表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

ちょっとだけ、好きだった

 春の風が舞い、桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。校門をくぐり抜けるひなたは、どこか物寂しげな表情を浮かべていた。今年も無事に卒業式を迎えたが、心のどこかに空虚感が広がっていた。


「卒業か…」


 ひなたは小さく呟いた。高校生活を共に過ごした友達と、これからは別々の道を歩んでいく。それは当然のことなのに、どうしてこんなに寂しさが募るのか、自分でもわからなかった。特に、佐藤との時間がもうすぐ終わることが、ひなたの心に重くのしかかっていた。


「ううん、そんなこと考えても仕方ない。前を向かなきゃ!」


 ひなたは自分にそう言い聞かせ、卒業式の会場へと足を向けた。式が終わると、友達とのお別れが待っている。みんなに挨拶をしなければならないけれど、心のどこかで、佐藤の顔を思い浮かべてしまう自分がいた。


 その日、卒業式が終わると、ひなたは佐藤に会う約束をしていた。佐藤は、ひなたが自分の進路についても悩んでいるだろうと、少しでも励ましになればと思い、最後に一言だけでも伝えたいと考えていた。ひなたは、佐藤に感謝の気持ちを伝えたくて、彼が待つカフェに向かった。


 カフェに着くと、佐藤はいつものように静かにコーヒーを飲んでいる。彼の横に座ったひなたは、しばらく黙っていた。



 言葉だけでは足りない気がして、ひなたは少しだけ黙ったままでいた。その空気が、どこか切なくて、でも暖かかった。ひなたは少しだけ勇気を出して、佐藤に言った。


「佐藤さん、私、ずっと思ってたんです」


「何を?」


「私、ちょっとだけ…佐藤さんのこと、好きだったんです」


 その言葉に、佐藤は目を見開いた。彼は一瞬、驚いたようにひなたを見つめた。ひなたも、そんな自分に驚いた。こんなこと、言うべきじゃないと思っていたのに、どうしても心の中で伝えたくて、気づいたら口から出ていた。


「でも、私たち、こんな関係じゃないですか。だから、佐藤さんのことを好きだったって気持ちが、ちょっとだけなんです」


 ひなたは少し顔を赤らめて、下を向いた。


 佐藤は黙ってひなたを見つめ、そして静かに口を開いた。


「ひなた…ありがとう。でもな、俺もお前に伝えたいことがある」


「え?」


「俺も、お前に感謝してるよ。最初はお前みたいな元気な女の子に振り回されて、どうしようかと思ったけど、こうしてお前と過ごしてきた時間は、俺にとっても大事だった。お前のおかげで、俺は少しだけ、昔の自分に戻れた気がする」


 佐藤の言葉に、ひなたは胸が熱くなった。佐藤が、自分に伝えたかったこと、そしてそれが自分の中でどれほど重く感じるか、ひなたは少しだけ理解した。


「でもね…俺は、お前が幸せになるために、もっと色々なことを学ばないといけないと思ってる。だから、お前がどんな道を歩んでも、ちゃんと応援するよ」


 その言葉に、ひなたはふと涙が浮かんできた。泣きたくないのに、どうしても涙が止まらなかった。


「佐藤さん、私、きっともっと成長します。これからも、色んな人に出会って、もっと色んなことを学びたいと思ってます」


「うん、そうだな。ひなたは、きっとすごいことを成し遂げるよ」


 ひなたは目を閉じて、心の中で彼に感謝の気持ちを込めた。佐藤の言葉を聞くたびに、彼の優しさが染み込んでいくようだった。そして、最後にもう一度、佐藤に言葉をかけた。


「ありがとう、佐藤さん。本当に、ありがとうございました」


 佐藤は静かに微笑んで言った。


「こちらこそ、ひなた。お前と過ごした時間が、俺にとっても大切な思い出だ」


 そして、ひなたは小さく笑って、佐藤に向かって言った。


「さようなら、佐藤さん。これからも、元気でいてくださいね」


「お前もな」


 その言葉を最後に、ひなたは立ち上がった。卒業式が終わった後、ひなたは新しい一歩を踏み出す。これからの未来に向けて、しっかりと歩んでいく決意を胸に。


 佐藤もまた、ひなたに向かって微笑んで手を振った。二人は別れたが、その心の中では、永遠に繋がっていることを確信していた。


<エピローグ>


 ひなたはその後、無事に大学に進学し、佐藤とも時々連絡を取るようになった。お互いに忙しく、すぐに会うことはなかったが、たまに電話やメッセージで近況を報告し合うことが続いた。


 そしてある日、ひなたがふと振り返ると、あの春の日に佐藤と交わした言葉が、心の中でいつまでも輝いていることに気づいた。


「ありがとう、佐藤さん。ちょっとだけ、好きだったよ」


 それは、彼女にとって大切な思い出となり、これからの人生の中で、いつまでも忘れない大切な一ページとして残るのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