悪い女のやりたいこと
「お兄様たちのご無事をお祈りしていますわ」
アリアはディージャンとユーラにハンカチを渡した。
白いハンカチにアリアが刺繍を施したものでディージャンには猛き獅子を、ユーラには飛翔する鷹をモチーフにした。
心地良い朝日は別れの寂しさを和らげる。
といってもこの兄弟はアカデミーに赴くだけでまたしばらくしたら帰ってくる。
「お、お兄様〜?」
「僕たちがいなくても元気でね……」
「アリア、何か困ったことがあったらいつでも手紙送って!」
ディージャンとユーラの2人に抱きしめられてアリアが困惑する。
元々ディージャンはその雰囲気があったけれどユーラまでこうなるのは正直なところ予想外であった。
「こら、アリアが困っているだろう」
「そりゃ父上は家にいてアリアに会えるからそうやって言えるんです!」
「そーだそーだ!」
困り顔のアリアにゴラックが助け舟を出そうとするけれど何せゴラックも気持ちが分からなくもないだけに強くも出られない。
アリアの手前怖い顔をして強く叱責してアリアが怯えてもいけないなんてことも考えている。
「アカデミーになんて行かなくても……」
「そうだよ兄様!
アカデミーに行かなきゃいいんだ」
何を言う、この兄弟。
「こらこら……ディージャンも来年卒業で、ユーラは今年入学したばかりじゃないか」
このような会話の中心に据えられてアリアはすごく恥ずかしい。
周りにいる使用人たちもみんなニコニコとしている。
家の中のケルフィリア教を一掃してケルフィリア教じゃなくても親ビスソラダ派の使用人が去ってから家の中の雰囲気も変わった。
たとえ変わり身が早いと思われようとも使用人は雇われ続けなきゃいけない。
ビスソラダにほだされてアリアに悪い印象を抱いて冷たくしていた使用人も今はアリアに取り入ろうと躍起になっていた。
あまりビスソラダとも関わりなく、アリアとも関わりがなかったスーシャウのような使用人は純粋に仲の良い家族の様を見て嬉しそうにしていたりもする。
「ディージャンお兄様、ユーラお兄様」
別に辞めたっていいけどそうなるとアリアが通いたいと言った時にどうなるか。
ここは大人しく行ってもらった方が後々楽である。
アリアはディージャンとユーラの頬に軽くキスをする。
「お兄様たちがアカデミーで良い成績を残したと聞けたら私はすごく誇らしいと思いますわ。
それに……私もアカデミーに通いたいと思っておりますの」
まだゴラックには言っていないがいつ言ってもそんなに結果は変わらない。
「お兄様がアカデミーに居てくださって、私が通いやすいようにしていてくださると嬉しいですわ」
キスされた頬を押さえてポォーっとするディージャンとユーラは同じ顔をしている。
「私のためにアカデミーで頑張って」
これ以上ここに留まればまた同じことを繰り返す。
アリアはチョンとディージャンとユーラの鼻の先を指で弾くとウインクをして家の中に戻っていく。
「ふぅ……」
小さくため息をつく。
関心を持たれすぎるというのも中々問題だ。
「ディージャン様とユーラ様はアリア様のことをお大事に思っていますね」
「そうね。
はっきり言うならこれまでぐらいの距離がちょうど良かったのだけど」
面倒臭そうな顔をしてやれやれと首を振るアリア。
しかしシェカルテはあんな良い女みたいな態度とるから悪いんじゃないかと思う。
良い女、ある種の悪い女。
アリアの行動は時に年にふさわしくない妖艶さがある時がある。
あんな風にされたシェカルテだってドキッとするかもしれない。
ただアリアにその自覚はなさそう。
もっと子供らしく笑って頑張ってと言えば済みそうなものを。
渡したハンカチの刺繍だってなんだかんだと妥協しない。
日々オフンと鍛錬しながら時間を作って完璧に刺繍を仕上げた。
美しい刺繍を見ればディージャンとユーラも大切にされているのだと思ったってしょうがない。
アリアとしては中途半端なクオリティのものは許せないだけなのだがそんな意図が通じるはずない。
「まあでも愛されていることは悪いことではありませんから」
「距離感が近すぎるのよ」
「……そんなものなんですかね?」
シェカルテにはカインがいる。
自分の中でこの話をカインに置き換えた時もっと甘えてくれてもいいとシェカルテは思うのだ。
むしろいきなりよそよそしくなったりしたらショック。
というか久々に会って先にアリアの方に行った時点で結構衝撃はあった。
兄と弟の違いだろうか。
シェカルテは悩んでみるけど答えは出ない。
「ひとまずお兄様たちは出発したのでこちらも時間ができますわね」
何かにつけディージャンやユーラはアリアのところに来る。
オフンと鍛錬していれば邪魔はしてこないけれどそれ以外の時間ではお茶に誘ったりおしゃべりたいと言ってきたりする。
半分くらいは断るのだけど半分は断りきれずに付き合う。
そうすると時間はそれに取られてしまう。
目の前で刺繍したりしながら話したりすることもあったけどアリアにもやりたいことがあった。
「お料理、いたしましょう!」
「お料理……」
最初の頃から計画していた。
密かにやりたいと思っていた料理スキルを上げる時が来たのである。