十五話
そろそろ寝ようかな、とベッドに潜りこんだときだ。
……ん?
何となく嫌な予感がする。
扉の前にはドラゴンを立たせているから、大丈夫だとは思うけど……。
あ、そういえば窓があったね。
カヤ、この辺に罠作るよ。
(何の?)
もちろんパックン花!
パックン花は昔、師匠のG特訓で使ったやつだ。
この子、割と便利なんだよね。ちょっと歯形が付くくらいで、怪我を負わせることもないし。
これなら万が一侵入者が窓からきても、対処可能だ。
しかも一口が大きいので、二人くらいなら、まるごと口に入る。
(この花以外に何かいる?)
うーん。一応三本設置しておけば大丈夫だと思うけど、念には念を入れて、私のベッドをツタで囲っておこうか。
気分は天蓋付きベッド。
でもツタだから、見た目は幽閉されたお姫様かな?
ではおやすみなさい。
そしてその夜中。
ぱっくん。
「な、なんだ!?」
「いてぇ! こら、やめろ!!」
うるさいなぁ……。
(誰か罠に引っかかったよ)
そのまま口の中に入れて塞いでおいて。
眠いから朝に確認する。
(あははは、わかったよ)
口の中に入れておけば、防音対策もばっちりだからね。
夜更かしは美容に大敵。
もう一回、おやすみなさい。
そして翌朝。
「……誰この人たち?」
パックン花に食べられて……もとい、口の中に含まれてる冒険者風の男たちがいた。
なんだか疲れ果てて、寝ているようだ。
(夜中に、押しかけてきた迷惑なやつらだね。昨日、町に入ってすぐのところで、絡んできたやつらかな)
「あのお風呂に入ってない、ばっちい人たちか。ならもう一度、門前にツタでぐるぐる巻きにして、ぽいっと捨てておいて。あ、ちゃんと装備は剥がして、地面に埋めておいてね」
(はーい)
何かもごもご言ってたけど、どうでもいいや。
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さて、家が決まるまでの間、どう過ごそうかな?
(まずは散策して、町の地理を覚えようよ)
それは必要だ。昨日も薬剤ギルドを探すのに苦労したからね。
でもさ、それって地図があれば解決できるんだよね。
でも地図ってこの世界にきてから見たことがない。
昔、地図は敵に利用されると、どこに何があるか分かるから、機密扱いとか聞いたことあったっけ。
この世界でも同じなのかな。不便だよね。
それはそれとして、甘味があったということは、もしかすると甘味処があるかもしれない。
砂糖を使ったお菓子、なんでもいいからもっと食べたい。
太る?
太ったらマラソンすればいいんだよ。
カヤ! 甘味処を探しにでかけよう!
(はいはい……ところで、甘いものって美味しいの?)
美味しい!
幸せになれる!
嫌なことも忘れられる!
(美味しくて、幸せになって、忘れられる? それだけ聞くと、危険な魔女の薬に聞こえるよ)
全然違うっ!
あーもう、カヤも食べられるようになればいいのに。そうすれば幸せを分けられる。
ん、まてよ?
カヤの身体って作れないかな。実体があれば、カヤも食べられるよね。
幽霊みたいに、人形へ乗り移れない?
(僕、精霊なんだけど)
人形に乗り移っても、食べられないか。
人形だもんね。
さて、アルボスの町。
昨日、二時間さまよって薬剤ギルドを見つけたんだけど、おかげでメイン通りは把握できてしまった。
門からまっすぐ伸びている大通り、真ん中あたりで交差する通りの二本が、幹線道路になっていた。
交差点から東へいくと迷宮エリア、西へいくとギルドや問屋、北側にある領主のお城付近は、たぶん貴族エリアだと思う。
サルトリオにも、貴族しか住めないエリアがあったからね。
そして門付近が商店エリアかな?
甘味処を探すのであれば、商店エリアが一番可能性の高い場所になると思う。
よし、門前へ行くよ!
