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後日談(二人の)



 ■ 後日談(二人の)


 

 「青春したいなー」


 

 私はその言葉に、ドキリとした。


 悟られないように、気をつけながらほんの少し、雨子を伺う。校舎の渡り廊下、縁に背中を少しばかり預けながら空を見上げていた。

 「青春したいな」と、なんとも無機質な声で、また無感情なままそこにただ置くように言った。目の前にいるひよりも、たぶん、同じことを思っているような気がする。不意に目が合うと、ほんの小さく首を傾けた。ひよりの背中越しから見える空が、青緑とも灰色とも言えない絶妙な色をして浮かんでいる。

 そういえば、今日の夜から台風が通過するとニュースでやっていた。

 ああ、青春の青とは遠く離れた雨子の声と表情が、この空模様となんともマッチしている。


 こんな空なんて、私の求めるものではないのに・・・。


 雨子が、背中を軽く反動つけて起こして近寄ってくる。緊張を吐き出すように、小さく呼吸をする。


「いやだからお前たち、青春したいねって言ってるのだが。はい、リアクションちょうだい」

 そう、雨子が言いそうな言葉だ。なのに・・・。

「・・・嫌だよ。めんどい。でさ、今年リメイクされるんだよ。でもまたつまらなかったら損した気分になるからなあ。やっぱ原作が真理で至高だよね」

 と、私はいつも通りを意識して答えた。すると、ひよりは何か思案気に斜め上に視線を動かすと、淡々と言った。

「青春、したい。青春・・・死体、ねー。青春死体? 雨ちゃん青春と死体って、なに?」


「ちがうちがう! 死体じゃない。そんなサイコじゃなくて、単純に青春を味わいたいって・・・」

 

 そうだ。そうだよな。

 雨子はいつだってこういう、ひよりの突拍子もないことにツッコミを入れてくれる。

 私の心は、一気に勢いを削がれたみたいになった。だけどそのおかげか、少し冷静になれた。


「そうだよ、ひより。それに青春と死体って言ったら『シットダウン〜そこには死体がある〜』でしょ。私は観たことないけど、でもテーマがセンスあるよね」 


「待て待て! オタクガールたちよ。すぐに話を持っていかないで、まずは私の相談にのってよ!」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 どうして、・・・どうしてこうなってしまった。


「ほら、相談ってなに。早く話しなよ」


「え、あっ、はい。・・・アサヒンのその急旋回はいつまで経っても慣れないよ」


 こうやって、雨子はいつものように彼氏がほしい。羨ましい。あの漫画が面白かった。あのゲームが面白かった。可愛いね。

 好きなものを、とても楽しそうに話してくれたのに。

 憧れを嬉々とした表情で話してくれたのに。

 そんな雨子が好きだったのに。

 

 雨子は、とても綺麗な瞳をしている。

 本人はそれを全く気にしていなかったけど。


 私は好きなものを見つめる時の、あの神秘な瞳が好きだった。


 好きだったのに。



 ーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 不審女は案外潔く逮捕されることになった。雨子が注射器を打たれ倒れたあとにすぐ、警察が突入してくると、初めからその予定だったみたいに、警察の流れるような動きで取り押さえられ手錠を架せられた。


 一見、わかりやすく事が進むのに、頭の処理はなにもできていない。

 とにかく今は雨子の傍で、名前を呼ぶ。眠っているようなその顔は、口元が微かに震え、よく見れば胸が上下に動いていて、頭に強く「生きている」という言葉が浮かんだ。ただ、それが安心材料になるのかと言われればそうではない。よくわからない薬を打たれて、これで目が覚めなくなったら。そう、頭をよぎるからだ。

 隣にいるひよりも、おもむろに雨子の手を握り、名前を呼んでいる。必死に、切実に叫んだ。


 ああそうだ。


 ひよりはマイペースに見られるけど、なにより、友だちを大切にする熱いやつだった。

 そんなことを小さく思いながら、私たちは保護され、雨子と、そして怪我を負った兄貴、あと、寝かされたままの雨子の姉ちゃんが、病院へと運ばれていった。

 

 目が覚めるのかどうか、不安だったが、雨子はあっさりと目を覚ました。そして、雨子の姉、雪乃さんも目を覚ますことができた。

 安堵と喜びが満ちる病室の中、ただ一人、孤独に佇む。


「お姉ちゃん! よかった! ・・・本当によかった」

 

 確かに雨子が溢す言葉だ。

 そのはずなのに、無機質で無感情なまま紡がれる言葉、まるで機械か死人のようだ。


 そう。


 あの廃工場で、女に注射器を打たれた雨子の感情は、死んでしまった。



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 梨中は、女子高校生。2年生。そして、とってもラッキーガール。


