迷子の子3
アホな犯罪の片棒を担がされかける男の子が母親の病気なんて嘘をつくはずがないとは思うけれど手放しで助けるわけにもいかない。
男の子の家は近くですぐについた。
「お母さん!」
「タクシ……どうしたのその人たち?」
家には女性が1人。
少し顔が悪いがベッドに寝ているのではなく針仕事をしていた。
アリアが軽く事情を話して説明する。
「ああ……申し訳ございません!」
エルダンのご令嬢に大きな迷惑をかけた。
今にも床に這いつくばって謝りそうな母親を止めて今度は母親の病状を尋ねた。
どうやら本当に何かの病気で体調が悪いらしい。
町の医者を呼んだのだけど原因も分からず困っていた。
そこでたまたまタクシが悪い奴に声をかけられて利用させられたみたいだった。
それでも母親の体調も寝込んでいなきゃならないほどではなくて今のところ深刻な状況ではない。
原因が不明という点がタクシを不安にさせていたのかもしれない。
アリアは話を聞いてレンドンを使いにやってイングラッドを呼びに行かせた。
治療してやる義理もないけれどここで話を聞いたのも何かの縁だ。
どう伝えたのか慌てたようにイングラッドがやってきてアリアが無事だったことに安心していた。
軽く事情を説明すると早速母親の診察を始めてくれた。
「最近どんなものを食べていますか?」
「最近……ですか?
ええと……」
体調の聞き取りを行ったり聴診器を胸に当てたりとイングラッドはサクサクと診察を進めていく。
タクシは緊張した面持ちをしていて、大人しく診察結果を待っている。
「分かりました」
「分かったの?」
一通り診察を終えた。
こんなに簡単に呼び出していい人でもないのだけど手を抜かずにちゃんとやってくれていた。
「病気の原因はなんですの?」
「おそらく栄養不足ですね」
「栄養不足ですの?」
アリアは理由が分からなくて首を傾げた。
イングラッドは色々と質問していてその中で食事についてのこともあった。
この家には父親もいて裕福ではないが食べてはいけている。
母親もやせ細ってもいないし栄養不足には見えなかった。
「最近野菜や果物は少し値段が高いですからね。
食事を摂っていると言ってもちゃんとだいぶその内容に偏りが見られます」
聞き取った中でイングラッドが引っかかったのが食事の内容であった。
あたかもちゃんと食べているのではあるが最近野菜などの価格が少し高めになったためにそうしたものを買い控えてお腹に溜まりそうなものを中心に食べていた。
そうしたことから野菜などなら摂れる栄養が不足していたのだと結果を下した。
町医者だとわざわざ食事の内容まで聞かない人もいるだろう。
レベルが低いだなんて思わないが知識の差や1人1人にかけられる時間にも違いがある以上は原因を特定できないことも仕方ない。
「野菜なり果物なり時々でいいので食べてみてください。
それでも改善しないようなら血液など採らせて頂きまして検査する必要があるかもしれません」
「分かりました。
先生、ありがとうございます」
「私ではなくお嬢様に。
お嬢様に呼ばれたのですから」
「……アリア様、どうもありがとうございます。
息子のことも、こうして医者を呼んでいただいたことも。
どうお礼をしたら良いものか……」
「お礼なんて入りませんわ。
その子に良いことと悪いこと、ちゃんと教えておいてもらえれば十分ですわ」
タクシの気持ちは理解しないでもないが悪いことは悪いことである。
悪の道に落ち、悪の道を進まなくていいならその方がいいに決まっている。
もう分別もありそうな年齢なのだから良いこと悪いことは教えねばならない。
「シェカルテ」
「はい」
そしてシェカルテがテーブルに紙袋を置く。
「これは……」
「お食べなさい。
子供のために母親は元気であるべきですから」
それはここに来る前の買い物で買った果物だった。
野菜や果物を食べろと言われても体調を崩して医者にかかったりお金に余裕がないだろうことは予想ができる。
「そんな!
いただけません!」
「いいからお受け取りになってください。
子は宝。
あなたはそれを導き守っていく必要があるのです。
あなたの命はあなたのものだけではないのですわ」
「アリア様……」
「それでは私も忙しいので失礼いたします。
行きますわよ」
あんまり感動されてもただ気まずい。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
さっさと家を出ようとしたアリアにタクシがお礼を叫ぶ。
アリアは軽く振り返って笑って手を振ってやる。
また1人、アリアのファンが増えた時であった。
「それであなたは誰ですの?」
ひとまず問題は解決した。
家から離れてアダノ青果店に向かう。
どうせ青果店に向かうから果物をあげちゃったなんて事情も実はあった。
そしてアリアたちについてきているタクシの手を引いていた男の子。
ずっと押し黙っていたが問題は解決したのだしどこへでも好きに行ってくれればいいのになぜかついてくる。
そういえば名前すら聞いていないことに気がついた。
まともに顔すら見ていない。
「ぼ、僕は……」
男の子は言いにくそうに口ごもる。
「はぁ……もう今度は自分で解決もできないことに首を突っ込むのはおやめなさい。
私たちは行くのであなたもお帰りなさいな」
この男の子のせいで大きく時間が取られてしまった。
アリアとしてはさっさと買い物を終えるつもりだったのに予想外の出来事である。