十二話
「……まあ及第点だねぇ」
疲れた。
本当に疲れた。
師匠から調合を徹底的に教える、と言われてから四十年。
やっと全ての調合に及第点をもらった。
大半が、どう見ても一般流通させちゃだめだろ、という内容のものばかり。
体力よりも、精神的にきつかった。
もし、うっかりどこかへ置き忘れたら……。
なんてことを考えると、眠れなくなってしまう。
もう二度と作らない!
今まで作ったものも全部処分したい!
でも、魔法の鞄に全部入ってるんだよね。
何があるか分からないから念のため持っておきな、って言われて仕方なく保管している。
「あとは自分でもう一度全部作りな」
「作りたくないです!」
「お前さんのことだから、かなり頭から抜けてるだろう? おさらいだねぇ」
「うっ」
確かによく覚えていないものが多い。
勉強だって、予習復習は大事。分かる。分かりたくないけど。
「早く覚えないと、間に合わなくなるねぇ」
「……何がですか?」
「あたしの寿命が、だよ」
唐突に思い出した。
出会ったとき、残り百年くらいだって言ってたことを。
師匠と出会ってから何年経った?
九十年以上経っているはずだ。
「えっ、師匠死んじゃうの?」
「この身体も限界に近いからねぇ」
何か手はないの?
寿命を伸ばす薬があったよね。何で使わないの?
「あたしにゃ、その系統の薬は効果ないからねぇ。魔女ってのは、お前さんたちエルフとは違い、人間の肉体なんだよ。それを魔女特有の方法で無理やり延命しているのさ」
「手はないんですか」
「あったら使ってるねぇ。でも、この身体で千年も生きたんだ。そろそろ休ませてやらないとねぇ」
永遠と思っていた師匠との付き合いにも、終わりがあることを知ってしまった。
私は……どうすればいいんだろう。
師匠がいなくなったら、私はどうなる?
エルフの寿命は分からないけど、村で一番年寄りが八百歳くらいとカヤから聞いた。
私は二百歳を超えたところで、それくらい生きるとすれば、まだ六百年もある。
……六百年か、長いね。
「それより、しっかりおさらいしときな」
「はい!」
そうだ。
師匠だって永遠にいるわけじゃない。ちゃんと覚えないと。
そして私も誰かに調合を教えて……教えて?
私が弟子を取るの?
え?
出来ないよ、そんなこと。
いや、そんな未来のことを考えても仕方ない。
まずは目先のことを頑張るんだ。
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そしてあっという間に月日は過ぎていった。
ここ最近、師匠は寝たきりになっていた。
「師匠、おかゆ作ってきました」
おかゆと言っても、お米ではなく麦がゆだ。
料理下手な私にも作れる、簡単なものだ。
味付けはシンプルに塩のみ。
私が部屋に入ってきたことを察知したのか、師匠がベッドから起き上がった。
「いつもすまないねぇ」
「師匠、それは言わない約束でしょ」
……こんなネタあったな。
どこで聞いたんだっけ?
「約束なんてしてないねぇ」
そうですよね。
私もした覚えはありません。
「で、おさらいはどこまで出来たかねぇ」
「全部の薬を十回以上作りました」
「出来は?」
「師匠には遠く及びません」
はぁ、と大きくため息をつかれてしまった。
事実を言っただけなのに……。
「いいかい、あたしの調合技術は、魔女の中では平凡だ。せめてあたしくらいの出来には、しておきな」
「えっ!? 師匠が平凡??」
「あたしは攻撃魔法が得意でねぇ。でも、それ以外がどうしても出来なくてねぇ。何とか及第点を取れた程度なのさ」
確かに師匠の攻撃魔法はすごかった。
私の大事なドラゴン君も、消し炭どころか跡形もなく消しちゃったし。すぐ作り直したけどね。
でも調合だって、私に比べればすごいと思う。
それが平凡?
え? 本当に?
