十話
師匠が言っていた調合の基本は本当に基本だった。
鎮痛剤。大量にある調合の中のたった一つ。その一つがきつかった。
カヤのおかげで、私はごはんを細かく区切ることが出来たけど、それはまさに序盤だった。
そして私のやることは……。
実はあまりなかった。
だってね、ごはんの性質やら大きさ、純度は全てカヤ側でやるべきことであり、私はせっせと調合の素材をごりごりすることだけなんだもん。
いわば力作業。
もちろん力がないことに定評のあるアリエスちゃんだ。
ミニ大木たちのサポートがないと、それすらまともに出来ない。
ぽんこつすぎるよ。
「うむ、さすが精霊だねぇ。これほど繊細な魔力制御ができるとは、文句なしだねぇ」
(えへへー、それほどでもー)
師匠はカヤの声も姿も見えないはずなのに、何故か和気あいあいとしてらっしゃる。
私はカヤの外。
カヤだけに……。
いいもん。私にはミニ大木がいるから!
こうして試行錯誤しながら素材を作り、そして……。
「ま、及第点だねぇ」
やっと師匠から鎮痛剤の及第点がいただけた。
苦節十年。
すりこぎ棒を動かす、ほんのわずかなブレ、混じりなどを何度も何度も指摘され、涙を流すこと……は無かったか。
これら同じ作業を、まるでロボットのように繰り返した。
雨の日も晴れの日も……ああ、細かいことはいいって?
隣で師匠とカヤが、何やら魔法の練習をしているのを横目で見ながらの、十年だった。
まあそんなことはともかく、ようやく晴れて鎮痛剤を作ることに成功したのだ。
やった!
「調子に乗るんじゃないよ。ようやく、これで一つ目だからね。これより遥かに難易度の高い薬も何十個とあるからねぇ」
わ、分かってます!
でもこれで、やっと長老との約束を守ることができるんだ。
(お前さん誰だっけ? だってさ)
おい!!
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師匠にようやく及第点をもらえた鎮痛剤片手に、うっきうきで長老の元まで出向いたら、忘れられていた件について。
あれから十年ですし。忘れられても仕方ないとは思うけどさー。
なんだよこいつ。
(おお、おお、思い出した……と思う、だって。ねぇアリエス、帰ってもいいんじゃない?)
私もそう思う。
でもせっかく作ったんだよね。
それに約束は約束。本人はすっかり忘れてるけどさ。
「で、どこが痛いんですか? 生憎と腰がどの辺なのか、分からないので」
(おお、そうじゃそうじゃ。そういえば腰痛を緩和してくれと誰かに伝えたのう、だって。大丈夫かな、このお爺ちゃん)
「どうでもいいから、痛いところをさっさと教えて。穴あけるよ?」
(ひぃぃ!? え、えっとのう、根元辺りじゃの)
どうやら木の根元が痛いらしい。
鎮痛剤はクリーム状なので、そのまま手のひらにとって、根元に塗りこんでいく。
しかし、いくら魔女の薬だからといって、木に効くものなのかな?
でも私の心配は杞憂に終わった。
(おお!? 痛みがきれいさっぱりなくなったのう)
え? ほんとに?
魔女の薬、すっご。
(このお爺ちゃん、ちょっと木をやめてない?)
人間やめちゃった、みたいに言わないで。
まあでも、会話できる樹齢数千年の木だから、ある意味普通の木じゃないことは確かだけどね。
そのときだ。
私の足元に、小さな葉っぱのついた若木が生えてきた。
なんだろこれ?
(それは儂の子だ、礼に持っていくがいい。だってさ)
子供?
木って足元に種をばらまいて数を増やしていくんだけど、たまに鳥や風に乗って遠くまで運んでもらうようなタイプもある。
私が鳥の代わりってことかな?
(子を産んだので疲れたから寝る、だって)
自由だな、この長老。
まあいいや。どうせ家には大木が十本もいるんだ。そこへ若木が増えたところで大差はないと思う。
新人いびりしないよう、大木たちには注意しておかなきゃね。
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私が長老の子供……若木を持って家に帰ると、大木たちが何故か拝み始めた。
あの……木なのに腰を曲げて拝んでるんですが。
どういう構造しているのか、解剖してみたい。
それはそれとして、拝んでるくらいだし新人いびりはなさそうだね。
じゃあどこに植えようかな。
私が植える場所を探しているのが分かったのか、畑のど真ん中を開けてくれた。
一番いい場所らしい。
ではそこに植えて……。
そこで拝まれると邪魔なんですけど。
君ら、歩けるよね? 畑にいなくてもいいよね?
散った散った。
(畑は家、家へ帰るのになんの不都合があるのか。だって)
あー、そうですか。
そうして若木を植えてから三日後。
私は次の課題、異世界の薬といえば定番中の定番、傷薬を練習していたときだった。
「お前さん、また変なものを持ち込んだねぇ」
「え? 変なものって?」
外出から師匠が戻ってきた早々に、苦い顔をしながら、それでいて驚くのを諦めたような口調で言われた。
何かあっただろうか?
