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あの女が怪しいぞ



 ■ あの女が怪しいぞ



 4限目が終わって昼休みになった。ガヤガヤとした喧騒の教室では、あっちこっちで昼食をとるための準備を始めている。そして、いつものように私の席に二人が集まってきた。各々昼食を取り出して、私もカバンからコンビニ袋を出した。おにぎりが2つにお茶だ。いつもはお母さんがお弁当を作ってくれるのだけど、ここ最近は、雪乃に付きっきりなこともあって、こうして昼食は自分で調達するようにしている。それを見てなのか、優しいアサヒンは、自分の弁当箱を開けると私の前に差し出した。


「・・・おい雨子、ほら、これ食べていいよ」

「え、あうん。ありがと」

 美味しそうなきれいな卵焼きを一ついただいた。甘くて、美味しい。自然と鼻から深く息が漏れる。なんだか、急に眠たくなってきた。そう頭がぼんやりしていると、ひよりんがビニール袋をガサゴソと漁ると中から桃を取り出した。

「えー、桃? ずいぶんチャレンジングなデザート持ってきたなあ」

 そして更に小型の包丁を取り出すと、桃とそれをアサヒンへ渡す。

「梨中は皮剥けないから、朝ちゃん頼む」

「なんでだよ。自分で持ってきたんだから自分でやりなよ。・・・ったく」

 と、小言を言いつつも、アサヒンは受け取って皮を剥きはじめた。やはり、アサヒンは手慣れている。スルスルとどこもつっかかることなく剥いていった。私はその手つきを黙って見ていた。


 姉の雪乃が通り魔事件の被害者となって、入院をしてから未だ目を覚ますことはない。

 朝起きて、身支度をして学校へ行く。いつものようにアサヒンとひよりんと一緒にお喋りをして、授業をいつものように受ける。放課後には二人と並んで下校する。ただ、どうして頭の中は雪乃のことが離れずにいた。


 そんなの、当たり前だ。目を覚まさない。いつ目を覚ますかもわからない。このまま、一生目を覚まさないのかもしれない。

 それは、ただただ、怖い。


 桃の皮がスルスルと剥けて、淡く瑞々しいピンク色の果肉が露わになって、フワリと芳醇な香りがする。それを、ただ私はそうである光景の一つとして認識するだけだった。


「ほら、できたよ」

 アサヒンはそう言って、自分の弁当箱の蓋の裏に切り分けた桃を乗せた。それをいち早くひよりんが口に放る。

 いつもと同じ、昼休みが過ぎていった。

 そして、5限目、6限目と、私は眠気に耐えきれず教師の声を子守唄にうたた寝をしてしまった。



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー


 次の日の放課後、アサヒンとひよりんと途中で別れてから、私は病院に行った。

 毎日のように学校の終わりには雪乃のお見舞いに通っている。病室に到着するまでの何ともいえない距離の間で、何度、目を覚ましていないだろうかと考えた。そう考えながら歩く私は俯いたまま自然に歩みは遅い。

 すると、不意に顔を上げた先に、一人、立っていた。それは雪乃の病室の前で、病院の関係者でもない。誰かお見舞いかなと思いながら近づいていくと、私は止まる。いや、否応にも止められたようになった。自分の感覚的なもの、その人物に対して頭に危険信号が流れたからだ。

 上下の黒いウィンドブレーカー。フードを被り口元がチラリと覗くだけなのに、はっきりとその口の端がニヤリと引きつっていた。胸が高鳴る。混乱しながら私は咄嗟に身を隠した。これはもう防衛本能だ。


 しばらくして、気配のようなものはなくなった。恐る恐る覗いてみると病室の前には誰もいなかった。そこで私はようやく、姉に何かあったのではと悪寒が走り、病室へ駆け入った。扉を開けると、ベッドには変わらず雪乃が眠っていた。良くも悪くも何も変化はなかった。複雑ながらもホッと胸を撫で下ろし、ベッド横の丸椅子に座る。

「・・・あれ、なんだったんだろう? お姉ちゃんの友だち? いや、それにしては」

 雪乃の友人関係はあまり知らない。雪乃のことだから変わった友だちもいるかもしれないけど、でもあれは、変わっているや個性的という形容とは外れている。あれはどうにも不気味で、見た目も雰囲気からも不審者としか言い表せられない。


 なぜ? どうして?