宿があるのはギルドエリアで、そこから門前まで歩いて十分くらいかかった。
変わったものが売ってるお店が多いね。
大半は迷宮産の素材を扱ったと思われるものばかりだ。
魔物の角とか皮で作った家具、装飾品、宝石屋なんかもある。
高そうなステーキ屋みたいなのもあるね。きちんと正装していくようなレストランかな。
そして残念ながら甘味処は見つけることができなかった。
一般市民が使うようなお店は無さそうだね。
大衆食堂などは、迷宮エリア近辺にありそうかな?
行ってみるか。
そして迷宮エリアへとやってきました。
ここは冒険者っぽい人たちがうようよいる。
そんな中、ドラゴンを護衛に連れている私は、ものすごく目立っている。
でも声をかけてくる人はいない。
門前に絡んできた冒険者たちを、ぐるぐる巻きにして放置した噂でも流れているのかな?
良いことだ。
やっぱり人と話すのは怖いし、生活する上で必要最低限の関わりさえ保てばいいや。
でも甘味処は別です。できれば店員さんと仲良くなって、色々と甘味について聞きたい。
そういう欲望丸出しで甘味処を探していたときだ。
前から歩いてきた三人の冒険者風の人たちに声をかけられた。
「君! ちょっといいか? 俺ら風の翼っていうパーティを組んでいるんだけど、君が薬剤師だよね?」
一瞬びくっと身体が震える。
その瞬間、背後にいたドラゴンが私の前に出てくれた。
有能!
で、風の翼?
知らないです。声かけないでください。
「……」
こちらが警戒態勢を取ったことで、相手も……と思ったけど、割と余裕がありそうな雰囲気だった。
ドラゴン、怖くないのかな?
「警戒されてるね」
「彼女からすれば、わたくしたちは不審者ですから仕方ありません」
路上のど真ん中で、いきなり声を掛けられたら怖いに決まってる。
おまけに、こちらは……カヤとドラゴンはいるけど、見た目は一人だ。
警戒するのは至極当然だと思う。
「ああ、いやまって! 違う!」
三人組の……男が一人、そして女が二人の構成だけど、その中の男が慌てた口調で言い直してきた。
なお他の二人いる女は、男の後ろで面白がっている。
なんなのこれ?
男が罰ゲームでも受けたのかな。
ドラゴン連れたエルフが町にきたから、いっちょ声かけてみようぜ、みたいな。
「いや、もし君が薬剤師なら、その……薬を売ってくれないかなと」
二十代真ん中くらいの男が、見た目は低姿勢で変なことを言ってきた。
薬を売る?
えっと、普通にお店で買えばいいんじゃないの?
「お店で買えばいいんじゃないですか?」
「全くその通りなんだけど。その、ここのところ品薄で手に入れにくいんだ。売ってたとしても、値段が上がってて」
あー、薬剤師から直接仕入れて、安く手に入れようという魂胆か。
しかも品薄ね。
あのしごできギルド長がサルトリオの三倍を要求してきたのは、品薄状態だったからか。
でもね、ギルドを通さず直接取引するのって、勧められた行為じゃないんだよね。
「薬剤ギルドを通さず、売買するのは信用にもとります」
「全くその通りなんだけど。でも、こちらも命がかかっているから」
「私にメリットは全くありません」
向こうはメリットがあるけど、私からするとギルドの信用が減るだけのデメリットしかない。
ギルドの買取価格から大幅に上乗せしてくれるのなら別だけど、どうみてもそんなお金はなさそう。
「いや、俺らという伝手ができるメリットがある。こう見えても、それなりに活躍しているんだ。もし迷宮で必要な素材があれば、俺らが取ってくるよ」
「そういうのは、冒険者ギルドを通すものでは?」
「全くその通りなんだけど」
こいつ、大丈夫か?
