ふたりの秘密
その日の午後、ひなたと佐藤は帰り道に一緒に歩いていた。今日もまた、相談室の話をしていたが、話題が一段落すると、ふと静かな空気が二人の間に流れた。
外は少し雲行きが怪しく、にわかに風が強くなり始めた。ひなたは手に持っていた傘をさして、佐藤を見上げた。
「今日は雨が降りそうだね。傘、持ってる?」
「うん、さっき買ったよ」
佐藤はポケットからコンパクトな傘を取り出し、ひなたに見せた。その時、突如として空が割れ、ザーッと雨が降り始めた。
「わっ、すごい! でも、ちょっと遅かったか」
ひなたは急いで傘を差し出し、佐藤と一緒に建物の軒下に駆け込んだ。二人はその場で少し息を整え、しばらく雨がやむのを待つことにした。
「こういう時に、傘がないと困るよね」
「うん、でも、なんとか間に合ったね」
ひなたはふと佐藤を見上げると、その顔がいつもより少し近く感じた。雨音が大きくなる中で、二人だけの静かな空間が広がっているような気がした。
その時、ひなたは思わず口を開いた。
「ねえ、佐藤さん。もし、佐藤さんみたいな人が彼氏だったらよかったのに」
あまりにも自然に出た言葉だったが、自分でもその意味を深く考えないまま言ってしまった。
佐藤はその言葉に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「え、えっ? そんなこと言われても、僕は……」
「え? なんで?」
「いや、そんな冗談言われても、どう反応すればいいか……」
「冗談じゃないよ!」
ひなたは少し照れくさくなり、思わず顔をそらした。その時、心の中で少し後悔した。自分でも言い過ぎたのかもしれない、と思い始めていたからだ。
「ごめん、冗談だよ、ほんとに。なんか、急に思っただけでさ」
その瞬間、佐藤の表情がわずかに硬くなり、少し黙ってしまった。ひなたはそれを見て、自分が何かまずいことを言ってしまったのかと、不安になった。
「うーん……でも、ひなたの言うこと、ちょっと分かる気がする」
「え?」
ひなたが驚いて佐藤を見ると、佐藤は少し照れくさそうに顔を赤くしながら言った。
「だって、こうやって一緒に歩いていると、なんだか心が落ち着くんだよ。ひなたが、なんていうか、自然体でいるから……」
「そ、そう?」
ひなたは自分の心臓が少し早く打つのを感じた。それはまるで、自分の気持ちを言葉にされてしまったような、少し照れくさい感覚だった。
「うん、そうだよ。でも、あんまりそういうことを言うと、君が困るから、あまり言わないほうがいいね」
佐藤はしばらく沈黙を保った後、軽く頭をかきながら笑った。その笑顔が、ひなたにはなんだかとても優しく、心に残った。
「ありがとう、佐藤さん」
ひなたは少し照れくさくそう言うと、またふっと顔を上げた。雨が少し収まり、外の景色が少しずつはっきりと見えるようになった。空が明るくなる兆しを見せ始め、雨も徐々に小雨へと変わっていった。
「もう少し、ここで待っていた方がいいかな?」
ひなたが言うと、佐藤は軽く首を振りながら言った。
「うーん、そろそろ雨も収まりそうだし、行こうか。でも、今度は傘を二人で使ったほうがいいかもな」
「は?」
「いや、冗談だよ」
佐藤が笑いながら言うと、ひなたは再び顔を赤くして少しだけ笑った。
「そんなに冗談ばっかり言って、困るなあ」
「ごめん、つい」
ひなたは少しだけ笑顔を作り、再び傘を差し出した。その瞬間、ふたりの距離がわずかに縮まったような気がした。
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雨が完全に止み、空が晴れると、二人は歩きながら軽い会話を交わしながら帰路についた。ひなたの心の中には、少しだけドキドキする感覚が残った。あの言葉を言ってしまったことに少し後悔もあったけれど、同時にどこかホッとするような気持ちもあった。
「佐藤さんみたいな人が彼氏だったらよかったのに」
その言葉が、少しだけひなたの胸に残った。