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十一話



「そろそろ買い出し必要かな?」


 既に師匠の弟子となって五十年が経った。

 師匠は相変わらず家にあまりいることがない。


 大木たちも十本から増えていないし、リツ君もあれ以降大きくはなっていない。

 大きくすることはできるけど、必要がないからあのままなんだって。


 私も調合について、半分以上をマスターした。

 五十年経ってまだ半分ちょっと?

 もちろん理由はある。単に薬の効果が怖いからだ。


 だって、様々な呪いの薬や感情を消し去る薬、永眠する薬とかがあるんだよ。

 そんな薬、怖くて作れない!


 でも師匠からは、全く作れないのと、作れるが作らないのとでは雲泥の差があるから、作れと命令されている。

 知識だけではなく、実際に作って初めてその怖さが分かるんだって。

 何となく理屈では分かるけど、やっぱりねぇ……。



 ま、買い出しと、お金稼ぎしに町まで行きますか。


「ゼックス、ズィーベン、アハト、町へ行くから護衛よろしく」

(姉御、いってらっしゃい!)

 

 リツ君たちに見送られながら、三本のミニ大木たちと町まで向かった。

 彼らは力持ちであり、持久力も長年マラソンをしている私よりずっと多い。

 簡単に言えば、運んでもらってます。

 らくちんらくちん。

 そして一時間ほどで町に到着した。


 門番に軽く挨拶し、普通に町中へと入っていく。

 最初はミニ大木たちに驚かれたけど、今では慣れたものです。


 まずは薬剤ギルドへ。


 いつものように傷薬、鎮痛剤、体力回復薬の三セット、それぞれ壺十個ずつ売った。

 師匠に譲ってもらった、おおよそ二十立方メートルほどの空間が内部に広がっている魔法の鞄、これに全部入っているのだ。

 これ便利なんだよね。

 でも定期的に中を確認しておかないと、いらないものまで、どんどん入れてごみ袋になるけど。


「アリエス様、いつもご苦労様です」

「ギルド長、今回もよろしくお願いします」


 ギルド長は、私が初めて来たときから三代目になっている。

 五十年って長いよね。

 代替わりしたときに、長命種族だって実感が湧いたなぁ。

 それまではカヤも師匠も、大木たちも全く姿が変わらなかったから、実感が湧かなかったんだよね。


「今回もいつも通りでよろしいですか?」

「はい、いつも通り二か月分の食材をお願いします。全くいつになったら師匠も落ち着くんでしょうね」

「魔女様もお忙しいですね、おい!」


 壺運びのプロたちが、見事なまでに運んでいく。

 そして三十分後には、食材を運んできてくれた。


 今日の売り上げもいつも通りだ。

 金貨二枚。

 五十年前に比べると買取価格がちょっと上がっている。ゆるやかなインフレが起こっているんだろうね。

 昔はお金の価値も全く分からなかったけど、今なら把握している。

 金貨一枚で、だいたい百万円くらいだ。

 凄いよね、壺三十個で二百万円だから。

 魔女の薬というのもあるだろうし、実際一般流通している薬よりも効果は高いからね。


「それでアリエス様、傷薬なのですが、一瞬で治るようなものはございますか?」


 この世界には死以外の、ありとあらゆるものを治療することができるエリクサーというものが存在する。

 でもこれは私どころか師匠だって作れない。

 錬金術のカテゴリだからだ。


「それは錬金術で作られるものですから、師匠も私も作れませんね」

「そうですか、残念です……」


 実は似たような効果を持つ魔女の薬も存在する。

 でもそれは一般に売ることは禁止されていて、もし破れば名付きの魔女が罰を与えに来るのだ。

 更に魔女の薬らしくデメリットもある。強力な薬だからこそ、副作用も大きくなるのだ。


 あと名付きの魔女というのは、まず魔女は全世界に百人ほどいるけど、そのうち特に力を持った七名が名付きと呼ばれている……らしい。

 名付きの魔女なんて、うちの師匠くらいしか会ったことないですし。

 そうなのだ。

 うちの師匠にも、”火あぶり”という物騒な名前がついている。

 確かに師匠って昔、炎の玉を十数個、一瞬で作ったことがあったもんね。

 たぶん火系の魔法が得意なんだろう。


 それと師匠の口からたまに出る、歌詠みの魔女、という人もいるらしい。

 こちらは会ったことすらないけどね。


 まあ禁制の薬を流通させると、師匠のような怖い魔女が罰を与えに来るんだよ。

 怖くて作れない。



 さて、ギルドを出た私は、町中を散策する。

 

「アリエスさん、こんにちはー」

「アリエスお姉ちゃん! こんにちは!!」

「みなさん、こんにちは」

 

 割と声をかけられるようになりました。

 何といっても彼らが子ども、どころかその親、祖父母の世代からミニ大木たちを引き連れてるもんね。

 ある意味、この町の有名人だ。


 また私の姿が女の子どもというのも、割と気安く接してくれる一因にもなってると思う。

 そこ、成長してないって言うな。

 私はエルフだから成長が遅いってのは分かるけど、もう百七十歳よ?