後ろにいる女に聞いたほうがよさそうだね。
チェンジで。
私が無言で男の後ろにいる、魔法使い風と聖職者風の女二人へ目を送った。
「マクシム交代。あんたじゃ交渉だめだってさ」
「ええ……そんな……」
「そうだね、お嬢ちゃん。まずは……路上じゃなんだし、近くの店に入ろうか。もちろん奢るよ」
そんなのお断り……。
(まってアリエス。断るにしても、冒険者の情報を聞いてからにしたほうがいいんじゃない?)
情報っているかな?
(さっきも、薬が品薄って情報を手に入れたじゃない)
そういえばそうか。
何も知らず、しごできギルド長に良い様に使われるのも癪だよね。
うーん、護衛ならドラゴンもいるし、カヤも彼らの後ろで監視してくれる?
そうすれば、すぐツタを出してぐるぐる巻きにして、門前へぽいっとできるよね。
(うん、わかった)
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彼らに連れていかれたお店は、喫茶店みたいなところだった。
幸いお店のドアはドラゴンでも入れるくらい大きかった。
あとで聞いた話だけど、冒険者の中には大柄な人も多くいるからなんだって。
うちのドラゴン、三メートルくらいあるんですけど……その人って人間かな?
「マスター、奥借りるよ」
魔法使いの女が、喫茶店の店長らしき男に声をかける。
男の対応は最初そっけなかったが、私を見て眉をつりあげた。
「好きに……いやまて、今話題のエルフか。厄介ごとか?」
「単なる交渉さ」
「……店は壊すなよ?」
マスターと呼ばれた男の目は興味というよりも、うっわなんだこいつ、と厄介なものを見た目つきだった。
私だって好き好んで来たわけじゃないんですけど?
それよりも、話題ってなに?
私ってそんなに知られてるの?
昨日町についたばかりなのに、早くない?
「こっちだよ。うしろの護衛は、悪いけどちょっとかがんでもらえるかな」
悪いのは、ここに連れてきたこの女のせいです。
そう心の中で自分は悪くないと思っていると、天井が低いから気をつけろと言われた。
確かに天井はちょっと低かった。
でも三メートルあるドラゴンが普通に入れるんだから、十分高いんだけどさ。
通された部屋は十人くらいが入れる個室だった。
この世界では珍しく、椅子ではなく床に座って会談する形で、背の低いテーブルは横に長く、一度に五~六人は座れそうだ。
へぇ、こんな部屋もあるんだ。
そのテーブルの真ん中に魔法使い風の女が座ると、左右に残りの二人が座った。
私は彼女の対面に座って、改めて相手を確認する。
それと同時にカヤは、すーっと彼らの後ろに移動していった。
うん、これで奇襲もできるね。
なおドラゴンは私の後ろに立たせてる。
「さて自己紹介をしようか。あたしはニーナ。見ての通り魔法使いをやっている」
ニーナと自己紹介した女が、にやりと笑いながら私をねめつけてきた。
どう料理してやろうか、みたいな感じだね。
でもこちらも、百年近くサルトリオのギルドと付き合ってきたのだ。
経験の長さなら、負けないよ!
「こっちに座っているのが戦士のマクシム、こっちが治療師のフローラだ」
「改めて、私は薬剤師のアリエスです」
左右にいる男女をニーナがまとめて紹介してきた。
こっちも、簡単に名前を告げた。
さあ戦闘開始だ。
「さて、駆け引きは嫌いじゃないけど、アリエスさんは嫌いのようだし、率直に言わせてもらおう」
あれ? 分かってるじゃん。
駆け引きって面倒なんだよね。
さっくり条件を提示して貰えれば、はいかいいえで即答できるし、時間の節約にもなる。
「まずあたしらの状況からだ。あたしらは最近上級にあがったばかりの冒険者でね。しかし見ての通りまだ若いんで、周りから色々と絡まれているんだ」
若い?
改めて三人を見てみる。
二十代前半くらいだよね。十分若いか。
なるほど、若手が突出してきたので、出る杭は打たれたってことか。
どこの世界にもあるんだね。
「さっきマクシムも言ってたが、ここ一か月ほど薬が品薄になっててね。なかなか手に入りにくい状態になっている」
ふーん、一か月か。
何か事件でもあったのかな?