「お前さんは植物系魔法の特化型だ。だからこそ、植物を素材とする調合とは相性がいい。実際一度採取した植物は、あとから全て自分で作れる。これは非常に大きなメリットだねぇ」
「そうですよね」
普通なら使った素材は、また取りに行かなきゃいけない。
でも私とカヤなら、一度採取した植物ならあとからいくらでも増やせるし、成長も早められる。
それでも調合をモノにするのに、これだけ時間がかかってしまった。
それは単に私の覚えが悪いだけなんだけどさ。
「だから、あたしがくたばるまでに、あたしより上手くなれ。何度も何度も作れ。いいかい?」
「わかりました。でもくたばるなんて言っちゃだめです!」
「そればっかりは、どうにもならないねぇ」
そして、師匠はまた眠りについた。
師匠のそばには、以前渡した光るオーブが、点滅していた。
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それから、さらにまた時間が少し経過した。
師匠の言う通り、何度も何度も作り直した。
作るのが怖い、なんて言ってられない。
何としてでも、師匠に合格をもらうのだ。
それが、たぶん私から師匠へあげられる、最高の贈り物だと思う。
そして数日後、自分でも納得できる、師匠と同じくらいの薬を作り上げた。
寿命を伸ばす薬だ。
実は前から麦がゆの中に、今回作ったものよりは劣るけど、こっそり混ぜておいたんだよね。
少しでも長生きしてほしい、と思ってしまったんだけど、効果あったのかな。
「師匠、これでどうですか! 自分でも納得できる薬です!」
そう喜び勇んで師匠の部屋へ入ると、そこには誰もいなかった。
あれ?
おトイレかな?
「師匠ー?」
家じゅうを探したけど、師匠が見つからなかった。
どこへ行ったの?
……あれ?
そして見つけてしまった。
ベッドの上に手紙が一通と、点滅を終えて静かに眠っているオーブだった。
……え?
おそるおそる、手紙を開封して中を読んだ。
そこには……。
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一晩だけ泣いた。エルフに転生して、生まれて初めて泣いた。
そのあと、簡単だけどお墓を作り、残されたオーブを丁寧に埋めた。
これは大木たちにも、カヤにも任せていない。私が頑張って掘って、作った。
弟子として、最後のご奉公だ。
(アリエス、これからどうする?)
「師匠の遺言通りに、町で一人暮らしするよ」
(町って、サルトリオ?)
「ううん、サルトリオから少し離れたところにある、アルボスっていう町」
サルトリオはサルトリオ辺境伯っていう貴族が治めている町だ。
しかしアルボスはアルボス侯爵っていう貴族が治めていて、さらに近くには迷宮があるんだって。
迷宮ってあれでしょ?
ダンジョン。
有名なRPGゲームなら、大抵登場するダンジョンだ。
(なんでそこに?)
「師匠が言うには、サルトリオよりもアルボスのほうが薬の需要が高いんだって。冒険者とかがたくさんいて、常に薬を必要としてるらしいよ」
(へぇ、儲かるの?)
「私としては、サルトリオがいいんだけどね。だってあそこなら顔パスだし。でもさすがに遺言くらいはちゃんと叶えておかないとね」
ほんと。
師匠ってば面倒くさいことを書きやがって。
(ところで、大木たちとリツはどうするの?)
「暫くここでお留守番してもらおうかな。この家を守ってもらわないとだめだからね」
(え? 町へ行くんだよね? 護衛は大丈夫?)
「ふふふ、我々にはドラゴンがいる!」
(魔女の魔法一発で消えちゃったけどね)
「あれは師匠が凄すぎるのであって、ドラゴンだって弱くないもん!」
私が調合の練習をしている間、カヤにはしっかりドラゴンを操る練習をしてもらっていたのだ。
なお私は未だにカヤへごはんを渡して、つまみ食いしてもらってからでないと、調合が出来ません。
ここも、いつか私一人で出来るようにならないとね。
そう考えると、まだまだ半人前だ。
師匠に並んだと思うくらいの薬は、寿命を伸ばす薬、これ一つだけ。
それ以外は、未だに師匠には及ばない。
本当なら、せめて自分が師匠に追いつけたと思うまで、この家で暮らしたかったんだけどね。
これは、魔女の弟子だったぽんこつの私が、未だ師匠を超えられていない調合技術で作った薬をもとに、植物の精霊カヤと生きていくお話である。
ここで一章終わりです。
次は町編なんですが、町編の終わりしか考えてなくて、序盤~中盤を今から考えますので
予約投稿に間に合わないかも……。
がんばります!