 いつになったら、もっと大きくなるのかな。


 話は変わるが、エルフは結構狙われる。

 森から滅多に出てこない種族だし、何より美男美女が多いから、格好の餌に見えるんだろうね。

 師匠に連れられて、初めてここを訪れたときの、様々な人からの視線。

 怖かった。

 

 その後、師匠抜きで町を訪れるようになってから、何回も攫われそうになった。

 もちろんミニ大木たちがいたから、あっさり撃退したけどね。

 今ではもう狙われることもほぼなくなったけど、本当に最初の数年間は怖かったよ。

 危機感を持てって、出会った時から師匠は口を酸っぱくして言ってたけど、実際狙われると嫌でも理解した。

 前世の日本や引きこもっていたエルフの村は、とても安全だということに。


 あー、いやだいやだ。


 でも生きていくためには、どうしても町を訪れなければならない。

 衣類や様々な食材、調理器具に家具などは植物魔法では作ることができない。

 果物だけを延々食べて、裸族になる覚悟があるならいいんだけどさ。


(暗い顔をしているよ)


 あ、ごめんカヤ。


 すでにカヤとは言葉を発さなくても、会話することが出来る。

 カヤは師匠としばらく魔法の練習をしていたけど、それ以降やけに攻撃的な魔法が上手くなった。

 とはいっても、基本はツタなんだけどね。

 それでもツタ自身を強化させたり、槍や盾に変化させたり、タネをマシンガンのように撃ち出したりしている。


 擬人化っぽくドラゴンとかにツタを変化させるってことできないのかな。

 やはり最強といえば、ゲームでも定番のドラゴン。

 見た目強そうだからね。


(見た目だけなら作れると思うよ)


 ほんと!?

 かっこいいし、護衛に向いてそうだから、帰ったら試そうよ!

 あ、君たちがクビってわけじゃないから、安心してね。

 そんなに落ちこまないでー。


 悲しむミニ大木たちを励ました。


============================================================


 帰宅して、ミニ大木たちをリツ君の周りに戻して、庭の広い場所へと移動した。

 なお、師匠は不在だ。


 カヤ、さっそくドラゴン作ろうよ!

(えっと、アリエスがイメージしてるのって、こんな感じ?)


 東洋のドラゴンが出てきた。

 わぁ、かっこいい!

 ボールにモンスターを入れて、目が合ったら強制的に対戦する、どこかのゲームに出てくるようなドラゴンだ。


 いいねいいね!

 他にもできる?


(これはどう?)


 今度はデフォルメされているようなドラゴンだ。

 これは可愛い。

 でも可愛すぎて護衛向きじゃないかな。護衛は見た目怖いほうがいいんだよね。


(怖いのがいいの? これでどう?)


 なんとなく身体から力が抜けていく感覚がした。これ、結構ごはん力使ってるね。


 そうしてできたのは、二本足で立っている、二枚の羽が付いたドラゴンだ。

 両手や尻尾もついてるし、鋭い爪もある。

 これは……かっこいい!


 でも色は緑、草っぽいね。


(じゃあこれで決定だね!)

 完璧! かっこいい! さすがカヤ!

 でも見た目だけかな?


(一応かなり硬くは作ってるよ。アリエスのごはんをかなり使ったからね)


 なら今度からこれ連れていこうね!

 ミニ大木たちも、もちろん連れていくよ!




「……なんだい、これは?」

「師匠! お帰りなさい」


 そこへ師匠が空から帰ってきた。久しぶりに会った気がする。

 でもちょっと疲れてる様子です。

 仕方ない、かっこいいドラゴンを見せて元気になってもらおう。


「かっこいいでしょ! 今度から私の護衛役にしました!」

「ああ、そうかい……ふぅ」

「お疲れですね。お風呂でも沸かしましょうか?」


 もちろん私が、ではなく、大木たちにお願いするんだけどね。

 私に力仕事を求めること自体、間違っている。


「誰のせいだと……いや、なんでもないねぇ。で、これを護衛に連れていくと?」

「はい!」

「役に立つのかねぇ」

「単なる威嚇です。見た目強そうですから、いるだけでも十分ですよ。実際の護衛はミニ大木たちがいますからね」


 非常に胡散臭そうな目つきで、師匠がドラゴンを眺めた。

 すると、師匠の目が一点を集中しはじめた。何かを模索しているような、そのような雰囲気だ。

 そして数分後、不意に師匠が変なことを言い出した。


「こいつ、燃やしていいかねぇ」

「だ、だめに決まってます!」


 なんてことを言うんですか!