薬剤師が一斉摘発されたとか、賃金を上げろとストライキを起こしたとか。
……さすがにこんな理由はないか。
「理由は薬剤師数人が一斉に王都へ移籍してしまって、作り手不足になったからなんだけどさ。さっきもあったけど、あたしらも周りから突っ込まれてる立場でね、薬の入手が不安定なんだよ」
王都。
そんな町もあるんだ。知らなかった。
でもよくよく考えればサルトリオもアルボスも、貴族が治めているんだから、そのトップである王様ってのがいてもおかしくない。
師匠なら、たった数百年で興亡するような人間の国には興味ないねぇ、とか言いそうだけどさ。
でも一応、その国に住もうとしているんだから、多少の情報は必要だ。
「アリエスさんは、これから薬剤ギルドに薬を収めていくと思うけど、たった一人増えた程度じゃ足りないと思うんだよね」
私たった一人じゃ、さすがに薬剤師数人分の量をカバーなんてできないし、やりたくもない。
ほどほどでいいんだよ。
「そこで、直接取引したい。あたしらは薬が欲しい。もちろん相場より上乗せだ。代わりにアリエスさんには情報を提供しよう。ここに来たばかりだし、色々と欲しいだろ?」
この町だけでなく、この国の情報も含めるのなら、欲しいかも。
師匠はたった数百年といってたけど、それって長いからね。
「もちろん迷宮の素材が欲しいと言ってもらえれば、可能な限り揃えよう」
「それだけじゃ私のメリットは薄いですね」
でもそれだけだ。
情報はこの人たちからしか入手できないわけじゃない。
しごできギルド長だっているのだ。
むしろただの冒険者よりも、精度は高いと思う。
「もちろんこの関係は薬の供給が増えたとしても、続けていく。ギルドを通すのがスジなんだけど、あいつらの仲介料ってバカ高いんだよ」
バカ高いからこそ、こちらも利用するのに遠慮は不要なんだけどね。
「それにさ、薬剤ギルドの長って、できるやつだろ? でも若いから、周りに舐められているんだ。だからこそ自分の成果を出そうと必死でやってるんだぜ。単に若いからってだけじゃ、不公平じゃないか」
確かにしごできギルド長って、護衛も連れてなかった。
そういう背景もあったんだ。
つまり、まず自分たちの利益を確保してから、他の若手のサポートに回るつもりなのかな?
でもさ、それが私になんの関係があるのか。
冷たいようだけど、私は単なる薬剤師だ。成りあがりたいわけじゃない。
生きていく上で、便利になるような情報は欲しい。
でもそれだけだ。
カヤはどう思う?
(積極的に関わる必要はないんじゃないかな。でも、情報は複数から入手ってのも王道だね)
うん、そうなんだよね。
(考えがまとまらないんだったら、ここで答えを出さなくてもいいんじゃない? どうせ家の準備が整うまで時間あるんだし)
おお、一旦持ち帰って検討させていただきます、ってやつね!
そうだね、それが良さそうかな。
「ニーナさんの言いたいことは分かりました」
「お、そうかい」
「答えは後日、でもいいですか?」
「うん、あたしも即答しろとは思ってないからね」
隣りのマクシムといってた男が、驚いたような表情をしている。
一刻を争うようなことじゃないんだし、即断即決することはないんだよ。
「じゃあ今日はお終いにするか。五日後くらいでいいかい?」
「そうですね、それくらいで」
「アリエスさんの泊ってる宿にいけばいいかい?」
私の泊っている宿まで知られているのか。
そこまで情報が回っているんだ。
なんだか怖いね。
私はそれに頷くと席を立った。
あ、そうだ。忘れてた。
「最後に一ついいですか?」
「ん? なんだい?」
「この辺に美味しい甘味処ってありますか?」
「……えっ?」




