影結晶と、封印の呼び声
祭壇の中央に埋め込まれた黒い結晶──それはまるで、何かの“眼”のように俺たちを見下ろしていた。
「……ただの鉱石じゃない」
ティナがぽつりとつぶやく。短剣を構えたまま、一歩も前に出ようとしない。
俺も直感で理解していた。
この結晶から発せられているのは、“魔力”ではない。もっと根源的な──“意志”だった。
《スキル保管:起動》
《対象解析──禁呪構造物:封印型》《警告:解析継続は精神汚染の危険性あり》
(精神汚染……? まさか、これが“喰らう影”の正体か)
俺は結晶から目を逸らすと、ゆっくりとティナに声をかける。
「ティナ、あれに触れるな。封印されてる。おそらく、かつて何かが……この地下に閉じ込められていた」
「魔物……じゃないの?」
「違う。これは“呪い”に近い。存在自体が毒みたいなものだ」
ティナの耳がぴくりと動いた。その瞬間、背後の暗闇がざわめく。
「来るぞ!」
四方から、這い寄る影。先ほどのシェイドクラブとは異なる、黒煙のような実体を持たない魔物が三体──いや、五体以上。すり抜けるように壁から現れた。
《対応演算──発動》
《魔物種別:影喰い》《特徴:物理無効/魔力探知/視覚なし》
(実体を持たない。通常攻撃は通らない。だが──)
「ティナ、あの結晶の波動が奴らの“核”だ。あそこに魔力をぶつける!」
「わかった、クロウお兄さん!」
ティナが短剣を逆手に構え、炎の奔流を纏わせる。
俺はその後ろから、《スキル進化》で構築した魔力圧縮弾を放つ。
二つの光が交差し、結晶へとぶつかった瞬間──
ズン、と空間そのものが震えた。
結晶にひびが入り、周囲の影たちが苦しむようにのたうち回り、次第に霧散していく。
……だが、終わりではなかった。
結晶のひびから、低く、濁った“声”が聞こえた。
『目覚メノ刻……近シ……』
「クロウお兄さん、今……誰か、喋った?」
「聞こえた。……だが、これは俺たちへのメッセージじゃない」
そう──これは、ずっと以前に敗れた“何か”が、今もなお眠り続けている証。
俺たちはその蓋を、ほんの少しだけ開けてしまった。
* * *
地上に戻った俺たちは、受付へと依頼の報告を済ませた。
だが、依頼の内容は予想を超えており、「討伐成功」とは扱われなかった。
「……でも、命があっただけで十分です」
「またお願いするかもしれません。そのときは……よろしくお願いします」
受付嬢が深く頭を下げた。
「クロウお兄さん、あの結晶……今も残ってるんだよね?」
「ああ。次、誰かが触れれば──もっと大きな何かが目覚めるかもしれない」
ティナが短剣の柄を握りしめた。
「なら、その時も……私たちが戦おう」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
ギルド《リビルド》の戦いは、まだ始まったばかりだ。