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あの女の追え!



 ■ あの女を追え!



 私たちは今、病院の前にいる。厳密にいえば病院入口近くにある駐車場にいる。さらに厳密にいえば私たちは車の中にいる。


 私と、アサヒン、ひよりん。そしてアサヒンの兄、夕臥ゆうがさんだ。その夕臥さんは今、車の外で電子タバコと携帯灰皿を持ったまま車に背中を預け一服をしている。

 どうして私たちがここにいるのかというと、それは、私が二人に話をしたあとのことだ。


 私が病院で見かけた不審な女、そしてその夜に見た夢は、姉の雪乃が不審者に首を締められて襲われていた。まあ、ただの私の不安な気持ちが夢に現れただけだよ。そう、なるべく明るく話してみせたが、私の誤魔化しポジティブは通用せず、二人とも「うーん」と考えているようだった。

「まず、雨子のお姉さんが入院しているときって、誰かお見舞いに来たりしたの?」

「え? えーっとたしか、基本お母さんが付きっきりみたいだけど、特に誰も来てないって言ってた。・・・あっ、あの探偵の人が何回か来たとは言ってた気がする」

「でも雨子が見た怪しいやつは女だったんだよな? それでその女はお姉さんの病室を見ていた。・・・いや、そいつが犯人の可能性あるんじゃないの?」

 腕を組むアサヒンは、そう言った。

「ええっ! い、いやいや。まっさかあ」

 そう私が信じられないといったように言ってみせると、ひよりんが急に立ち上がり、なぜか葉巻を吸うみたいなジェスチャーを混じえて言う。

「するってーとお。こいつあ、犯人は現場に戻る。みたいな話しじゃあないかい。・・・この梨中は『名探偵ハードボイルド! 〜ハードに決めるぜ!!〜』の主人公「羽亜はあどう 道大だい」のマネ」


「いやいや、そんな下手なミステリーみたいな話あるわけないし。それにお姉ちゃんが襲われたのは病院じゃないから現場じゃないよ」

「でも雨子は怪しいと感じた。実際お見舞いに来た人なら病室に入ればいいし、特に何をするわけでもなく病室を見つめていた。・・・危機感をもって警戒しておいても損じゃないんじゃない?」


 まあ、そうかもしれないけど。でも、だけど。


 そう、頭の中では「そんなまさか」「でも」が繰り返され、だけど心は正直なのかもしれない。私は怖いのだ。雪乃が目を覚まさないことも、また襲われたらどうしようと、雪乃がいなくなるかもしれないという不安が、怖くて仕方がなかった。


「じゃあ、みんなで張り込みをしよう」

 そう、ひよりんはあっけらかんと言った。



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 かくして、私たちは病院の張り込みをすることになったのだ。


 ・・・っていやいや、なんて急展開なんだと思われるだろう。と、私は思う。

 今もまだ不意に「なんでこんなことしてるんだろ?」と頭によぎる。しかし、ひよりんの提案に対していつもは冷静なアサヒンも「よし、そうしよう」となぜか賛同して、さらにはアサヒンが自分の兄に車を出してもらうと言い、私の戸惑いと困惑とを置き去りにして、なんやかんやとこうなってしまったのであった。


「悪いね。ウチの兄貴タバコ臭いだろ。まあこれでも気をつけているほうなんだけどさ」

 アサヒンは外にいる夕臥さんに冷たく一瞥をくれつつそう言った。

「いやいや車を出してくれてしかもこんな突拍子もないことに付き合ってもらって、逆に申し訳ないんだけど」

 そう言って隣のひよりんを見ると、まるで自分の車みたいに足を助手席の背もたれに預けてぐてーんとリラックス状態のまま携帯ゲームをしている。だらしがないと注意しようとしたとき、夕臥さんが戻ってきた。

「いやあ、それにしてもなんて素晴らしい休日なんだろう!」

 夕臥さんは開口一番に、満面な笑みを浮かべて言った。

「えっ? ・・・あのー、でもすみません。せっかくの休みなのになんかよくわからないことに付き合わせてしまって」

 そう私が申し訳なさそうに言うと、夕臥さんはミラー越しに「ぜんぜん」と片手を振った。その表情から遠慮や謙遜といった雰囲気はなく、本当に気にしていなさそうな印象を受けた。

「だって久しぶりに朝陽ちゃんと一緒に過ごせるんだぜ。こんな素晴らしき日はないよ。まあ、強いて言えば真日琉まひるもいればさらに最高だったんだけどな。あいつは部屋こもってばっかりだからなあ」

 そう屈託なく夕臥さんは話す。「うるせえよ」と隣から妹の肘打ちが飛んでこようが、それすらなんだか嬉しそうに見える。

 アサヒンの家は三兄弟で、一番上の兄が夕臥さん、次にアサヒン、そして一番下が弟の真日琉くんだ。確か夕臥さんが19歳、真日琉くんが小学6年生だと聞いたことがある。

 そういえば前にアサヒンが愚痴っぽく言っていた。夕臥さんはシスコンでブラコンらしく、妹と弟を溺愛しているのだとか。暇さえあれば二人をどこかへ連れ出したいみたいで、さながら今日の張り込みという謎イベントは、夕臥さんにとっては最愛の妹と外出できる嬉しい出来事なのだろう。

