壊れた塔と、スキルの欠片
「クロウお兄さん、こっち!」
瓦礫と砂埃の中を駆けながら、ティナが振り返る。旧塔の崩落は止まり、残ったのは捻じれた金属の骨と、崩れた石材の山だった。
だがその中央には、ひとつだけ異質なものがあった。
──黒い、スキルの結晶。
「スキル……ストーン?」
俺が呟くと、ティナもその場で立ち止まり、こくりと頷いた。
「だけど、ただのスキルじゃない。さっきの……“変な感覚”、あれと同じ匂いがする」
俺は慎重に結晶に近づいた。石は拳大、触れれば砕けそうなほどに繊細だが、中心には、幾何学的な魔法陣のような光が脈打っていた。
思い出す。塔の崩壊の直前、時間が止まったように感じたあの瞬間──ティナの声と、あの黒い手が世界を巻き戻したような現象。
そして俺の中で確かに“何か”がはじけた。
「これは……《スキルの核片》かもしれない」
「知ってるの?」
「ああ。ギルドでも噂程度だが……“本来存在しないスキル”が誕生する時にだけ現れる、欠片のようなものだって」
俺は静かにその欠片を手に取った。
すると、視界が一瞬、白く染まる。
──《スキル進化判定を開始します》
脳裏に響く、無機質な声。
まるで神のような、冷たい機械のような。
目を開けると、そこは砂漠の塔ではなかった。
深い深い闇の中、いくつもの“可能性の光”が浮かんでいた。
その中心に、俺の《基礎剣技》《戦術眼》《逆境耐性》といった、今までのスキルが球体のように揺れていた。
そして、その最奥。
一際、色の違う光が脈動していた。
──《因果律干渉》
名も知らない。だが俺は確かに、あの時“起こり得なかった死”を回避した。スキルではなく、偶然でもない。あれは──
未来の「書き換え」だった。
「クロウお兄さん!」
再び現実の音が戻ってくる。ティナが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ごめん、ちょっと眩暈が……」
「さっきの結晶が溶けて、クロウお兄さんに吸い込まれたの。何か変じゃない?」
俺は目を閉じ、ステータスウィンドウを呼び出す。
──新たなスキルが、一つだけ、追加されていた。
◆《確率干渉(Low Probability Shift)》
・低確率事象の実現を引き寄せるスキル。発動時、一度だけ「本来起きないはずの現象」が発生する可能性を上昇させる。
「ティナ」
「……うん?」
「もしかしたら俺、ヤバいスキルを拾っちまったかもしれない」
「また、滅茶苦茶なの?」
「たぶん、もっとだ」
気付けば、ティナも笑っていた。
「でも、クロウお兄さんの“滅茶苦茶”って、なんか安心するよ」
崩壊した塔を背に、俺たちは再び歩き出した。
まだ形すらないギルド《リビルド》。
だが、塔の欠片が教えてくれた。──未来は、書き換えられる。