 燃やすってなんですか!!

 燃えるごみの日じゃないんですから、ダメに決まってます!


「どうせ、また作れるんだよねぇ。ならいいじゃないか」


 そりゃ作れますけど、それとこれとは別です!


(万が一壊された時に備えて、もう一度作り直す練習はいると思うよ)


 むー、と怒っている私を、どうどうと宥めてくるカヤ。

 確かにそれはそうだけどさ……。

 でもでも!

 

(それに、魔女の魔法にどこまで耐えられるのか、耐久テストもできるよ)


 植物と炎って相性悪くない?

 でも、炎の魔法というのはわりとポピュラーだ。

 師匠の魔法に少しでも耐えられたなら、駆け出しどころか中堅くらいの魔法使いなんて目じゃないとは思う。


 万が一の時、盾として使うこともありえる。

 なら耐久テストは必要……なんだけど、何となくもやもやする。


 せっかく作ったのに……。


「はぁ……分かりました。いいですよ。耐久テストと思うことにしました」

「いい子だねぇ」


 師匠がものすごく、見事なまでの悪い顔になった。

 悪だくみする魔女、そのものである。

 こっわ。


「じゃあちょいとやっちまうから、離れな」


 その言葉に一瞬、嫌な予感を覚えた。

 慌ててその場から数メートル……どころではなく数十メートル離れる。

 師匠は火あぶりと名を持つほどの魔女だ。

 火力だけでなく魔法の制御は完璧で、やろうと思えば周囲に一切その影響を及ぼさず、一点のみ破壊することも可能だ。

 その師匠が、離れな、と注意を促したということは……。


「ほれ」


 いったいどんな強力な魔法を使うつもりなんだろう、と身構えていたところ、気軽な掛け声と共に指先から小さな飴玉サイズの炎を作りだした。

 その飴玉がまっすぐドラゴンへと向かって飛んでいく。


 ……あれ?

 ちっちゃくない?


(!? 身構えて!!)


 一瞬拍子抜けしたものの、カヤの警告が飛んできて反射的に地面へと伏せた。

 次の瞬間。

 ドラゴンに着地した飴玉が、体内へ吸い込まれるように消えると同時に、とてつもない熱風が周囲へと吹き荒れた。


 唖然と見る私。

 緑色のドラゴンが一瞬で、蒸発するかのように消えていく。

 ドラゴンのいた周囲、半径一メートルほどの地面がぐつぐつと、マグマのように変化している。


 え? なにこれ?


 地面が溶解するほどの熱って、いったいどれくらいの温度なんだろう。

 しかもその影響を半径一メートル内に抑えている。

 改めて、師匠って化け物だ。


 数分後、ようやく熱風の影響が収まった。

 ただマグマはそのままだけど。


 師匠はそのマグマのすぐそばまで歩いて行き、そしていつの間にかそこに落ちていた、光る水晶のようなものを拾った。

 熱を全く感じていないようだ。


「ふぅ……久しぶりに使ったねぇ」

「な、ななななんて危ない魔法を使うんですかっ!!」

「あーうるさいねぇ。でもおかげでようやく見つけたよ。でかした、アリエス」


 私の怒りを完全スルーである。

 なんだこいつ!

 荒くしていた息を押さえつけ、そして師匠が拾った水晶を見てみる。


 なんだろそれ。


 ……ん? あれ?


 何か記憶に引っかかった。

 そういえば師匠と初めて出会ったとき、光るオーブがどうのこうのと言っていたような。


「なんですかそれ?」

「ああ、これかい? オーブさ」

「大事なものなんですか?」

「そうだねぇ。大事なものだねぇ」


 両手で愛おしそうに撫でながら、師匠は嬉しそうに答えてくれた。

 光る水晶玉を持つ魔女。うーん、占い師だ。


「その大事なものが、どうして私のドラゴンを溶かしたら出てくるんですか」

「さてねぇ……自分で考えな」


 あーもうっ! この師匠は!

 なんで肝心なことを秘密にするのか。

 秘密主義にもほどがある。

 まるで熟練の職人みたいに、技は見て盗め、という感じだ。


 そんな師匠は、さっさと家へと戻っていく。

 もうっ! もうっ!


「ああそうだ。出かける用事は済んだからねぇ。明日から調合を徹底的に教えるねぇ」


 家に入る手前で唐突に振り返り、私に残酷な言葉を吐いた。

 調合を徹底的?


「徹底的にですか?」

「そうだ。お前さん、まだ半分程度しか覚えてないだろう? 全て作れるようになるまで、徹底的に、だねぇ」


 うっ、確かに半分ちょっとしか、まだ作れない。

 怖いんだよね、作るの。

 

「そろそろ全部作れるようになってもらわないと、間に合わないからねぇ」

「何に間に合わないんですか?」


 私の問いには何も答えず、師匠は家へと入っていった。



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