おっさん、TikTakデビュー(後編)
──昼休み、社内の休憩室。
「なあ佐藤、お前さ、昨日の夜なんかバズってなかった?」
いきなり声をかけてきたのは、同僚の小野田正志だった。
バツイチで恋愛経験豊富を自称するこの男、常に社内のゴシップやSNSトレンドに目を光らせている。
「えっ……なんで知って……?」
「いや、お前の声、思いっきり出てるんだもん。しかも、恋バナするおっさんってタグついてて、喋り方が完璧に佐藤。で、今日の朝から女子社員たちが、あの人、意外と良いこと言ってる〜って話してるわけよ」
「……うそだろ……」
佐藤は額を押さえた。冷や汗が背筋を伝って落ちていく。
「おいおい、こっそりバズってんじゃねーよ。で、なに? あの動画ってお前の娘が撮ってんの?」
「いや違う、女子高生だ……」
「……え?」
場の空気が一瞬、フリーズする。
小野田の顔が、目に見えて曇った。
「おい佐藤。マジで、女子高生相手に妙なことしてねぇよな?」
「してないってば!!」
「ほんとだな? 時代が時代だからな? 昭和の恋愛観とか語ってる場合じゃないぞ?」
「もうそれ言わないで……」
両肩をがっしり掴まれた佐藤は、社会の目の厳しさを実感していた。
それでも。
帰宅途中の電車の中、スマホでひなたからのメッセージを見ると、どこか心が和んだ。
【ひなた】
佐藤さん、再生数5000いきました!
明日は、恋に効くおっさん語録vol.2撮りましょう!
次は、既読無視された時の対処法です。
(……俺は何をしてるんだろう……)
苦笑しつつ、なぜか悪い気はしなかった。
翌朝、歩道橋。
「既読無視された時の対処法、本番いきまーす!」
「ちょ、まだ心の準備が……!」
「大丈夫です。前より自然になってますよ!」
横では、ミキがタピオカ片手に冷ややかな視線を送ってくる。
「てか、おっさんもう完全に相談室のメンバーになってるじゃん」
「それな〜」
「それなって……俺、まだ状況飲み込めてないんだけど……」
だが、そんな佐藤の戸惑いをよそに、ひなたはにこにこと笑った。
「でも、佐藤さんがいてくれると、やっぱ違います」
「……なにが?」
「説得力と安心感と、あと、お父さん味」
「それ、完全に俺の存在が、家庭的なスパイスになってるだけじゃない?」
「でも、私……こういう大人が身近にいてくれるの、わりと嬉しいです」
その言葉に、佐藤は口をつぐむ。
朝の光の中、ひなたの笑顔がまぶしかった。
そしてその日の午後。
「恋バナおじさん、テレビに出ないかって言われてるらしいぞ」
「……は?」
小野田の衝撃の一言に、佐藤は思わずお茶を吹いた。
「いや無理無理無理無理! 断る断る! 絶対に断る!」
「……なあ佐藤。お前、まさか本気で、ネットアイドルになろうとしてるんじゃないだろうな」
「なるわけあるか!!」
「でも、あの女子高生と毎朝相談室やってるって時点で、もうけっこう人生踏み外してない?」
「なんかもう……何も言い返せない自分が悲しいよ……」
けれど、その夜。
帰宅途中の佐藤の足取りは、なぜか軽かった。
歩道橋の上で交わされる、誰かの恋の悩み。
それに耳を傾け、まっすぐ応える自分。
ありえないような、でも確かに「今」起きているこの日常。
(まさか、こんな形で……俺が誰かの役に立つ日が来るとはな……)
少しだけ、誇らしかった。