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探偵 潮新十郎


 ■ 探偵 潮新十郎



 お母さんから聞いたことは、半分以上頭に入ってこなかった。ただ、すぐに病院に来るようにと言われ、私は「わかった」と繰り返す。ひよりんの家を出て病院に向かった。二人には説明したとは思うけど、なんと言ってきたのかは覚えていない。

 

 今は病室にいる。ベッドに寝ている雪乃は、眠ったまま静かに横たわっていた。

 病室には両親がいる。お母さんは雪乃の手を握り祈るように目を瞑っている。室内は重々しい空気に満ちている。雪乃の身にいったい何があったのか。両親もまだ詳細を知らされていない。ただ、病院から連絡が来て慌ててやってきたあと、そこにいた警察から簡単に事情を聞いただけだ。


 町で起こる連続通り魔事件に巻き込まれた。通り魔と思われる犯人に危害を加えられた。

 どうしてこんなことにと、心の中で唱えた。


 病室の戸が開く。医者が入ってきた。両親は揃って立ち上がるとそれを見て医者は口を開いた。

「娘さんの状態ですが、外傷は見られません。ただ、・・・その」

 と、医者はそこで口ごもる。明らかに言いにくそうにしている。両親の顔は不安が露わになっている。

「昏睡状態に陥っています。ただ、その原因は不明です。最善は尽くしますが、目を覚ます保証は、ありません」

 お母さんは「そんな」と言葉を溢すとまた雪乃の手を取った。お父さんは固く拳を握りしめている。そして私は、その二人の背中を見ていた。その後も医者は何かしら話していたようだが頭には入ってこない。病室の空気はより一層重苦しくて、息が詰まりそうになって堪えきれず、なるべく声が暗くならないように気をつけて、両親に「飲み物買ってくるね」と言って病室を出た。


 まっすぐ自動販売機に向かうことはなく、足は自然と病院の外に向かっていた。たぶん、開放されたかったんだと思う。

 病院の外はすっかり暗く、院内から溢れる照明と歩道に立つ街灯だけが夜に明るさを示している。そして、頼りない明かりの夜の中から、アサヒンとひよりんが並んでいた。私を見つけると、駆け寄ってきた。


「雨子! 大丈夫か?」


 すぐに、どう話そうか考えていると、ひよりんが服の袖をクイッと引く。そのまま流れるように病院の入口から少し離れた場所にあるベンチまで移動させられた。抵抗なくそこに座ると、私を挟むように二人も隣に座った。

 二人が心配して来てくれたのだから、ちゃんと説明しなきゃとするけど、頭には「えー」「んー」という言葉にならないものしか出てこない。それでも、アサヒンが背中をさすってくれて、少しずつ、医者から聞いたことを二人に伝えることができた。話しながらどこかなるべく深刻にならないようにしようという意識が働いたせいか。

「まったく、ウチの姉は相変わらずトラブルメーカーというか、巻き込まれ体質? いや、自分から巻き込まれにいく、困った姉だよ」

 と、笑いながら言ってみせた。しかし、それを見透かしたように「変な方向に無理すんな」とアサヒンにチョップされた。おでこを押さえながら「どうしよう」と言葉が漏れた。


「とりあえず、・・・傍にいてあげたらいいんじゃないか。迷惑じゃなかったら私たちも一緒にいるから」

「・・・うん。梨中もついている」

 ひよりんがそっと手を重ねてくれた。




 アサヒンとひよりんも、病室までついて来てくれた。そして私が入ろうとすると、先に扉が開いて両親が並んで出てきた。お母さんの目元は赤くなっていた。だけど表情はどこかふっきれたように見える。

 「雨子、一度家に戻って荷物持ってくるから、雪乃についていてくれる?」と、さっぱりとした口調で言った。隣にいるお父さんも目を優しく細めて「頼むな」と言う。

 私が病院を出ている間に、二人でどんな話をしてどのように気持ちを切り替えたのだろうか。お父さんとお母さんは二人に気づき軽く声をかけたあと、お母さんが「ほら、飲み物買ってあげなさい」とお金をくれた。

 両親が家に帰ったあと、飲み物を買いに行こうとすると、ひよりんが「梨中が行ってくる」と言って、私からお金をひったくり引き止める間もなく行ってしまった。戻って来る間、アサヒンと二人で待ちながら、改めて雪乃の顔を見る。静かに寝息を立てて眠っている。

 この寝顔を私は知っている。一緒に暮らしている時には日常としてあったものだ。朝起こしにいくときには見たことのある表情だ。今もそうだ。私が肩を揺らせば眉を寄せて「あと5分」と口をモニャモニャさせながら言ってくれそうな気がする。そんなことを思うと、少し切ない。


 病室の戸が開いた。見るとそこには、ひよりんと、もう一人見たことない男の人が立っていた。男は「失礼します」と言い、ひよりんと共に中へ入ってきた。私が困惑していると、男は私を見て、そして雪乃を見た。一度目を瞑ると、私に向き直り頭を下げた。