 なぜなら高校生になって、こんなに素晴らしき友人に恵まれたから。


 朝ちゃん。

 漫画が大好き。そしてそれを理屈を加えて語ることができる。梨中にはないものだ。

 クールだけど。でも、優しい。

 話していると、伝わる。私たちのことが好きなこと。


 雨ちゃん。

 なんでも大好き。漫画もアニメもゲームも。梨中たちがどんなディープな話をしても、全部受け止めてくれる。とっても安心する。

 深くて優しくて、そして、嬉しそうに微笑んだ時に、細めた瞳が、美しさと幸福に包まれている。それが、梨中は好きだ。




「・・・だからね。私の懐はさみしいのよ。あっ、懐ってお金ってことじゃないよ。まあ潤ってはないけどさ。人肌がね、恋しいのよ」


 雨ちゃんが腕を組みながら自分の体を抱きしめている。顔面はカチコチなのに、挙動と言動がいつもの雨ちゃんのままだから。なんだか目の前にいる雨ちゃんが偽物に見えてくる。不思議だ。


 不思議・・・。


 こんなにも、あの、・・・あの女に怒りを覚えているなんて。

 

 感情が溢れ出しそうになって、手のひらをギュッと握ると、それを朝ちゃんは察したように「で、全集の中から何個かアニメ化されるんだよ」と軽く腕を触れながら言った。

 ハッとなる。心のなかで一つ息を吐いた。そのおかげで、いつものように、「なるほど。梨中も試しに観てみようかな」と、言うことができた。


「ねえねえねえねえ! アサヒン、ひよりん! どうしてなの? 一拍おいたら普通話聞いてくれるよね大体の人はさ!」


 雨ちゃんは、語気を強くしているつもりなんだろうな。


「いや聞いてるよ。青春とか人肌恋しいとか、結局どうしたいのさ」


「男だよっ! わかるでしょ! 青春を謳歌したい年頃の高校生は彼氏がほしいんだよ!!」


 そう言って、私の体にしがみついてきた。


 少し、泣きそうになった。

 だから、梨中はグッと堪えるのだ。


 「そんなことより、雨ちゃん。さっきからお腹鳴ってるよ?」


「はあ、ほら聞いてよ、お腹の音がズーズーいってるよ。なんかお腹の音すら可愛くないだけど」


「いやわかんないよ。それにお腹の音はクークーでしょ。ねっ? ひより」


 朝ちゃんが目で、「だいじょうぶか?」と聞かれている気がした。それに、どう答えるべきか分からなくて、とりあえず、頭をフル回転させる。いつもだったら私の都合の良いゲーム脳がそれらの話題で補ってくれるのに。


「クークーといえば、ホワイトショコラっていうノベルゲームに『クークー・ヨシノ』っていうキャラクターがでてくる。ヨシノはね、ある日右腕をプロペラに改造されてしまって、そんなことをした敵を倒すために旅をしながら右腕を元に戻すための物語で・・・」


「いや世界観厳ついな! てかそれノベルゲーなの? あらすじがめちゃくちゃアクションなんだけど」


「あっそうだ。梨中この前、同じクラスの男子に告白されたかな?」


 頭にノイズが隙間をついて流れるせいで、咄嗟に口をつく。


「急な方向転換っ! しかもなに、告白されただあ!?」


「アクション苦手だし、ノベルゲーなら触ってみようかな」

 

 と、朝ちゃんはまた、咄嗟にフォローしてくれた。


「さらに強引な軌道修正っ!? え? 会話の脈絡が意味不明だよ。ちょっとストップ! そこじゃない! 私が気になるのはそこじゃないから。ひよりん告白されたって、誰からなの?」


 

「・・・・・・さあ?」

「えー・・・」

 

 そういえばそんなことがあった。一昨日のことなのに、もう、大昔のことのように思える。

 告白なんてものをされた。その時、相手が言ったことが、フラッシュバックするように頭に流れた。


『なあ、付き合うの無理だとしてもさ、今度さお互いのこと知るためにどっか遊び行かない? なんだったらその、鈴木さんも一緒でもいいし。ああ、でもあいつはいいかな。あれ、えっと石神だっけ? なんかあいつ最近ヤバくね? 気味悪いっていうか。・・・つーかさ。なんで梨中さんと鈴木さん、あいつと仲良いの? 趣味合うからってさあ。二人ともめっちゃ可愛いんだし、並ぶ人考えてもいいんじゃない? むしろ並ばされてる石神が気の毒だろ・・・』



「それでなんて返事したの? まさか誰だか忘れているような男の告白をオーケーはしないだろうけどさ」


 そう。もう名前も覚えていない確か同じクラスの男。取るに足らない。語る価値もない男だった。

 雨ちゃんの顔を見た。目が合った。抱きしめたくなった。ただその前に答えなければ。と、私は少し考えて適当に言葉を並べる。こういう時、ゲームの知識が役に立つ。


「・・・告白のセリフが、『現代古典色恋イロハ』っていうエロゲに似てたから、あらすじを話していたら返事をする前にどこかへ行ってしまったのでした。梨中はネタバレを踏まないように話したつもりだったのに」


