしなかったからね。
これからは、定期的に食べたい。
でもね、さすがに高すぎ。
甘味一個金貨一枚で、私の収入は月に金貨六枚なんだよね。
師匠の遺産がなければ、普通に破産してしまう。
だからこれからは、甘味貯金を作って年に一回、自分へのご褒美として食べよう。
それか、サトウキビを入手するか、だね。
それから三日ほど、宿のベッドで調合本を読みながら、ごろごろしていた。
分厚い調合本だけど、さすがに長年読んでいたおかげで、ほとんど頭に入っている。
それでも、たまにどこか記憶から抜けていることもあるので、一ページずつ確認しながらの作業だ。
時間は非常にかかるけど日がな一日、ごろごろ読書は幸せになれる。
引きこもり生活って最高!
(ニーナへの答え、どうするの?)
あ、すっかり忘れてた。
明後日くらいに来るんだよね、どうしようかな。
うーん、ギルド通さなくてもいいか、しごできギルド長に聞いてみようか。
そろそろ家も見つかったかもしれないし。
よし、薬剤ギルドへ出かけるか!
「いらっしゃいませ、アリエスさん。ご用件を伺います」
「しごで……いえ……えーっと、ギルド長に会いたいのですが」
以前紹介状を渡した職員が対応してくれた。
でも、しごできギルド長の名前を忘れちゃったよ……なんて名前だっけ?
「申し訳ございません。ギルド長は現在視察に出ておられまして、不在です」
「そうですか、私が借りる家の件で伺ったのですが、その後どうなったかご存じですか?」
「はい、選定は終わって、現在清掃中です。そうですね、三~四日後にはお引越し可能になるかと思います」
しごできギルド長はお出かけ中か。
自分で仕事を抱えて、部下に任せないタイプみたいだったし。
ニーナが自分の成果を上げたい、って言ってたけど、それだと部下が育たないんだよね。
まあそれはどうでもいいか。
さてさて、どうしようかな。
「準備が整いましたら、ご宿泊されている宿へご連絡入れます」
「そうですか。よろしくお願いします」
一旦、宿に戻るか。
さて、どうしようかと歩きながら考える。
うーん、ニーナの件については受けてもいいとは思っている。
若手云々の話は正直どうでもいいけど、伝手は大事だもんね。
ただギルドを通さないので、それでいいのか、しごできギルド長にも確認を取りたかったんだけど。
それより家があと三~四日後だから、引っ越ししたら色々買わなきゃいけないよね。
店舗部分を調合室にするとして……ん?
店舗……お店? あれ?
もしかしてギルドを通さなくても、自分でお店を開けばニーナに売ってもよくない?
価格については、他の店と同じくらいの値段にすればいいし。
(あ、そうだよね。あのとき、自分で店を開くのかって、ギルド長も聞いてきたよね)
でも普通にお店を開くのは面倒だし、ニーナたちだけに売るお店……いや一見さんお断りにすればいいのか。
それなら、自分が好き勝手に客を選べるし、わざわざ店舗部分をちゃんとしたお店にしなくてもいい。
私ってば賢い!
うん、これでいこう!
ニーナの件はそれでいいとして、家具や衣類なんかも買ったほうがいいよね。
でも一度物件を見に行かないと、家具や調度品はどんなものを買えばいいか分からない。
掃除中でもいいから、見せてもらえばよかったな。
それと住めるようになったら、一度師匠の家に戻る必要もある。
大木やリツ君を呼んでこないとね。
そうそう、サルトリオへの運搬の件も大木たちにお願いしないと。
……いま気が付いた。運搬はいいけど、彼ら話せないよね。
師匠の家に戻ったついでに、サルトリオのギルドに寄って、今後は大木たちに運搬を任せるってことも伝えておかないと。
割とやることあるなぁ。
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日は遡り、アリエスが町についた翌日。
アルボスの領主、アルボス侯爵マルティンは書類に目を通していた。
「ん? サルトリオ辺境伯の印がついた紹介状?」
アリエスが持ってきた紹介状は、アドルフギルド長を経由して、侯爵まで回ってきていた。
持ってきた者と辺境伯の名を見て、侯爵は深く、重い溜息をついた。
アドルフは侯爵も認める有能なギルド長だ。ただ性急すぎるのが欠点でもある。
組織は正論だけを吐けばいいのではなく、根回しも必要なのだ。
そこをすっ飛ばしていくアドルフに、良からぬ感情を持っている貴族も多い。
そんな彼が他領の貴族印が入った紹介状を提出してきたのだ。嫌な予感しかない。
「推薦か。市民権を与えよ……ふぅ」
中身を確認して、やはり嫌な予感は当たった、と再び重い溜息をついた。
市民権はアルボスの町に住める権利だ。
いくらサルトリオ辺境伯からの推薦とはいえ、そう易々と与えるわけにはいかない。
「火あぶりの魔女の弟子……か。サルトリオ辺境伯は厄介なものを寄越したものだ」
火あぶりの魔女は、この国でもっとも有名な魔女だ。
侯爵ともなれば、魔女の情報はかなり詳細まで知っている。
そしてサルトリオは、魔女の薬を入手できる国内唯一の町でもある。
その魔女の弟子をうたっているのであれば、同等の薬を作ることは可能だろう。
「だがアルボスには迷宮がある」
サルトリオは魔女の薬だが、アルボスには迷宮が存在する。
その価値は、数の少ない魔女の薬より遥かに高い。
ここで厄介ごとを引き受けてまで、魔女の薬を入手するべきか。
ちっ、王都の奴らめ。
魔女の薬に頼らなくとも、薬剤師が十二分にいれば厄介ごとを受ける必要は無かった。
しかし二か月前、王都から薬剤師十人を引き抜かれたのだ。
しばらくは在庫で薬の需要を満たせたが、ここのところ品薄状態が続いている。
腕の良い薬剤師の確保は、迷宮の探索にも必須である。
「一度、人物を見たほうがいいだろうな」
どのみち市民権を与えるのなら、誰かがその人物を見て、確認する必要がある。
普段なら部下に任せるのだが……。
「私が自ら確認するべきだろうな」
侯爵は重い腰をあげ、机の上にあったベルを鳴らした。