 夕臥さんは続けて「そういえば」と視線をリラックス状態のひよりんに向けた。私がひよりんの足をペシっと軽く窘めたが夕臥さんは気にしていないようで、「なあ、ひよりちゃんのその荷物ってなに入ってるの?」とトランクに積まれている、随分と大きな荷物を見て言った。その大きさのせいで後部座席の背もたれからニョキッと覗かせている。

「・・・これは、もしものときの、・・・秘密」

 ひよりんはゲーム機を見たまま答えた。今日待ち合わせたときも聞いてみたが、その時も同じように言っていた。ツイと私も見てみるが、こんな大きな物、ひよりんの部屋を掃除した時にも見たことがないな。

 

 そんなとき、電話が鳴った。私の携帯電話だ。液晶にはなんと『潮探偵』と表示されていた。

 この前、病院で会った時に何かわかったことがあれば連絡するという理由で連絡先を交換したのだった。ただ、今まで連絡がきたことがなく、またかかってくるとは考えていなかったこともあって、驚いた。

 どういう用件なんだろう。ドキリと胸が高鳴った。出ると、「潮です」という言葉のあとに、潮さんは少しつっかえながら続けた。

「あの、えっと、今、警察から連絡がありまして、それで、どうやら犯人が逮捕されたそうです!」

「ええっ!!」

 驚いてみせながら、急に水をかけられたみたいに、頭の理解が一瞬追いつかなかった。ただ、私の驚いた様子に、釣られるようにして3人が一斉に見る。思いがけないことに電話口を離しては近づけてを無意味に繰り返してしまい、あたふたとしてしまう。アサヒンからは「どうしたんだよ!?」と聞かれ、電話の向こうにいる潮さんは「雨子さん? もしもし?」と聞こえてくる。


「ち、ちょっと! とりあえず待って!!」

 思いのほか大きな声が出て、車内は一瞬、シンと静かになった。


 ・・・・・・

 ・・・・・・


「あっ、ごめんなさい。あの、大丈夫だからつづけてください」

「えっ! あっ、うん。それで・・・」


 一瞬の気まずさのあと、潮探偵は咳払いを一つして話しはじめた。


 昨日の二十三時頃、帰宅中の女性が通り魔に襲われた。通り魔は女性に向けて液体をかけようとしたのだが、この女性、どうやら格闘技経験者であったため、なんと通り魔を返り討ちにしてしまったのだ。その後、警察に捕らえられ連行された通り魔は、事情聴取の末、連続通り魔事件との関係があることが判明したのだった。


「それで、・・・今少し大変なことになってしまして」

 潮さんはなぜか少し気まずそうにしている。

「え?」

「実はご両親にも私が話してしまって、それで雨子さんのお父さん、すぐに警察に行ってくると言って、飛び出してしまったようなんです。このまま殴り込みに行きかねないということで、お母様と一緒に警察にいます。今はお母様が声をかけて落ち着いているようなのですが・・・」

 という潮さんの後ろの方から何やら怒声が薄っすらと聞こえた。たぶんお父さんだと思う。


 「とにかくこの事件、このまま解決すると思います。なので、安心してくださいね」そう言い伝えられ、電話を終えた。電話が切れたあとも数秒と頭はボーっとしたままだった。


「おい! 雨子、どうしたんだ? 電話、なんだって?」

 ハッと我に返り、私は今、潮さんから聞いた話を皆に説明した。何度も「えーっと・・・」とスラスラ言葉は出なかったけど、なんとか話し、聞き終えたアサヒンは長く息を吐いた。そしてニコリと笑みを浮かべて「とりあえずはよかったな」と言った。私は頷く。ひよりんもゲームをする手を止めて、ジッと私を見ている。特に言葉はなかった。


「じゃあ、あとは雨子の姉ちゃんが目を覚ますのを待つだけだな。まあ、大丈夫だ。すぐに良くなるって」

「うん。そうだといいけど。・・・うん、そうだね」

「・・・梨中は、久しぶりに雨ちゃんの笑った顔を見た。気がする」

「そ、そうかな」


 そう、だったかもしれない。ここのところ、ずっと目を覚まさない雪乃のことが頭から離れなくて、夜も眠れないし、ボーっとしたままだった。だけど、少しだけ頭の中のモヤモヤが晴れた気がした。


「おい! なんか病院の方、騒がしいぞ」

 すると突然、夕臥さんが驚いた様子で窓を開けて顔を出しながら言った。


「え?」


 私たちは病院の入口の方を見た。ゾロゾロと人が出てきていた。来客者、患者と思しき人、看護師らが入り乱れて、看護師は周囲に向かって大声を上げている。アサヒンとひよりんと顔を見合わせて、車から降りることにした。確実に何かが起こったようだ。微かに波及していく騒ぎがこちらまで届きそうで、その時ふと、私の口は勝手に動いた。


