地下迷宮と、喰らう影
バルトラムの貧民街──街の片隅にひっそりと口を開ける古井戸のような穴。それが、今回の依頼現場だった。
「ここが……魔物が出たっていう地下?」
「昔の防空壕跡らしい。地下通路が入り組んでて、誰も調べきれてないとか」
石段を下りると、空気が変わった。冷たい、湿った風。まるで“何か”が蠢くのを予感させる。
「気をつけろ。こういう場所は、“気配の薄い敵”が出る」
「うん。……でも、なんか変だよ、クロウお兄さん」
ティナが足を止め、壁に手を当てる。
「気配が……流れてる。空気の動きじゃなくて、“意識”の流れみたいな……」
その言葉に、俺の中で《対応演算》が作動する。
《地下構造──不規則/有機的変化》
《推定:自然洞窟ではない》《魔物巣化の兆候》
「……やっぱり、ここはただの地下じゃない。何かが、巣を作ってる」
その時、背後で石が転がる音がした。
「来るぞ、ティナ!」
影の中から現れたのは、四足歩行の甲殻獣──《シェイドクラブ》。
殻に覆われ、視覚も聴覚も持たず、獲物の“気配”だけを喰らう魔物だ。
「こいつ……目がないのに、こっちを狙ってる!」
ティナが回避しつつ短剣を構える。だが、魔物は彼女の動きを読んだかのように攻撃を繰り出してきた。
(まさか……“気配”だけを頼りに、行動予測してるのか?)
俺はすかさずスキルを展開する。
《スキル発動──気配遮断・構造偽装》
《解析完了──シェイドクラブ:気配特化型、知能低》
《対策提案──囮の気配を発生させ、背面を取る》
「ティナ、俺が囮を出す! その隙に弱点を突け!」
「わかった、クロウお兄さん!」
俺が魔力で作った“偽の気配”を壁際に放つと、魔物がそちらに跳ねた。その瞬間──
ティナの短剣が、炎の軌跡を描いて背中の接合部を切り裂いた。
ジュッ、と焼けた肉の匂いが地下に漂い、魔物は断末魔の声もなく崩れ落ちた。
「……やった……」
息をつくティナの肩が小さく震えていた。だが、その目は確かに強くなっている。
「これが……進化した私の戦い方」
「ああ。ひとつずつ、確かめていこう。俺たちの“答え”を」
* * *
その奥にあったのは、崩れかけた祭壇と黒い結晶。そこには、うごめく影が一体──いや、“胎動する何か”の気配があった。
「クロウお兄さん……あれ、なに?」
「……わからない。だが、“ただの依頼”じゃ済まなそうだな」
ギルド《リビルド》の初仕事は、始まったばかり。
だがそれは、想像よりも深く、異質な闇の入口だった。