吉報?2
「とりあえずそれについてはいつになるかも分からないからね。
期待はしないで待っていておくれよ。
先日の事件以来ケルフィリア教の動きもあるらしくて向こうも大変なようだから」
「ええ、今でも不都合はありませんもの」
利用できそうだから入るだけで別にそんなに進んで聖印騎士団になりたいわけでもない。
正式な団員になれなくても大きく差し支えはないのである。
「そしてもう1つ。
ヘカトケイ様に接触できたみたいだよ」
「本当ですか?
それは良いニュースですね」
「ただ……」
「ただ?」
まさか断られたのだろうか。
言い淀むメリンダにアリアも不安げな表情を浮かべる。
「私が書いた手紙を持たせていたんだけどね。
読んですぐにどこか行ってしまったらしいんだ。
引き受けてくれるのかどうか、ここに来るのかも分からないんだ」
「あら……」
相変わらず掴みどころのない人である。
せっかく見つけてもまたどこかに消えてしまった。
しかしメリンダの手紙を渡せたのなら希望はある。
意外とひょっこり現れるなんてことも十分にあり得る話だ。
「こちらの方も期待せずに待っているのがよろしいですわね」
「手紙を読んでその場で拒否しなかったのだからきっと受けてはくれると思うのだけどね。
こればかりはなんとも言えない」
メリンダもため息をつく。
「何も焦ることはありません。
しっかりと基礎から固めて頑張っているのでまだ来なくてもいいぐらいですわ」
「……ほんと、出来た子で助かるよ。
オフンも真面目に取り組んでいるから褒めてたよ」
「ようやく来ていただいた先生ですからね。
教え方も丁寧ですし私はオフン先生好きですよ」
「もっと本人にも言ってやりな。
あの子も色々悩んでるみたいだから」
「それは……ちょっと恥ずかしいですわ」
面と向かって良い先生ですと言うとなるとメリンダに言うのとは訳が違う。
妙な照れ臭さがどうしても出てきてしまう。
言うのが嫌なのではなく恥ずかしい感じがある。
「ふっふっふっ、そうかい?」
アリアならサラリと言えてしまいそうだと思ったのに意外なところで恥ずかしがり屋だ。
今度自分からこっそり伝えておこうとメリンダは思った。
女性として戦いを教える先生として上手くやれているかオフン自身は悩んでいた。
だからアリアが褒めていたことを伝えれば自信も湧いてくるだろう。
良い先生は生徒を成長させるが同様に良い生徒も先生を成長させてくれるものだ。
「あとはそうだね、アカデミーに行くつもりなんだろ?」
「ええ、近々おじ様にお話ししようと思っています」
「アカデミーは親元を離れて子供が集まる。
つまりはどういうことか分かるね?」
「もちろんですわ」
アカデミーは小さな貴族社会である。
大人たちが行うような政治ゲームの真似事が行われたり派閥争いなどがある。
けれどそこにいるのは先生以外はほとんど子供である。
純粋無垢とはいかなくても周りの影響を受けやすく簡単に思想は変えられてしまう。
ケルフィリア教が子供を引き込むのにも絶好の場所であるといえる。
子供にもケルフィリア教の子がいる。
そうした子供は言葉巧みに他の子に近づいて徐々にケルフィリア教に引き込んでいく。
あるいは布教活動でなくとも色々できる。
仲の良い家門同士の友情にヒビを入れたり、あるいは自分に有利な派閥に人を引き込んだりと工作することもあるだろう。
下手すればユーラもそうした工作に関わる人になっていた可能性まであるのだ。
アカデミーに通うということはこれまで守られていた立場から自分1人で周りの状況を判断して動かねばならなくなるということ。
「こちらも色々対抗してやってるんだ」
当然そうした動きを聖印騎士団もただ黙ってみているだけじゃない。
アリアの両親は一線を退いてアリアに聖印騎士団であったことを伝えていなかったが中には子供にそれを引き継がせている人もいる。
酷な話ではあるが若い方が洗脳しやすい以上ケルフィリア教が子供を引き込もうとしているのでそれを防ごうと思えば同年代の子じゃなきゃどうしようもないこともある。
「アカデミーに通う聖印騎士団の子を教えておくよ」
なのでアカデミーにも聖印騎士団側の子供がいる。
ガチガチに教育を受けた子もいれば単純にケルフィリア教を嫌っているようなレベルまで様々だが困った時にはアリアの味方になってくれる。
教えておけばアリアなら上手く使う時もあるかも知れない。
メリンダが名簿をアリアの前に置いた。
椅子を動かしてアリアの横に座り、何人か目ぼしい子供を紹介していく。
「男性ばかりですね……」
「うーん、そうだねぇ……これまあしょうがない」
ちゃんとした聖印騎士団としての教育を受けたのはほとんどが男児である。
ケルフィリア教と戦うので男の子が多いのは当然。
だけどやはり女の子に危険なことはしてほしくないのか同じ家の子でも女の子の方には伝えていないところもあるようだった。
進んでケルフィリア教と戦いたがる女の子もいないだろう。
聖印騎士団全体を見ても女性の数は少ない。
なので作戦の幅などを考えた時に女性であるアリアには是非とも聖印騎士団に入ってほしいと考えていた。
「それと最後に」
「まだありますの?」
「クインに短剣術を習ってみないかい?」
「クインにですか?」
「先日一緒に戦ったろう?
クインもあなたを気に入ったみたいだ」
「メ、メリンダ……」
クインが珍しく恥ずかしそうに耳を赤くしている。
暗殺計画阻止でアリアの本気は伝わった。
そこでクインもアリアに何かをしてあげたいと思った。
ただ一介の工作員であるクインに出来ることなど高が知れている。
そのことをポロッとメリンダに漏らしてしまったのだ。
メリンダが提案したのはクインがアリアに短剣術を教えることだった。
「オフンは広くなんでも出来るけどクインは短剣をメインに扱うからね。
習うならよりレベルの高い人がいいだろ?」
オフンからも短剣の扱い方は習っている。
しかしクインは短剣でカンバーレンドの騎士を制圧できるほどの実力やレベルの持ち主である。
短剣術のレベルがかなり高いのは確実だ。
短剣術を専門としているクインに習う方が短剣術を上げるためにはいい。
「いいんですの?」
「……アリアお嬢様がいいのであれば」
クインは恥ずかしそうに頬をかいた。
なんだか先生が増えていく。
良い先生に会えるのは良い人生。
ありがたいことである。
「それじゃあよろしくお願いしますね、クイン先生」
「い、いつものようにクインでよろしいですよ!」
「では教えてもらう時だけにしますね」
「もう……」
「ふふふっ、アリアには勝てんよ」