140字小説まとめ16
歩く、とにかく歩く。砂漠に、僕一人……砂に足が、纏わりついてくる。どれぐらい、こうしていれば良いんだろう。喉、乾いた……オアシス、どこ……。
「あいつ、砂場で何してんだ?」
「砂漠ごっこだって、遭難してるらしい」
「変な遊びだな……」
……後ろにいるパパとママの声で、台無しになった。
『遊び』
今日は、爺ちゃんの盆休みだ。高圧的な態度が災いして、身内では煙たがられていた。
男は外、女は内。女である私も、就職するなと散々怒鳴られた。それでも、爺ちゃんがいる仏壇の前で手を合わす。楽しかった思い出が次々と、蘇ってきた。
爺ちゃん……。呼んでも、怒鳴り声が返ってくる事はなかった。
『いない』
やかんの蓋が震え始めたので、コンロの火を止めた。熱いやかんを手に取り、傾ける。煮えたお湯が、乾いた麺に浸透していった。家族が寝ている中、一人だけ起きて麺を啜るという背徳感……たまらない。
「あら、美味しそうね」
でしょ〜……え?
「お母さん、夜食は控えてねって言ったと思うんだけど」
『深夜の刺客』
凄い、ここの洞窟、鉱物が沢山ある。決してダイヤモンドやオパールほど経済的価値が高くないけれど、磨いたり、加工したら、綺麗になりそうだ。家族のお土産に持って帰りたいな。研究で家を開けてしまう私を、笑顔で、暖かく送り出してくれる家族に。
……ここから、無事に、出られたらの話だけどね。
『かえりたい』
耳元で、音が鳴り響く。大きすぎて、もはや音なのかも分からない。鼓膜が、今にも張り裂けそうだ。ふと、耳元が涼しくなった。それから、視界も手足も、自由となる。正常な五感が戻ってきて、震えていた身体が一瞬収まった。
「ようこそ」
目の前で知らない人が笑っている姿を見て、また身体が震えた。
『誘拐』
弁当をゴミ箱に捨てられたので、何も食べずに残りの授業を乗り切った。
「……ただいま」
「おかえり〜、今日のお弁当どうだった?」
母には、絶対悟らせたくない。
「美味しかった」
簡単な感想を言って、自室へ引っ込んだ。
「卵焼き、焦がしちゃったのに」
……どう言葉をかけたら、良いかしらね。
『味方に、なりたい』
友人は、美術室にある色相環のポスターが好きらしく、いつも張り付くようにして見ていた。美術部の活動も、碌にせずに。
『私ね、オレンジが好きなの! パァーッてなるから!』
私は、青が好き。お前を落ち着かせられるから。亡き友人に言ったら、どんな顔するんだろ。
あーあ、色が足りないなぁ。
『補色』
視界が、霞む。計り知れない高さの障壁が、聳え立っている。周りになんて目もくれず、ひたすら歩を進める。吐息で肺が張り裂けそうだ。足が笑って、転びそうだ。それでも、ひとりで乗り越えたい……周りを踏み台にしてでも。そうしてやっと、壁の向こう側に行けた。僕しかいない、暗闇が広がっていた。
『孤独』
「どうだった?」
「楽しかった」
「そう、それは良かった……デートのいい練習になったみたいで」
じゃ、またね。幼馴染は笑顔で手を振って、颯爽と帰って行った。これで好きな子と良いデート……は、できそうにないな。まだ、脈なしだから。
どう勘違いしたら、デートの練習になるんだろうなぁ。
『また、挑戦』
コツ、コツ。
廊下で、見回りが徘徊している音が聞こえる。楽しすぎて長居しちゃった、早く出ないと。急いで教室の外から出た。ふと、後ろで気配がした……まずい。
「花子さん、トイレにいないとダメだよ。僕ら七不思議の個性なくなるでしょ」
後ろにいる見回りの幽霊が、やけに明るい声色で言った。
『お叱り』
やけに、女将さんは旅館の広間にいる、仲睦まじい男女を見てるな……そう思っていると、男性が女将さんを見て、顔を青ざめた。え、あの人……女将さんの旦那さん、よね? この前写真で見せてくれた顔と瓜二つ……
「ちょっと!」
突然女将さんは、甲高い声を上げた。
「私も妹と旅行したいのに!」
『シスコン』
波が、立っている。その衝撃で足先の隙間に、泡がなだれ込む。このまま踏み進めてしまえば……足を波につけようと、上げる。すると、突然後ろから子供の笑い声が聞こえた。振り向く前に、二、三人の子供が、海へと飛び込んでいった。夏の日差しに当たって、大きい笑顔が輝いている。
今日は、やめよ。
『救い』
「お前、その姿……」
やってしまった。旦那が出かけた隙に、本来の姿に戻って羽伸ばそうと思ったのに……まさか、忘れ物を取りに来たなんて。角や牙が生え、手が鉤爪になった人ならざるモノを見て、幻滅されて——
「待って、超好み」
は?
