エールと『繋がり』/アシュリー(過去話/閑話S2)
【支援者様用閑話】
他サイトにて、支援者様限定閑話として公開した話です。
過去のある冒険者たちの話です。本編を読んでからお読みいただくことをおすすめします。
◆登場人物紹介
・アッシュ(アシュリー)…Aランク冒険者。黒髪長身の美人。ずっと一人で旅をしていたが、ある出来事がきっかけでシアンと行動を共にすることになった。二人で王都に辿り着き、西の冒険者ギルドに腰を落ち着けた。
・シア(シアン)…Bランク冒険者。栗毛の短髪の青年。ある田舎町で冒険者の下っ端をしていたが、冤罪で捕まり殺されかけたところをアシュリーに救われた。アシュリーに惚れているが、想いは全く届いていない。
(初出:2023/06/24)
「シアン、アッシュ、待ってたぞ。ちょっといいか?」
馴染みの定食屋『樫の木亭』の扉をくぐると、席に向かう前に店主のトムさんに呼び止められた。
「おおっ、なんだなんだ? いい話か?」
シアはいつものように調子よく返事をすると、トムさんの誘いにのるように、カウンターに席をとる。
自分も彼に倣って、その隣の席に着いた。
席に着いてしばらくもしないうちに、奥さんのシェリーさんが私たちの目の前にジョッキを置いてくれる。自分のジョッキにはエールが注がれているが、シアの分には薄めたワインが入っている。シアが酒に弱いことを、この二人は良く知っている。
私たちが一口目を喉に流し込んだのを見て、カウンター向こうのトムさんが切り出した。
「先日話してた件だ。ほら、壁際に座っているやつらが居るだろう? あいつらが、討伐依頼についての相談相手が欲しいそうだ」
その言葉に促された方に目を向ける。その相手はまだ若手の冒険者パーティーのようで、装備も比較的軽装で真新しい。
同じギルドで冒険者見習いから活動している者であれば、冒険者デビューをする前から先輩冒険者たちを見て色々なことを学んでいるし、相談を持ち掛ける相手にも困らない。
でも全ての冒険者たちが、見習い制度を使っているわけではないし、他の町や地域からやってくる冒険者もいる。
どこのギルドを利用しようと自由ではあるし制限などもないが、それでも『いつもの仲間』と『余所者』と区別するような空気は、多かれ少なかれどの町でもどのギルドでも存在する。
かつての、この王都にやってきたばかりの自分たちもそうだった。
しかし今はそうではない。ギルドの皆や町の住民たちと積極的な交流を持つことができている。
これはシアの社交的な性格に加え、『樫の木亭』のトムさんが他の冒険者たちとの仲立ちをしてくれた事が大きい。
その恩を返す……というと大袈裟だが、同じように自分たちも皆の役に立てることがないかと、トムさんに相談をさせてもらったのが先日の話だ。
トムさんが今話してくれたのは、その時の相談についてのことだ。
「どうだ? あいつらに、お前たちが手を貸してやってくれないか?」
「わかった。彼らの話を聞いてくればいいのか?」
そう言って、さっそく立ち上がろうとするのを、シアが制した。
「待て待て。若くて経験の浅い連中が、アッシュに話しかけられたら、見惚れて話も出来なくなるだろう?」
シアの言葉を聞いて、うんうんとトムさんも頷く。
確かに、自分は口下手で目付きも悪い。その上先輩冒険者でもありランクも高い私が、急に話しかけても彼らは委縮してしまうだろう。
「俺が話をしにいってもいいが…… あ、いや。それよりも…… なあ、トムさん、今度また肉を持ってくるからもう一つ頼まれてくれないか?」
シアがまた何かを思いついたようで、こそこそとトムさんと話をしている。トムさんも、なるほどと頷きながら表情を綻ばせた。
* * *
翌日、トムさんと約束したからというシアの言葉で、魔獣討伐の依頼を受けることになった。
本当ならばオークキング辺りを狙っていたそうなのだが、タイミングよく掲示板に貼られたばかりの依頼票にミノタウロスの名前があり、シアはそれに手を伸ばした。
「ミノタウロスは美味いらしいからな。一度食べてみたかったんだよなー」
ニコニコとご機嫌そうにシアが言う。どうやらそっちも目的らしい。
結論から言うと、私たちのミノタウロス討伐は無事に成功した。ギルドへの報告と清算を済ませると、ミノタウロス肉の半分は私たちのものとなり、シアはそれを全部『樫の木亭』に持ち込んだ。
早速、串焼き肉に化けたミノ肉に舌鼓をうつ。今日のシアは、珍しく酒精のないリンゴのジュースを飲んでいる。何かを待っているようだ。
一杯目のジョッキを開けたころに、「あの――」と遠慮がちに声をかけてきた者たちがいて、そちらを向いた。先日、トムさんとの話の時に見かけた、若手の冒険者たちだ。
口下手な私に代わり、いつものようにシアが気さくに返事をする。
「うん? 俺たちに何か話でもあるのなら、とりあえずここに座れよ」
彼が人の好さそうな笑みを見せて促すと、彼らは手にしたエールを私たちに寄越して、空き席に着席した。
* * *
後から聞いた話だが。
あの時、若手冒険者たちが私たちに手渡してくれたエールは、店主のトムさんが彼らに持たせたのだそうで、あの時にシアと話していたのはこの事だったらしい。
「俺らから話しかけるより、あいつらが自分から動いたことにした方がいいだろう? そのほうが、俺らがあいつらだけを依怙贔屓したようにも見えないしな」
しかも周りの先輩冒険者からは、彼らが積極的でやる気のある若手に見える。確かに私たちから彼らに声をかけるよりはその方がいい。
元々、冒険者の面倒見の良いトムさんだったが、最近はあの時のように直接若手の相談にのるのでなく、他の冒険者を紹介するやり方に変えたらしい。
私たちも何度か、後輩冒険者たちに魔獣討伐の話をしたり、彼らの特訓に付き合ったり、時には討伐に同行する機会を得た。
そのお蔭で口下手で愛想のよくない私も、さらに他の冒険者たちと交流の機会を持つことができている。でも何故かシアは、たまに複雑そうな顔をする。
「他の男たちと話してるところを見るのは、ちょっと悔しいんだよなあ」
ぽつりと、シアが言った。
お読みくださりありがとうございます。
本編は別作品として公開中、完結済みです。
どうぞよろしくお願いいたします。