ちょっとだけ、好きだった
春の風が舞い、桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。校門をくぐり抜けるひなたは、どこか物寂しげな表情を浮かべていた。今年も無事に卒業式を迎えたが、心のどこかに空虚感が広がっていた。
「卒業か…」
ひなたは小さく呟いた。高校生活を共に過ごした友達と、これからは別々の道を歩んでいく。それは当然のことなのに、どうしてこんなに寂しさが募るのか、自分でもわからなかった。特に、佐藤との時間がもうすぐ終わることが、ひなたの心に重くのしかかっていた。
「ううん、そんなこと考えても仕方ない。前を向かなきゃ!」
ひなたは自分にそう言い聞かせ、卒業式の会場へと足を向けた。式が終わると、友達とのお別れが待っている。みんなに挨拶をしなければならないけれど、心のどこかで、佐藤の顔を思い浮かべてしまう自分がいた。
その日、卒業式が終わると、ひなたは佐藤に会う約束をしていた。佐藤は、ひなたが自分の進路についても悩んでいるだろうと、少しでも励ましになればと思い、最後に一言だけでも伝えたいと考えていた。ひなたは、佐藤に感謝の気持ちを伝えたくて、彼が待つカフェに向かった。
カフェに着くと、佐藤はいつものように静かにコーヒーを飲んでいる。彼の横に座ったひなたは、しばらく黙っていた。
言葉だけでは足りない気がして、ひなたは少しだけ黙ったままでいた。その空気が、どこか切なくて、でも暖かかった。ひなたは少しだけ勇気を出して、佐藤に言った。
「佐藤さん、私、ずっと思ってたんです」
「何を?」
「私、ちょっとだけ…佐藤さんのこと、好きだったんです」
その言葉に、佐藤は目を見開いた。彼は一瞬、驚いたようにひなたを見つめた。ひなたも、そんな自分に驚いた。こんなこと、言うべきじゃないと思っていたのに、どうしても心の中で伝えたくて、気づいたら口から出ていた。
「でも、私たち、こんな関係じゃないですか。だから、佐藤さんのことを好きだったって気持ちが、ちょっとだけなんです」
ひなたは少し顔を赤らめて、下を向いた。
佐藤は黙ってひなたを見つめ、そして静かに口を開いた。
「ひなた…ありがとう。でもな、俺もお前に伝えたいことがある」
「え?」
「俺も、お前に感謝してるよ。最初はお前みたいな元気な女の子に振り回されて、どうしようかと思ったけど、こうしてお前と過ごしてきた時間は、俺にとっても大事だった。お前のおかげで、俺は少しだけ、昔の自分に戻れた気がする」
佐藤の言葉に、ひなたは胸が熱くなった。佐藤が、自分に伝えたかったこと、そしてそれが自分の中でどれほど重く感じるか、ひなたは少しだけ理解した。
「でもね…俺は、お前が幸せになるために、もっと色々なことを学ばないといけないと思ってる。だから、お前がどんな道を歩んでも、ちゃんと応援するよ」
その言葉に、ひなたはふと涙が浮かんできた。泣きたくないのに、どうしても涙が止まらなかった。
「佐藤さん、私、きっともっと成長します。これからも、色んな人に出会って、もっと色んなことを学びたいと思ってます」
「うん、そうだな。ひなたは、きっとすごいことを成し遂げるよ」
ひなたは目を閉じて、心の中で彼に感謝の気持ちを込めた。佐藤の言葉を聞くたびに、彼の優しさが染み込んでいくようだった。そして、最後にもう一度、佐藤に言葉をかけた。
「ありがとう、佐藤さん。本当に、ありがとうございました」
佐藤は静かに微笑んで言った。
「こちらこそ、ひなた。お前と過ごした時間が、俺にとっても大切な思い出だ」
そして、ひなたは小さく笑って、佐藤に向かって言った。
「さようなら、佐藤さん。これからも、元気でいてくださいね」
「お前もな」
その言葉を最後に、ひなたは立ち上がった。卒業式が終わった後、ひなたは新しい一歩を踏み出す。これからの未来に向けて、しっかりと歩んでいく決意を胸に。
佐藤もまた、ひなたに向かって微笑んで手を振った。二人は別れたが、その心の中では、永遠に繋がっていることを確信していた。
<エピローグ>
ひなたはその後、無事に大学に進学し、佐藤とも時々連絡を取るようになった。お互いに忙しく、すぐに会うことはなかったが、たまに電話やメッセージで近況を報告し合うことが続いた。
そしてある日、ひなたがふと振り返ると、あの春の日に佐藤と交わした言葉が、心の中でいつまでも輝いていることに気づいた。
「ありがとう、佐藤さん。ちょっとだけ、好きだったよ」
それは、彼女にとって大切な思い出となり、これからの人生の中で、いつまでも忘れない大切な一ページとして残るのだった。