恋って、どこからですか?
次の日、相談室に来たのは、またもやひなたの友人、ミキだった。
「また来たのか……」
「だって、なんか気になるんだもん。相談したいことあるし」
ひなたは早速、席を引いてミキを座らせる。
「何だ、また男子のことか?」
「……違うよ、今回はちょっと違う」
ミキは無表情で腕を組み、真剣な眼差しを向けた。
「最近、好きな人ができたんだけど、どうしても、その気持ちが好きなのか、ただの好感なのか、わかんない」
「それ、悩むな」
佐藤はしばらく黙って考え込む。
「でも、あんたも十分大人だろ? だったら自分の気持ちくらい、ちゃんとわかってるんじゃないのか?」
「いや、でもね、たまに思うんだよ。たとえば、あたしがその人のことをすごく気にかけてたり、なんかドキドキしてる自分がいたりした時、これって好きなのか、それとも単に好感の延長なのか、わかんなくなっちゃってさ」
「なるほど、なるほど。確かにその違いは……難しいな」
佐藤は軽く首をひねった。
「でも、俺が若いころもそういうのあったよ。自分で自分の気持ちをうまく理解できない時期って」
「……佐藤さん、若いころの恋の話なんてしたことなかったよね?」
ひなたが少し驚いた顔で言うと、佐藤は照れくさそうに笑った。
「まぁ、あまり話すこともなかったからな。恋愛経験って、結局は積み重ねていくものだし」
「だからこそ、やっぱり気になるんだよね」
ミキが少し前かがみになり、熱心に佐藤の顔を見つめる。
「佐藤さんって、どうだったの? 初恋の時って、どんな感じだったの?」
「初恋か……」
佐藤は少し目を伏せ、懐かしそうに言った。
「うーん、あれは確か、子供のころだったかな。小学校の頃、初めて好きっていう気持ちを持った相手がいて、その人と一緒に遊んだりして、なんだかドキドキしてたんだ。でも、その時は、好きなのか、ただの友達感覚なのかもよくわかってなかった。でも、それが好きだって気づいたのは、ある日、その子が他の男の子と仲良くしてるのを見た時だった」
「え、えぇ!? それって……めちゃくちゃ苦しい瞬間じゃん!」
ひなたが思わず声を上げると、ミキも目を見開いた。
「うん、確かに。でも、そうやって実感するんだよ。自分の気持ちを」
佐藤は少し恥ずかしそうに肩をすくめる。
「なんだろうな、最初は、これはなんだろう?って迷ってたけど、実際にその気持ちを感じてみないと、自分が好きなのかどうかはわからない。だから、あんまり無理に自分を判断しようとしなくてもいいんだよ」
「……そうなんだ」
ミキは少し納得した様子で頷いた。
「だから、無理に焦らずに、時間をかけてみたらいいんじゃないか? 気づいたら、『あ、これ、好きなんだな』って思える時が来るよ」
「うん、わかった。ありがとう、佐藤さん」
ミキがにっこり笑う。その笑顔は、どこか安心したように見えた。
「でも、佐藤さん。今まで全然恋の話とかしなかったけど、やっぱりちょっと意外だわ」
「意外?」
「だって、見た目からして恋愛とは無縁そうだったもん」
「……それって、どういう意味だよ?」
佐藤はちょっとムッとした顔をしたが、すぐに笑いながら言った。
「まぁ、確かに恋愛経験は少ないけどな。でも、だからこそ、他の人の気持ちには共感できる部分が多いんだと思うよ。悩んだり迷ったりしてる気持ち、すごくわかる」
「そうなんだ」
ひなたも真剣に佐藤の言葉を受け止める。
「やっぱり、経験してるからこそのアドバイスなんだね」
「うん、そうだな」
その時、ひなたが小さく笑った。
「でも、ちょっと佐藤さん、恋愛経験少ないっていうのも意外だったけど、まさかこんなに理論派だったとは思わなかった」
「は?」
「なんか、説明がすごく論理的でさ、まるで恋愛の教科書みたい」
「……そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしいな」
佐藤は顔を赤らめながら、うつむいた。すると、ひなたがふと、真剣な顔で言った。
「でも、佐藤さんが言うように、気持ちに正解はないってこと、なんだか納得できた。自分でもよくわからないこと、あったけど、なんか少し楽になったよ」
「それなら良かった」
佐藤は嬉しそうに微笑む。
その瞬間、ひなたはふと何かを思いついたように顔を輝かせた。
「じゃあ、次は佐藤さんの恋愛経験、もっと詳しく教えてよ!」
「いや、それはちょっと……」
「やっぱり、恋愛のお悩み相談も経験者の方が説得力あるし、今度は、佐藤さんの恋愛語録シリーズを作ろうよ! なんて」
「それだけは絶対やだ……!」