「え? えっと、その、どちら様でしょうか?」


「私は、潮探偵事務所の『うしお新十郎しんじゅうろう』と言います。石神さん、石神雪乃さんの職場の上司にあたる者で、探偵です」



 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー



 私たちの前に現れたのは、潮新十郎という探偵だった。はねっ毛の黒髪に細身の体。年齢は二十代だとは思うけど、自分と同い年と言われればそう見えるくらい若く見えた。姉が探偵事務所で働いていることは知っていても、なんていうところなのかは聞いていなかった。私が人生で初めて会う”探偵”という職業の人、テレビや漫画で見るようなハードボイルドな渋い人でもなければ圧倒的美少年というわけでもない。どこにでもいる普通の男性、漫画で言うモブっぽい外見だ。と、同じくモブ適正が二重丸な私が評する筋合いもないのに。


「石神さん、えーっと雪乃さんのこと、警察から聞きまして様子を見に来たのですが、皆さんはご家族の方々ですか?」

「あっ私が、雪乃の妹です。それでこっちの二人は友だちっていうか」

 すると、ケータイに電話が入る。着信は母からだった。「雨子あのね、今警察から連絡があってお父さんと話を聞くことになったの。どれくらい時間かかるかわからないけど、終わったら連絡するからそれまで雪乃のことお願いしてもいい?」とのことだった。私は「わかった」と何度か相槌をうって電話を終えた。

 

 ・・・・・・

 ・・・・・・


 微妙なタイミングで電話をとったから、気まずい沈黙が数秒と流れた。

「あ、あの、潮さんは姉と一緒に働いているんですよね? 姉は、どんなことをしていたんですか?」

「そうだね。・・・主に事務的な仕事をしてもらっていたよ。あとは、たまに身辺調査をするときの手伝いをしてもらったりしていた。・・・だけど」

 潮はそう言って、しかし、苦々しい表情のなか、言い淀む。私はそれがいったい何からくるものなのか、わからない。だけど、聞かなければならない気がした。「どうして?」「なんで?」と頭にひしめく疑問を少しでも解消できるものがあるなら、なんでも聞きたかった。


 「説明責任が、・・・あると思います」と言い、潮は話しだした。


「雪乃さんは、連続通り魔事件の調査のため、ある団体に潜入捜査をしていました」

「ある団体って、なんだよそれ?」

 アサヒンがそう訊ねる。少し間をおいてから潮は『奇縁の会』と言った。

「奇縁の会?」

「そう。奇縁の会、この町にある児童養護施設で、実は、・・・これまで通り魔事件の被害にあった人は、この奇縁の会に関係している人間なんです」

「え!?」

 続けて潮は言う。

「これまでの被害者の共通点から、奇縁の会が怪しいと踏んで調査することにした私と雪乃さんは、二人で潜入捜査をしていました。しかし、・・・申し訳ありません」

 潮は言葉を途中でやめて、頭を下げた。


 え? それは、いったいどういうことなの?


 私の頭の回転は遅い。だから頭の中で?マークが何個も浮かんで、まるで漫画の複雑な叙述トリックをくらったみたいに頭がこんがらがる。もう一度ゆっくり咀嚼しないと理解が追いつかない状況で、言葉も喉に詰まる。そうすると、反対に頭の回転が早いアサヒンは、私の代わりに言葉を継いでくれた。


「それってさあ、雨子のお姉さんがこんな目にあったのはそのヘンテコな会に関わったからってこと?」

「・・・はい。そのとおりです」

「っ! あんた探偵って言ったってさあ、警察でもなんでもない素人なわけじゃん。それなのに、そんな危ないことしてたってわけ? それで雨子のお姉さん巻き込んだのかよ!」

 アサヒンの口調のそれは、徐々に語気を強くなり、私の心臓はドクンと跳ねる。「落ち着いて」と声をかけたくて、アサヒンの肩にそっと手を触れてみたけど、横から見るアサヒンの目は、ギリッと潮を睨みつけていた。

 すると、潮はその場に膝をついて、両手と頭を床につける。


「仰る、とおりです。不徳のいたすかぎりです。言い訳も弁解もできません。全て私の責任です。本当に申し訳ありませんでした」


 ・・・・・・

 ・・・・・・


「朝ちゃん、ジュース」

 ひよりんはペットボトルを手渡した。ツーっと目を向ける瞳には、どことなく「まあまあ」と言うようなものが込められていた。そのおかげか、アサヒンはムスッとしたまま近くの丸椅子に座って足を組む。


「・・・あ、あの、潮さん顔を上げてください。その、まだ、うまく気持ちの整理ができてないですけど、わかりました。言葉は受け取りましたので」


 そう言うと、潮はもう一度「申し訳ありません」と言い、顔を上げた。

「・・・ご両親にも、これから謝罪をさせていただきますので」

「あっ、うちの親は、今警察のところに行ってるそうなので、いつ戻って来るかはわからなくって・・・」

 すると潮は、これから警察署に向かうと言い、背筋を伸ばしてから病室を出ていった。


 再び、私たち3人になる。なんだかもう、わからん。


「・・・はあ。なんか、胸が苦しいよ。頭もグルグルするし、・・・これって、もしかして、恋かな?」

「こんな時に冗談はいらないよ」

「雨ちゃんもジュースを飲みなさい」

 ひよりんが私の頭にペットボトルをポスっと乗せる。

「ありがと」


 

 それから、3日が経ったが、雪乃はまだ目を覚まさなかった。




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