「お姉ちゃん!?」


 無意識に出たそれは、否応にも意識してしまう。姉は無事なのか。雪乃は大丈夫なのか。私が急いで病院の方へと駆けていく。後ろで名前を呼ぶアサヒンの声が聞こえる。入口まで行くと、そこで看護師に「待ってください!」と引き止められた。


「あ、あの、どうしたんですか! なにかあったんですか!? 姉が入院してるんです」


 そう伝えると看護師は、「いま、院内で爆発物が発見されました。中にいる人達全員を避難させています。その、お姉さん? はこちらで対応しますので、今は危険です! 離れていてください!」と声を荒げるように言った。

 私がそこで食い下がろうとしたが、他にも入口に集まった人たちが四方八方から口々に言葉を重ねるため、徐々にこの一帯が混乱状態になり、飲み込まれそうになる。


「おい雨子、こっち来い!」

 と、アサヒンが腕を引いてくれたおかげで、人混みからなんとか抜け出すことができた。一度、この場から離れることができ、乱れていた息は、少しずつ落ち着いてきた。自分の呼吸が戻っていくのを感じた。


「なんかよくわからないけど。今は看護師を信じてここで待ってよう。私たちが今あそこに入っていったら、邪魔になるだけだ」

 アサヒンが冷静でいてくれる。ひよりんが背中をさすってくれる。

 私は、「うん、うん」と繰り返し頷いてみせた。心のなかで雪乃は大丈夫だと繰り返した。


「あれ、雨ちゃんのお姉さん」


 え!? 


 ひよりんが、指をさしている。その方向は病院の喧騒にまみれた入口のほうで、一瞬どこを見てそう言ったのかわからなかった。「どこどこ!?」と急いで訊ねると、ひよりんの指はスーッと軌道を描く。そのまま目で追いかけると、車椅子を押して歩く看護師の後ろ姿があった。


「ほんとだ。おい雨子。姉ちゃんいたぞ。たぶんあっちに避難させてくれてるんだな」


 ・・・あ、あれ?


 アサヒンの声は、私にはどこか遠く感じた。耳にただ通過しただけの言葉になったのは、どこかでカチリとピースが嵌まるような音が自分の中でしたからだ。

 私の心臓は早鐘を打つ。「どうして?」という疑問の心が肯定と否定をごちゃ混ぜにしてしまい、頭に浮かぶそれを全力で追い払おうとする。

 しかし、そんな私の抵抗を打ち砕いた。車椅子を押す看護師が立ち止まり、キョロキョロと首を動かす。その横顔は、あの時見た、雪乃の病室の前にいた、不審な女の姿だった。



 ガコンという音がした。

 振り向くと、ひよりんがトランクからあの大きな荷物を降ろしてそれを開けた。一瞬、何を取り出したのかわからなかったが、スコープ、細長い筒、ガチャンと何かをはめ込むと、それはスナイパーライフルだった。


 ・・・・・・

 ・・・・・・


「ええっ!! ひよりんなにそれ!? なんでスナイパー??」

「張り込みだから」

「なんかひよりんの張り込みのイメージがちょっと違う!」

「てかそんなことより! おい、ひより。雨子の姉ちゃんまだ見えるか?」

 すると、ひよりんはスナイパースコープを覗き込む。「いる」と短く言った。続けて「看護師さんがどこかへ連れていった。・・・裏の駐車場っぽい」と言った。


「・・・そうか。無事に避難させてくれたのかな。どうする? 私たちもそっちに行ってみるか?」


 そうだ。あれは私の気のせいだ。あの看護師が、あの不審者だなんて、そんなわけない。大丈夫だ。きっと優しい看護師さんが避難させてくれたんだ・・・。


 アサヒンの問いに答えることなく、私は走り出していた。

 頭では気のせいにしようとして、しかし体は言うことをきかないみたいに、あの看護師に向かって追いかけようとしている。

 ひよりんの言っていたとおり、病院の裏手側には駐車場があった。砂利道に足を取られそうになりながら、駐車場の敷地に入ると、辺りを見回した。すると何も言わず付いてきてくれたアサヒンが「あれじゃね?」と指をさす。ワゴン車のトラックから降ろされたスロープで、車椅子ごと乗せられようとしている。一瞬見えた雪乃は、グッタリと項垂れていた。


「おい兄貴! 車こっちに回して!」

 と、アサヒンは咄嗟に夕臥さんに指示を出す。やっぱり、アサヒンは冷静で賢いと、こんなタイミングで感心してしまう。そして、夕臥さんもまた、強引に自体を飲み込んでくれたようで、短く「おう」と言い、車を取りに走って行った。

 しかし、雪乃を乗せ終えた車は動き出してしまい、駐車場出口に並ぶ数台の車の列に紛れてしまう。私は見失わないように、目を離さずにいると、夕臥さんが猛スピードで駐車場に入り込んできた。


「ほら乗って!」

 窓から顔を出し、颯爽と言ってのける姿は、さすがアサヒンのお兄さんというだけあって格好良すぎる。

 私たちは急いで車に乗り込むと、ドアも締め切る前に出発して、私たちは雪乃を乗せた車を追いかけた。



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