うーんうーん。
そういえば長老の子を畑に植えたんだっけ。
若木を植えてから数日、家に閉じこもって調合ばかりやってたから、外に出てないんだよね。
引きこもり、ここに極まる。
「本当なら、捨ててきなと言いたいんだが……これも歌詠みの予言内かねぇ」
やれやれ、といった感じで師匠は部屋に戻っていった。
歌詠みさんって、どこのどちら様?
最近外出が多くなったけど、その人のところへ行っているのかな。
師匠は魔女だし、他の魔女とのコミュニケーションも必要なんだろうか。
きっと、うぇーい、とか叫びならお酒飲んでいるんだろうね。
まあ、それはそれとして、若木の様子でも見てくるか。
「なにこれ……」
忘れてた。
大木たちだって、一日で大きくなったのだ。若木だって大きくなるかもしれないってことに。
大きくなるだけならまだいい。
でもさ、怪しい宗教みたく、成長した若木の周りを大木たちが囲って静かに崇め立てているのは、さすがにちょっと怖い。
確かにこれじゃ、師匠も何か言いたくなるだろうね。
「君たち怪しすぎるから、やめなさい!」
(姉御じゃないですか!)
そう叫んだときだ。
頭にカヤではない、別の声が響いた。
「え? だれ?」
(あっしです! 若木です!)
三日前に植えたばかりの若木。当初は二十センチくらいだったのが、今では五十センチほどまで成長している。
葉っぱは一枚しかついてないけど。
そんな若木を見下ろし、つんっと突っついてみる。
(や、やめてください姉御!)
……え?
本当にこれが話してるの?
「えぇ……不思議すぎる」
(長老の子だし、変なのは仕方ないよね)
すっごく納得した。
木のくせに腰痛持ちだからね。
しかもたった十年で私を忘れるとは、けしからんやつです。
(あっしは親父の記憶を引き継いでいやすからね。で、親父が何かやらかしましたか? いっちょあっしがぶん殴ってきやすぜ!)
しゅっしゅ、とボクシングのポーズを取る若木。
師匠、あなたの言葉は正しかった。確かに変なものだ、これ。
(ところで姉御)
「……どうしたの?」
(あっし、名前が欲しいんですが。何かかっこいいのをください!)
「名前?」
木のくせに名前とは!
でもしゃべるんだから、名前くらいはいるかな?
「カヤ、名前っている?」
(僕だってカヤノヒメって名前あるし、ないなら不便じゃない?)
確かに不便か。
若木くんでもいいんだけど……。
でもさ、若木くんに名前つけたら、さっきからちらちらとこっち見てる大木たちにも、付けてあげないと不公平だよね。
ただ大木は、誰が誰だかわかんない。見た目似てるんだもの。
彼らには名札を貼っておかないと、区別付かないね。
うーん。
若木くんの名前ねぇ。
若い木……ヤングツリー?
ヤンでいいか。
「ヤン君でいい?」
(もう一ひねりおねがいしやす姉御!)
ヤン・ウェン……だめだ、この名前はダメだ。
えーっと、何がいいかな。
面倒くさくなってきた。
逆さから読んで、リツ君でいいや。
「ではリツ君」
(むむっ、それは良さそうですね! さすが姉御!)
ヤン君はダメでリツ君は良いのか。
木の感性なんて分かんないや。
若木……リツ君に名前をつけた瞬間、大木たちから圧を感じた。
はいはい。
十人もいるし面倒くさいから、アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア……でいいかな?
ドイツ語で一、二、三……だね。
名札ってどこかにあったっけ。
紙に名前書いて、持っててもらえばいいか。
全員に名前をつけると、何か喜んでもらえた。
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ここから時間は流れる。
若木君改めリツ君が、いつの間にか他の大木たちと同じくらいまで育った。
そして傷薬と体力回復薬も作れるようになり、師匠が作っていた薬を引き継いだ。
そう、私の作った薬を売るようになったのです。
でも、いい加減師匠抜きで町に行けと言われました。
しかし一人じゃ無理です。
だから、ミニ大木を護衛に連れていきました。隠れられる人……人じゃないけど、それがいれば大丈夫だった。
順調な流れだったけど、これから更に難易度があがる。
魔女の薬は一般的に流通しているのが、傷薬、鎮痛剤、体力回復薬の三つのみ。
それ以外は、基本的に世の中には出さないんだって。
前にちらっと見た寿命を伸ばす薬は、やばそうだったからね。
他にも似たような薬がある。
これらの薬は、三つの薬に比べてはるかに難易度が高い。
逆に言えば世に非公開の薬、これらを練習するところからが、本番になるのだ。