 ・・・・・・お姉ちゃん。早く目を覚ましてよ。



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 夢を見た。しかも夢の中で夢だと気がついた。これは確か明晰夢とかいう名前だったと思う。


 真っ暗な舞台の上で、スポットライトが一つのベッドを照らす。そのベッドに雪乃が眠っている。すぐ、「お姉ちゃん!」と言いかけて、いやいやこれは夢なんだと、思い直す。とぼとぼとベッドに近づく。


「・・・夢のなかくらい、起きてよ。・・・久しぶりに、声が聞きたいよ」


 ていうか、夢なんだからさあ。そのなかでは私の希望、願望に沿って動いてよ。なんで夢の中まで私は、こんな、・・・こんな、寂しい気持ちにならなくちゃいけないの。と、そんなことを思っていると急に舞台は暗転した。

 そして、すぐに照明が当たる。ベッドに雪乃がいない。


 た、たすけ、て・・・。


 くぐもった声は、すぐにわからない。ただ私の後ろから聞こえた。振り返ると、雪乃がいる。そして、雪乃は首を絞められていた。ウィンドブレーカーのあの女にだ。

 頭の中でカッという音が鳴る。すぐさま駆け寄ろうとして、雪乃に手を伸ばすと、私は目を覚ました。


 私は自分の部屋にいた。息は切れて、全身が汗だくだった。時計を見ると深夜の二時過ぎだった。自分の顔を拭いながら、呼吸を整える。


「・・・お姉ちゃん。・・・お姉ちゃん」



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 チャイムの音で目が覚めた。机に伏せていた顔をずいっと上げてみると、どうやら昼休みになったみたいだ。ズルズルと体を動かして、ただ置いただけになった教科書とノートを机に入れる。横に掛けてあるカバンからコンビニ袋を取り出す。と、いつものようにアサヒンとひよりんが近くに来ていて、ただ、私の両頬は急に挟まれた。

「ふぇ? んな、なに?」

 寝ぼけた頭に、理由もわからず瞬きが増える。ひよりんの温かい手が頬に触れている。まっすぐに見つめられながら、「どうしたの?」と言ってみても、何も言わない。チラリとアサヒンを見れば同じだ。だが、私の手を取ると何も言わずに連れ出されてしまった。私は抵抗もなく連れられたまま歩く。

 いや、抵抗そのものをする気力がなかったのだ。


 そして、私たちは今、屋上前の踊り場にいる。小さな窓が一つだけの暗がりなここは、陽の光も少ないせいかひんやりとしていて、遠くの階下から生徒の声が微かに反響していた。私と、アサヒンとひよりんの3人だけだ。

 アサヒンは、やっと私の手を離した。

「どうしたの二人とも、急にここまで連れてきて」

「・・・言えよ」

 静かにアサヒンが言った。「何を?」と言いかけて、しかし私の頭には雪乃のことが浮かび、小さく愛想笑いを浮かべる。

「もー、急になんなのさあ。ていうかいきなり腕引いてこんな人気のない場所まで連れてくるなんて告白されるか殺されるかの二択だよ。どっちにしてもドキドキしちゃった」


 ・・・・・・

 ・・・・・・


 そんな私の愛想笑いと取り繕った言葉に二人は、黙ったままだ。そしてアサヒンはどこか、怒っているように見えた。

「雨子はさあ。いつも喋るし、お喋りだし、話し好きだけど」

「そんなに喋ってた?」

 ひよりんがヌッと私の前に立つ。

「本当に辛いときには、肝心なことを言わない。って梨中は知ってる」


「・・・それは、・・・そんなこと、ないけど」


「じゃあ、今なに考えてんだよ」


「え?」


「今だけじゃない。昨日の夜は? その前は? 授業中は? 昼休み、放課後の帰り道、その時、雨子の頭には何があんだよ。いや、たぶんお姉さんのことってのはわかるけどさ。でもさ、それでしんどそうにするんだったら、なんでも言って。なんでも話せよ。少しは楽になるかもしれないだろ。話して解決するようなことじゃないけど、それでも、雨子の言葉を聞きたいんだよ。話を聞いて、なにか力になりたい。何が力になるか考えたいんだよ!」


 ・・・・・・ははっ。そういえばそうだ。アサヒンは、美人で背も高くてクールな見た目だけど、意外に熱いんだよな。


 私は階段に腰掛けた。そして両隣にアサヒンとひよりんが座った。


「昨日ね・・・」

 そして私は、昨日のあの不審な女の子とを二人に話した。




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