「ええー、それはもう告白した男子に同情を禁じえないよ。下手したらトラウマもんだよ」


「あっ、雨ちゃんまたお腹鳴ってる。・・・グルグルだって」

 

 空腹の報せが都合よく、溢れそうな愛しさの衝動に動機付けて、体を屈めて腰に抱きついた。


「子供を授かった妻のお腹に耳を当てる旦那みたいに聞かないでえー」

 

「おい、ひより。その、あれだろ? エロゲって18禁だろ? 未成年で、その、やめときなよ」


 見れば、朝ちゃんは顔を赤らめている。ああ、そういえば朝ちゃんは意外と初心だったな。


「でも、どんなゲームでも触れとかないと」

「ダメなもんはダメだ! もっとこう全年齢向けのだな・・・」

「でもさあ、アサヒンだって結構どぎついエロ描写のある漫画読むし、あんまひよりんのこと言えなくない?」

「そうだそうだ」

「うっ、いやそれは、私が読んでるのはその、そういう描写があるものもあるけど、それは物語の展開上必要な描写であって、私が選り好んで見ているわけではないというか、そのー、そう! 芸術の一つだから!」


 ・・・・・・

 ・・・・・・


「そのジト目で私を見るなっての!」

 

 朝ちゃんは、また頬を赤らめて、そっぽ向いた。その仕草を可愛らしく思いながら、ようやく、いつも通りをすることに落ち着けるようになってきたと感じた。


「とろこでアサヒンは? なにかこう浮いた話しはないわけ?」


「私は自分の好きな物に囲まれていたらそれでいい」


 そう言って朝ちゃんは、細い顎を傾けてつまらなそうに目を瞑る。

 

 何を、考えているのかな?


 その言葉は、あの時、雨ちゃんがあの女に向かって言ったことに似ていた。

 

 私も同じだ。

 好きなものに、好きなものだけの世界で生きていたい。それだけで、いいと思っていた。


「あーあー、アサヒンもひよりんも顔面が整ってるから、私みたいな悩みもないのでしょうねえ」


 ギクリと心臓が跳ねた。

 微動だにしない、鉄仮面のような顔で言った。その言葉の受け止め方がわからない。


「そんなことないよー」


「いや、そんなことあるんだよ! ひよりんは天然不思議ちゃんでおっぱい大きいし」


「そんなことないよー」


「アサヒンはモデルさんみたいに身長も高くて足も長いし」


「そんなことないよー」


 ・・・・・・苦しくて、仕方がない。



「いやっ! そろそろ私のことも褒めてよ! 褒められたら褒め返す、私だってタダで褒めてるんじゃないのよ。褒め返されるという見返りを求めて褒めてるのだけど!」


 雨ちゃんがそう無感情に捲し立てる。

 

 梨中は、意を決して、・・・いや、このやりとりが耐えられなくて。近寄り頭を撫でた。精一杯、優しく撫でた。自分の内側に迸る感情が、少しでも伝染すればいいと思った。


「・・・雨ちゃんは、・・・キュート」


「ええー、どこがあ? 溜めて出された称賛がとてもシンプルな慰めでした!? ・・・はあ。どうせ、私なんて魅力亡き女ですよ」


 ・・・・・・

 ・・・・・・


「雨ちゃん大丈夫だよ」

「まあ、大丈夫じゃね?」


「・・・二人して簡単に気休め言うね」


「気休めっていうか。雨子は・・・」

 

 そう朝ちゃんが言いかけて、なにかをグッと堪えたように言った。

「まあ、それに慰め合っても仕方がないことだろ。時間の無駄だよ。それより好きなものを語らっていた方が有意義だ」

 それだけ言った。


「はい、急な正論は受け付けていません。二人ともTHE女子の見た目なのに、なんでかこう趣味嗜好が尖ってるというか・・・。人のこと言えないけど」



 ああ。


 ・・・どうか。


 あの時の、あの瞬間の幸福を戻してください。



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 雨子は、瞳がとても綺麗だ。それに気がついたのは出会ってから結構遅くて、たまたま眼鏡を外した時に見えた。宇宙を注いだビー玉のような、深くて、神秘的な瞳だ。私はその目が好きだ。その瞳を細ませて、笑いながら喋る雨子が好きだった。


 きっと、戻ってくる。

 雨子は、あの日のあの廃工場で眠ったままになってしまったんだ。

 きっと、起きるはず。


 私たちの元に、戻ってくるはず。

 その時はおかえりと言ってあげよう。


 大切な友だちだからね。





 これで一旦、完結となります。

 

 なにか考えが浮かべば、続きを投稿していきたいと思います。



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