「ずっと隠してたんだけど……俺、人外が大好きなんだ」
『幸せになる夫婦』
「……何処か、遠くに行きたい」
友人にそう愚痴った瞬間に、宇宙空間にいるなんて誰が想像できたんだ。握られている手の触覚が不自然に変化し、友人の肌の色が変わっていく。恋人は、明るく笑いかけた。
「僕の星においで! あ、ちなみに手を離したら死ぬよ」
……私は友人(?)の手を、強く握った。
『宇宙逃避行』
夕ご飯の時間帯になったので、家に帰ってきた。キッチンの方へ向かうと、母さんが支度をしていたので、背中に飛びついた。
「なんで、アンタだけ……」
驚いて振り返った母さんは、何故か怪訝そうに眉を顰める……。
あっ! 弟とかくれんぼ中だったの、忘れてた!!
私は慌てて、公園へと向かった。
『わすれんぼ』
「足に纏わりつかないで!」
最近、年寄り猫が必要以上に絡んでくる。元から私に懐いていたけれど、冗談じゃない。愛娘が飼いたいと言ったから、仕方なく飼っているのだ。
「ママ、今日のご飯オムライスが良い」
「いいわよ〜」
(お母さん……私はここだよ……)
「ニャーニャー煩い! 静かにして!」
『愛娘?』
思い人は、私が猫だから嫌っている。悲しいのう、八十年猫として生きてきて、あやつを振り向かせる術は持っていない。が、中身を入れ替える術を持っておる。ふと顔を上げると、童が私を愛おしそうに撫でていた。
悪いな、童よ。私はそなたの母君に愛されたいのだ。
童に向かって勢いよく飛びついた。
『愛猫』
最近、ずっと雨続きだ。嫌だなぁ、下校時には雨降るって分かってたのに、傘忘れてきたからさらにヤダ。帰れん。
「あの」
ふと、好きな人に呼び止められた。そして、無言で折りたたみ傘を押し付けられ、傘を差して走り去っていく。雨も、悪くないな……俺は傘を広げた。
ボロボロで、穴だらけだった。
『どうして』
学校はね、いっぱいお勉強するところなの。遊ぶこともあるよ。でも、学校はお勉強するところだから。友達と、一緒に……ううん、友達は私の勉強の邪魔をしないよ、本当だよ。だから……あ、お父さん、待って……!
ここから出して……。
病室で泣き崩れる女性を、医師は心苦しそうに見ながら去った。
『箱庭』
「もう来ないでね。貴方には、病気にかかる前の私だけを記憶してほしいの」
もう、お見舞いには行けないか。でも、余命僅かな彼女の願いは聞いてあげたい……と思っていたのに、忘れ物するなんて。病院に戻るか。
その道中、入院しているはずの彼女が、別の男と幸せそうに腕を組んで歩いていた。
『破滅』
友人の家に招待された。ボロいアパートだけれど、二部屋もあった。ベッドも個々に二つ……同居しているのか?
「うん、同居してた」
「前まで人間だったんだけど、今は幽霊になってそこにいるよ」
友人が、虚空を指差した。俺の傍に何かが降り、生温かい風が顔にかかった。
即、友人の家から逃げた。
『新形態同居』
『また邪魔したの』
『当たり前よ、だって私のモノだもの』
だから、守るのは当たり前。十年も隣にいたんだから。落胆している愛しい人に、擦り寄る。愛しい人は、苦笑しつつも私を撫でた。これでいいのよ、もうじゃじゃ馬を家に呼ばないでね。
『そんな事していい、立場なのかな』
私たち飼い猫は。
『座』
引っ越した幼馴染が、成人して地元に戻ってきた。今は一人暮らしをしているらしい。小さい頃は人見知りだったのに、社交的で人当たりが良くなっていた。
「成長したよねぇ」
「……え?」
母に幼馴染の事を話したら、驚いた顔でこちらを向いた。
「数年前、通り魔で亡くなったって聞いたわよ……?」
『あの子はだあれ?』
『もう、私は必要ないの?』
俯いている相手に、私はゆっくり首を振る。
「あなた、お父さんとお母さんの暴力から守ってくれたから、私がいるの」
だから、これはお別れなんかじゃない。一つになるだけだよ。
相手は安心して笑うと、私の額と合わせた。
いつでも一緒だよ。私の中にいる、人格さん。
『融合』
「黙って言う事を聞きなさい!」
電車の中で、中年女性がお婆さんに怒鳴っていた。
凄い剣幕だったので、思わず仲裁した。
「席を大人しく譲られてくれないの! 明らかに具合悪そうなのに!」
「大丈夫、ですから……」
青白い顔をしたお婆さんが、今にも倒れそうに立っている。問答無用で座らせた。
『時には無理矢理』
地元の夏祭りを、ぼんやりと練り歩く。昔は、幼馴染と行ってたな……もう会えないけど。感傷に浸っていると、子供が足にぶつかってきた。幼馴染に、よく似ていた。謝まりながら駆けてきた母親らしき女性は、明らかに幼馴染だった。
幼馴染は子供の手を引き、俺の顔も見ず、祭りの人混みに紛れ込んだ。
