出会いは歩道橋の上で(後編)
「……で、そっちが本番の相談者?」
佐藤が問いかけると、ひなたはうなずきながら歩道橋の階段を見やった。
そこに現れたのは、ピアスにショートボブ、制服のスカート丈がさらに短めの女子高生。スマホを見ながら登ってくるその姿には、どこか場馴れした空気があった。
「おまたせ〜。なんかヤバいの来てない? おっさんとか」
「来てます。ド本命が」
「は?」
唐突に指差された佐藤は、反射的に姿勢を正す。
「……えっと、はじめまして。佐藤といいます。財布を落として……それで……」
「あ、どーもっす」
軽く会釈するも、完全に、なんだこのおっさんという目を向けられている。
ひなたが慌てて間に入った。
「この人、うちの恋愛相談室の顧問です!」
「……は?」
「的確なアドバイス、恋愛偏差値42年分!」
「そんな単位ねーよ」
相談者であるミキ——川端美希は、肩をすくめつつベンチに腰を下ろした。
「で、聞いてくれるの? わたしの超めんどくさい恋バナ」
「もちろん!」
ひなたがノートを開き、佐藤は心の準備を整える。なんだかんだで乗せられている自分が情けないような、でもちょっと面白がっているような不思議な気持ちだった。
「……で、相談って?」
「うちのクラスの男子に、告白されて断ったんだけど。そしたら、そいつが、まだ友達でいたいって言ってくるわけ」
「うん」
「でも、そのあとでLI MEとか送ってくる内容が、完全に未練タラタラなのよ」
「……ほう」
「で、わたしも一回は好きだったから、あんま突き放せないじゃん?」
「……うん……うん?」
「でも、そいつが、待ってればチャンスある?とか言い始めたあたりで、正直、うざってなってきて」
「…………」
佐藤の表情が、だんだん濃いコーヒーのように苦くなっていく。
(……これが……今どきの女子高生の恋愛相談……)
「で、ひなたは、ちゃんとNOって言いなよって言うけど、そうすると可哀想じゃん? どうすんのがベストなの?」
佐藤は思わずうなった。
ミキの目は真剣だった。話し方こそ軽いが、悩んでいるのは本当らしい。
「……たぶん、その男子にとっては……まだ友達でいたいって言葉が、唯一残された希望なんだと思うよ」
「うんうん」
「だから、それに応えるってことは……逆に、彼を待たせてるってことになる。……下手すると、期待させ続けて、もっと傷つけちゃうかも」
ミキが、ほんの少しだけ目を伏せる。
「……佐藤さん。意外と説得力あるじゃん」
「いや、意外は余計だろ……」
「おっさん、ちゃんとしてるわ」
「それも、なんか複雑だ……」
そうぼやく佐藤の横で、ひなたがぱちぱちと拍手していた。
「ね? 佐藤さん、いけるでしょ? 人生経験の価値、すごいって!」
「……いやいやいや、俺、会社員だぞ? 相談員じゃないからな?」
「えー。でも、今日だけで相談者ひとり救ってますよ?」
口では否定しながらも、佐藤の胸の奥にほんのり火が灯っていた。
誰かに頼られるって、悪くない。
ましてそれが、こんなにも真正面から人の心に向き合ってくる少女たちなら、なおさらだった。
「……じゃあ、その相談室って、いつまでやるんだ?」
「とりあえず、毎週木曜の朝、この歩道橋で!」
「出勤前にやるのかよ……」
「佐藤さんも、また来てくれますよね?」
ひなたの目が、真っすぐに向けられる。
断れるわけがなかった。
「……まぁ、遅刻しない程度にな」
「やったぁ!」
そう叫ぶひなたの笑顔が、朝日に照らされてまぶしかった。
こうして、「恋愛相談室」は幕を開けた。
42歳の会社員と、17歳の女子高生。
年齢も立場もまるで違う二人が、ひとつの恋バナを軸に、すこしずつ、心を重ねていく。
これは、恋の物語。
でも、それだけじゃない。
おっさんと女子高生が、『わからない』を『わかろう』とする、不器用で、やさしい物語である。