『思い出』
靴に、赤色の液体が侵食されていく。足元には、頭が真っ赤になった、意地悪いクラスメイトが倒れている。ぬるついた手の中にある、赤色の石を捨てて走り……気がつくとベッドの中にいた……夢か。馬鹿らしい、学校行こ。制服に袖を通し、玄関に向かう。
不自然に赤色の靴と服が、散らばっていた。
『自覚』
「……買い物に行くわね。お留守番お願い」
「いってらっしゃい!」
私の子供が、元気良く手を振って見送る……あ、いけない。電池がなくなってしまうわ。子供の首後ろに回り、電源を切る。
倒れてくる子供型のロボットを、そっと抱きとめた。
貴女がいてくれるだけで、子に恵まれない私は幸せよ。
「宝」
待ちに待った、温泉旅行だ。荷物を置くと、露天風呂へ直行した。逸る心を抑えながら、脱衣所で服を脱ぐ。露天風呂に入ると、湯気が立ち込んでいて、視界はあまり良くなかった。先客がいる事が分かる程度だ。どれぐらいいるのか、目を凝らして確認した。
十匹ほどの野生の猿が、温泉に浸かっていた。
『意外な客』
食べる事が好きな私は、沢山の飲食店を回っている。今日の店はあまり評判を聞かないから、楽しみだ。着いて早々店主に、
「お客様に、料理を提供していません。僕専用の店ですから。ここで食べるのが好きなんです」
と、笑顔で背後に回られた
「ちなみに、食事は人です」
背中に、強い痛みが走った。
『人を良くする事』
幼稚園に通う娘が、笑顔で家に帰ってきた。お遊戯会の劇で、演者を勝ち取ったらしい。どんな役なの? と聞くと、秘密だよ! と、答えられた。だから当日、娘はどんな役なのか楽しみにして行った。
木の役だった。一言も話さない、ただそこに立っているだけの木。
でも、娘はとても楽しそうだった。
『どんな役でも』
図書館で、ひたすらノートにペンを走らせる。本当は、漫画を読みたい……勉強を破壊する怪獣が出てきて、その怪獣を倒す為に頑張る漫画とか……面白そうだな。でも、そんな漫画はなさそうだなぁ……よし、もしなかったら、自分で作ろうっと。
「これが、漫画家である僕の原点、というやつですかね」
『突飛な原点』
私は、スポ根アニメが好きだ。両親にも勧めたんだけど、あまり興味がないみたいで、話半分の相槌だった。まあ、そうよな。ちょっと悲しいけど。そう思っていたが、夜中に目が覚めて自室の二階から降りたら、リビングから音が聞こえた。
両親が、私がハマっているスポ根アニメを見て、号泣していた。
『沼にようこそ』
宇宙飛行士の恋人が地球に帰ってきたが、どこか上の空だ。
「ごめん、他に好きな方が出来た」
いつだ? だって、この間まで宇宙に……。動揺していると、急に視界が明るくなった。
恋人の姿はなかった。代わりに、恋人と異形な姿のモノが宇宙を背景に、満面の笑顔で映った写真が部屋に残されていた。
『思いがけない別れ』
「どうしたの、モジモジして。分かった! 近所にいるあの子達が、アナタを虐めたのね! 許せない。今から……って、何、服の裾を引っ張って……あ! そのお花、もしかして私への贈り物? 嬉しい! ありがとう!」
お礼を言って頭を撫でてあげると、愛犬は嬉しそうに「ワン!」と、一鳴きした。
『可愛らしい戯れ』
おや、君はあれが見えるのかい? 壁にめり込んでいる女が。ダメだよ、見ては。反応もしてはいけない。連れて行かれてしまうよ。触れない方が良い。
ところで、君はどうして僕を無視するんだい。
「ウルセェなぁ! お前もあの女と同じだから無視してんだろ!」
……やっと、こっち向いてくれたね。
『反応』
買った商品に、髪の毛が入っている事が増えた。最初は生産者側のミスだと思った。しかし、お菓子、文房具等それぞれ別物で、全て貴方の店で買った。店長に事情を話すと、笑顔を向けられたのも束の間、何故か店の隅を一瞬睨んだ。
「早急に、対処致しますね」
その日以来、髪の毛が入る事はなくなった。
『迷惑な……』
「家中にね、お宝を隠したの」
探してみて。姉が得意げに胸を張るので、言う通りにしてみた。すると、姉との思い出の品々が様々な所から、沢山出てきた。おかげで、姉が空へ旅立った幼少期は、寂しい気持ちにならなかった。大人になった今も、お宝探しを敢えて継続している。
あ、お宝みーつけた。
『お宝探し』
夜中に電話……? って、こいつか。何かあると一方的に泣きついてくる子。こっちの心労も知らないで、無視しよ。数日経った頃、その子の母親から連絡があった。
『お騒がせしてごめんね。0時ちょうどに貴女の誕生日を電話で祝えなかったって、あの子泣いてて』
その言葉には、微笑みが含まれていた。
『呆れと温かさ』